不思議な邂逅は切っ掛けです。
今回はこの時間にも投稿します。
投稿後の追記
前の話で時間を置いて投稿しますと書きましたが、投稿時間を書くのを忘れていました。大変申し訳ありませんでした。以後気をつけて投稿していきます。
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エルムの一人での配達は今の所、これといった問題は生じてはおらず、順調に進んでいる。エルムが一人で配達している事に街の住人は驚きながらも、彼女の働きぶりを見て労いの言葉をかけたりしていた。
「……えっと、あ、次で終わりですね」
エルムは初めての配達が次で終わるのが分かると、その顔は喜びに満ちていた。リンの困っている顔を見て、自分が一人で行けば助けられるかもしれないと思って声を上げたのだが、今こうしてリンの為に働けている事に喜びを覚えていた。
「ん?この道は確か……」
最後の配達先に向かっている途中で、エルムは一つの通りの入り口で進みを止める。そこは日中にしては少し薄暗く、彼女が見る限り人が通っている様子は無い。
「……ここを通れば、確か近道だった気がするです」
最後の配達先に向かうには、この通りを近道として利用すれば早く着く。エルムはリンから街を案内されて、色々な場所を頭の中に入れていたので、このような近道も覚えていた。
「でも、リンさんが人通りが少ない所は出来るだけ通らないように、って言ってたです。う~ん……」
早く着いて届けたい気持ちもあるが、リンとの約束事があるので、この通りのように人が居ない所を一人で進んで良いのかどうかを、エルムは悩んでいる。リンはエルムの身を案じて幾つかの約束事を守るように言っていたのだが、仕事もしなければならない。その二つの間でエルムは悩んでいるのだ。
「……急いで抜ければ問題は無いですかね?」
エルムは悩んだ末に、急げば大丈夫だろうと結論を出して、この人の姿が無い通りを抜ける事にしたようで、進んでいった。
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エルムが人の姿が無い通りを進んでいる様子を見て、怪しい男達は沸き上がる喜びを抑えられなくなっていた。
「おい、こっちに近づいて来てるぞ!」
「静かにしろ、気づかれたら逃げられるぞ」
この男達の狙いは、反応から察するにエルムであった。リンの危惧していた事が、悲しくも現実になろうとしているのだ。
超が付く程の稀少な種族であるフェアリーが、この街に住んでいるという事実は他の街では噂でしかないと片付けている者が多いのだが、それを聞きつけて街に足を運び、エルムの姿を見た者は噂は本当だったと口々に語っている。この男達も噂を聞きつけ、エルムを誘拐して闇商売に引き渡して大金を手に入れようと、この街にやって来たのだ。
そして、エルムの姿を確認した彼らは身を潜めていたのだが、自分達の近くを彼女が通り過ぎようとしている事に、フェアリーを傍らに置いておくだけで近くに居る者は幸運に恵まれると言われている迷信は嘘では無かったと確信した。まるで、エルムが自分達の懐に入りたいと言っている気がすると、彼らは感じていたのであった。
「……お前ら、抜け駆けするんじゃねえぞ?」
「分かってるよ。金は平等に分けるって約束だろ?」
彼らも最初は、誰にも頼らずにエルムを捕まえて売り飛ばそうと各々考えていたが、捕獲の成功確率を少しでも上げる為に、得るであろう大金を均等に分ける約束を条件に、協力して彼女を捕らえる事になった。
そして、エルムが物陰に潜んでいる男達の側を気にするようなそぶりを見せずに通り過ぎる。その後ろから気づかれないように捕まえようと物陰から出て、ゆっくりと距離を詰めていく。
(((((俺の金!もう少しだっ!!!)))))
男達の目には最早、エルムの姿は途方もない量の大金が浮かんでいる風にしか写っていなかった。
エルムを売り飛ばした後に手にするであろう大金を均等に分けるという約束は彼らの間で交わされているのだが、五人とも分け合う気は一切無い。大金を一人で独占しようと各々考えていて、その機会を虎視眈々と狙っている。
男達は力の限り手を伸ばしてエルムを捕らえようとする。醜い欲にまみれた魔の手が何も知らない彼女を捕まえる。
まさにその時だった。
「なっ!?」
「消えたっ!?」
男達はエルムに触れる寸前まで距離を詰めていたのだが、赤い何かが男達の目の前を素早く駆け抜けたと同時に、そこに居た筈のエルムは忽然と姿を消し、彼らの手は虚しく空を掴むだけだった。
「ど、どこだ!?どこ行った!!?」
「どこにも居ないぞっ!!」
男達はエルムが一瞬で目の前から消えた事に驚いている。…………いや、彼らにとっては目の前にあった筈の大金が、突然消えて無くなったと言った方が合っているだろう。何せ、彼女を人ではなく物としてしか見えていないからだ。
「おいっ!何でもっと早く捕まえなかったんだよ!?」
「はぁ!?お前がちんたらしてたから逃げられたんだろうが!!人のせいにしてんじゃねえよ!!」
「それはお前だろうがっ!金はどうするんだよっ!!」
手に入れられる筈の大金を逃した男達は、一斉に自分以外の男を責め始めた。一生遊んで暮らせる程の大金が、本当に届きそうな距離まで迫ったのに手に入らなかった事に苛立ち、互いを罵倒しあっている。
「お前達!ここで何をしている!!」
そんな男達の怒号を聞きつけたのか、たまたま近くを通りかかった一人の兵士が彼らを見つけ、人通りが少ないこの場所で何をしていたのかを問いただす。
「やべぇ!見つかった!」
「逃げるぞっ!捕まったら終わりだっ!!」
「待てっ!」
男達は捕まらないように逃げ出す。捕まった場合には厳しい罰を受けさせられる事になるだろう。それに対して兵士は、一人でも逃がさないように彼らを追い掛けた。
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エルムは突如、誰かに自分の右腕の上腕部を力強くも優しく掴まれている感触を覚えたと同時に、身体が引っ張られた。
「……ふぇ?」
エルムが見ていた景色は先程までの薄暗い通りだったが、一瞬にして変わり、今は街が眼下に広がっている。彼女はこの時になって、誰かに腕を掴まれて街を一望出来る程の高さまで上がっているのに気づかされたのだ。
「な、何なんですか!?」
「ピィ!」
「えっ?だ、誰ですか?」
そして、自分の右腕の上腕部を掴んでいるであろう者の声がする。一体誰なのかと、エルムはその姿を確認しようにも太陽の逆光で見えづらかった。
その者はゆっくりと高度を下げ、街の一つの建物の屋根に着地しようとする。そこに着地する直前で、掴んでいるエルムの腕を離す。
「わっ、ととっ!」
エルムは驚きながらも何とか着地に成功する。状況を知る為に周囲を確認しようと顔を上げた時に、彼女の目の前に先程まで自分の腕を掴んでいた者が降り立った。そしてエルムは、逆光で判別出来なかった姿を見る事となる。
「……えっと。鳥さん、ですか?」
エルムをここに連れてきた者とは、身体は彼女より少し小さくて、赤い羽毛が生えた一羽の鳥であった。エルムは鳥の種類についての知識は無いので、どんな鳥なのかは分からなかった。
「あの、どうして私をここに……って、鳥さんに言っても分からないですよね?」
エルムは何故、自分をここに連れてきたのかを赤い鳥に問い掛けたのだが、人の言葉の理解出来ないだろうと、質問を途中で切り上げる。
「ピ?……ピィ、ピィ」
「ん?どうしたんですか?」
赤い鳥は屋根の縁まで移動し、鳴き声を上げながら嘴で啄むような動作を何度も繰り返す。
「……下に何かあるんですか?」
エルムは特に意味が無い動作を繰り返している赤い鳥を見て、身振りで建物の下に何かがある事を自分に伝えようとしていると悟り、屋根の縁まで歩いて行って下を覗き込む。
「大人しくしていろっ!」
「離せっ!」
エルムが覗き込んだ所には一人の兵士が、怪しい男を取り押さえている現場であった。
「俺はこの街に居るフェアリーを捕まえて、大金持ちになろうとしただけなのに!」
「ほう。さてはお前、人攫いだな?そして、狙いは雑貨屋のあの子という訳か」
男は兵士に捕まった事でどうでもよくなったのか、自分がしようとした犯罪を白状する。兵士は取り押さえている男は人攫いの目的で街に訪れ、その狙いがエルムだという事を男の言葉から理解した。
「王国の法律で人身売買をした者と未遂の者の両者は、同じように厳しく罰する事になっているからな。覚悟しておけ!」
「くそがっ!」
今捕まっている男には、後に重い罰が下される事になる。それだけ、彼がやろうとしていた人身売買に王国は目を光らせているのだ。兵士は懐から通信魔道具を取り出すと、それに向かって話し始めた。
「……聞こえるか!たった今、人攫いをしようとした男達を発見した!一名は捕縛して取り押さえているが、残りの四名は北の関所の方面に逃走中!至急応援を頼むっ!関所にも連絡をっ!」
男を捕まえている兵士は詰所に待機している仲間に連絡を入れて、逃げた四人の男を行方を追うように要請し、関所にも連絡を入れて、その四人を捕まえる為の手配も要請した。
「……あの人、私を狙ってたんですか?」
その様子を見ていたエルムは、自分が男に狙われていた事が分かった。赤い鳥が居なかったら今頃、彼女は男に捕まっていただろう。エルムは赤い鳥に向き直る。
「ピ?」
「あ、えっと、……私を助けてくれて、ありがとうございますです」
「ピィ」
赤い鳥は「どうしたの?」と言わんばかりに首を傾げる。エルムは自分を男達から助けてくれた赤い鳥に対してお礼を言うと、その赤い鳥は「どういたしまして」と言っているかのように頷いた。すると何を思ったのか、赤い鳥は歩いてエルムに近づいていく。
「言葉が分かる鳥さん……って、何でこっちに来てるんですか?」
自分よりも身体が小さい鳥が言葉を理解している事に驚きながらも、鳴き声しか上げないので何を考えているのかが分からない鳥が近づいている事に対して、エルムは身を強張らせる。
「ピィ」
「え?」
赤い鳥は近づいて翼を広げると、エルムの事を両翼で包み込むように覆う。それはまるで、感動の再会をした相手を抱き締めている人のように見えた。
(……この鳥さん、どこかで?)
この時にエルムは、とても不思議な感覚を抱いた。包み込むように両翼で自分を覆っている赤い鳥は、ついさっき初めて会った筈なのに、まるで長い期間を共に過ごした仲間のような気がするのだ。……しかし、思い当たる節が全く無い。
何とも言えない感覚に戸惑うエルムを他所に、赤い鳥は彼女から離れると翼を羽ばたかせ始める。
「ピィ!」
「ま、待ってくださいです!まだ話したい事が!」
エルムの制止を聞かずに赤い鳥は飛び去っていく。あっという間に赤い鳥の姿は見えなくなる程に遠くに行ってしまったが、立つ鳥後を濁さず、とは言い切れないようだ。
「……行っちゃった、です」
赤い鳥は何故自分を助けてくれたのか、先程の不思議な感覚は一体何だったのか、エルムには全く見当がつかなかった。
「あっ!配達の途中だったです!」
エルムは仕事の業務の途中だった事を思い出し、配達先のリストを魔法袋から取り出す。
「えっと、こういう所は通らないように行かないと……、あ」
エルムは配達に再び戻ろうとして、リンとの約束を再確認し、近道だからといって先程まで居た人通りが少ない所は通らないと、軽率な行動はしないと決める。そして、今居る自分の場所を見渡すと一つの名案が頭の中で閃いた。
「屋根の上を通って行けば、大丈夫ですね!」
それは、屋根づたいに配達に向かうという事だった。確かに建物の屋根を通って移動すれば、先程の男のような自分を連れ去ろうとする輩は追っては来れない。また、建物の屋根を登ろうとする者は目立ってしまうだろう。更に、建物と建物の間には様々な差があるので、ジャンプしても届かずに落ちてしまうのだが、エルムは背中の羽で飛べるので、その心配は無い。
「鳥さん、ありがとうございますです」
エルムは先程の赤い鳥が自分を連れ去ろうとした男から助けてくれたと同時に、屋根を通って移動すれば良いと教えてくれたのだと思って、赤い鳥が飛び去っていった方向へ礼を言うと、屋根を通って配達先に向かっていった。
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人攫いの男を捕まえたという知らせは、リンの耳にも届いた。その時に店の中に居た客達は、事情を察して全員が出ていった。そして、彼らの狙いがエルムだという事を聞いて、彼女は気が気で無かった。
「……それは本当なのか?」
「はい。男達は全員拘束しました。私もこの目で確認しましたが、彼らは誰も捕まえてはいないようです」
店の外に出ていたリンは兵士からの連絡を受け、最初はすぐに助けに向かおうとしたのだが、まずは話を聞いてからどうすれば良いかを考える事にしたのだ。
こうした非常事態であるからこそ、冷静でいなければ普段見えている物も見えなくなると、先代の店長から教わっていたリンは、彼女に関する情報を逐一逃さないように集中する。しかし、内心は一刻も早く助けに行きたい気持ちを抑えるのに精一杯だった。
「それで、エルムはどこに?」
「彼らが言うには、目の前から忽然と消えたと。彼らが嘘を言っている様子はありませんでした」
兵士達の尽力によって男達は全員捕まり、尋問によってエルムを拐おうと全員が白状した。その際、エルムを捕まえる寸前で姿を消した事も言っていた。
「……そうか」
「彼ら以外にも人攫いが居る可能性も捨て切れないですし、如何致しますか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。……オレも少し整理の時間が欲しい」
捕まった男達以外にもエルムを狙っている者が居るかもしれないが、エルムが自分で身を潜めているかもしれない。それがどこなのかも検討がつかないので、街中を探しても行き違いになる可能性もある。リンは何とか状況を整理しようとする。
「……まだ、エルム一人で行かせるべきじゃ無かったのか」
こういった状況になるくらいなら、最初から自分が配達に行くべきだったと、リンが後悔し始めた時だった。
「リンさん。戻りましたです」
その渦中の人物であるエルムが、屋根の上から降りてきたのである。
「……え?」
「……はい?」
「リンさん。配達の仕事は終わりましたですよ」
先程まで重苦しい空気だった状況が一変する。渦中の人物が何事も無かったかのように現れたので、呆気に取られる二人であった。
「……あれ?どうしたんですか?」
「えっと、……エルム、だよな?」
「そうですよ。私ですよ」
リンは今見ている光景が信じられなかった。人攫いの男に捕まりそうになったり、忽然と姿を消したりと情報が錯綜していて行方が分からないエルムが、業務を終えた事を告げて自分の目の前に現れたのだから。
「エルムっ!!」
「うぎゅ!!」
リンは思わずエルムを抱き締める。その様子はまるで、はぐれて離ればなれになった親子が感動の再会したようだった。
「リンさん!ちょっと、い、痛いです!!」
「あ、悪い悪い」
リンの抱き締める力が思ったより強くなってしまったのか、エルムは痛みを訴える。それを聞いて、力を少しだけ緩める。
「……でも、本当に無事で良かった。人攫いの奴らがエルムを狙っているって聞いた時は、血の気が引いたぜ」
「あの、……リンさんって血は無いですよね?」
「確かに無いけど、今はそれはいいよな?」
エルムの言う通り、血も涙も無いので血の気が引く事は物理的にはならないのだが、せっかく人が心配していたのに、そのような反応はしないで欲しかったリンであった。
「……ど、どうやら無事のようですね」
「あ、……本当に心配かけました。この通り、もう大丈夫なんで」
「あの、私の為にありがとうございますです」
「ご無事で何より。では、失礼します」
リンに状況を報告に来た兵士は、エルムの無事を確認する。男達の捕縛などに尽力してくれた兵士に、二人はお礼を言う。それを聞いた兵士は敬礼をして、自分の持ち場に戻っていった。
「……本当に良かったよ。あいつらからよく逃げ切れたな?」
「それは違うですよ。私は逃げたんじゃなくて、捕まりそうになった私を赤い鳥さんが助けてくれたです」
「え?鳥が?」
捕まっていない事から、男達から上手く逃げ切れたのかと思っていたリンだったが、エルムは赤い鳥が自分を助けてくれたと告げる。
「はい。不思議な鳥さんです」
「そうか。その鳥にしっかりとお礼は言ったか?」
「勿論言ったですよ。……でも、どうして私を助けてくれたのかが、全然分からないんです」
何故自分を助けてくれたのか、今考えてもさっぱり分からないエルムだが、リンは赤い鳥が彼女を助けた理由が何となくだが分かる気がした。
「多分それは…………、エルムを助けたいと思ったから助けたんじゃないのか?」
「え?そんな簡単な理由ですか?」
「おそらくな。考えるより先に身体が動いたんだろうと、オレは思ってるよ」
赤い鳥がエルムを助けたいから助けたと、気づいたら助けに向かっていたと、あくまでリンの見解に過ぎないが、少なくともそれくらいの理由はあるだろうと、彼女は推測する。
「そうですか。……じゃあ、鳥さんに今度会った時に聞いてみますね」
「いや、それは無理だろ」
「無理じゃないです。鳥さんは私の言ってる事が分かってましたです。私が誰に捕まりそうになっていたのを教えてくれたのは、その鳥さんなんです」
「本当か?それなら、オレも後でお礼を言っとかないとな」
人の言葉を理解する鳥はリンは見た事が無いのだが、会えるとなった時にはエルムを助けてくれた礼を言わなければならないと決める。
「……あの、リンさん。明日からも配達は私一人で行きたいです」
「いや、それは駄目だ。配達はオレも一緒に行くからな」
エルムは明日以降も一人で配達に行きたいと願い出るが、リンはそれを却下し、今日のような事が何度もあっては身も心も持たないので、安全の為にしばらくは二人で配達に行くべきだと決める。
「屋根の上を通って配達すれば、捕まる事は無いと思うんですけど……」
「え?屋根の、上?」
エルムの提案とも取れる呟きに、リンは屋根を見上げる。先程、彼女は屋根から降りてきた事を思い出した。その時、リンの頭の中に何かがぼんやりと浮かんできた。だが、彼女の頭の中には情報が足りないので、それがはっきりとせずに曖昧の状態であり、このままでは答えが出ない。
「……エルム。とりあえず今日の配達で自分の身に起きた事を、出来るだけオレに詳しく話してくれないか?」
「どうしてですか?」
「いや、色々と考えないといけない事が出てな。……どんな方法ならエルムが一人で配達に行っても大丈夫か、とかな」
「……え?じゃあ?」
「まだ決定事項じゃないからな。どうするかは仕事が終わったら一緒に考えようぜ」
「はいです!」
二人は雑貨屋へと戻っていく。エルムが無事に戻って来た事で調子を取り戻したリンは、普段通りの雑貨屋の業務を行えた。
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エルムの前から去っていった赤い鳥は、実は彼女が街に初めて入る頃から見守っていた。エルムを遠目で見掛けた時に、赤い鳥は彼女と同様に不思議な感覚を抱き、正体を探る為に遠くから見守る事を決めたのだ。
そして、エルムに男達の魔の手が迫っているのを知るや否や行動を起こし、男達に捕まる寸前の所で彼女の腕を掴んで助け出した。少し怯えているエルムを安心させる為に、両翼で抱き締めるように覆った時、その答えを見つけたのである。
────間違いない。やっぱり、あの子だったんだ。
赤い鳥は自分に課せられた使命を思い出した。自分が守らなければならない者を探し出し、如何なる時も側に居て優しく見守り、時には手助けをする。その存在こそが彼女、エルムだったのだ。
赤い鳥は使命を果たす為に世界中を飛び回っていた。終わりが見えない長い長い旅の中で消えかけていた使命が、この時になって鮮明に甦ったのである。
しかし、守らなければならない者の数は二つだという事も思い出した。もう片方を探さないといけないのだが、出来るだけこの街からは離れたくない。どうすれば良いか悩んだ時に、エルムを優しく抱き締めるリンの姿を上空から見て、自らの翼に力を込める。
────あの人が側に居るなら、大丈夫そうだ。
エルムを守ろうと行動を起こす者は自分以外にも居る。彼女が信頼を寄せているリンならば心配は無いだろうと赤い鳥は考え、天高く舞い上がる。もう片方の自分が守らなければならない者を探す為に、赤い鳥は街から飛び去っていった。
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閉店後に行われたリンとエルムの話し合いは意外にも速く終わり、翌日から配達はエルム一人で行くと決まった。
「それじゃあ、よろしくな」
「分かりましたです。行ってきますです」
雑貨屋の入り口では、エルムがこれから配達に向かおうとしている所だった。昨日と同じく腰に吊り下げた魔法袋に商品を入れ、配達リストも同じく魔法袋に入れている。
「えっと、屋根を通って行ってきますです」
「気をつけろよ。安全第一だからな」
ただ、昨日と違うのは配達に行く為の道であった。彼女が通るのは誰もが通れるような道では無く、街の建物の屋根の上を通って向かうのだ。エルムは雑貨屋の屋根に上がる。
「よし、怪しい人は誰も居ないですね」
自分が見える範囲を見て安全を確認したエルムは、この日最初の配達先へと向かって進んでいった。屋根から屋根へと渡り、注文を受けた商品を届けていく。
こうして、雑貨屋の配達の業務を主に請け負う事になったエルム。どんなに大きい荷物でも、どんなに大量の荷物でも笑顔で運ぶ彼女の様子に人々は癒され、屋根から屋根へと移動して配達するという独特の方法が話題となって、雑貨屋は更に繁盛する事になった。
……いつしか、こんな噂が立っていた。レクトイの街でフェアリーの姿を確実に見たければ上を見ろ。ただし、手を伸ばしたり屋根に上がったりして捕まえようとしてはならない。その姿を優しく見守らなければならず、自分だけの物にしようと欲を出せば天罰が下ると。
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次の投稿は、いつになるか分かりません。少しずつ書いていくので、お待ち下さい。