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第一印象は根深いです。

新型コロナウィルスで、私達の生活などに様々な制限が掛かっていますが、いかがお過ごしでしょうか?皆さんも体調には気を付けて、終息するまで力を合わせていきましょう。

============


休日の昼下がり、レクトイの街の中をリンとエルムの二人は並んで歩いている。……とは言ってもエルムは、リンの隣を自分の背中の羽を動かして浮かんでいるので、歩いているのはリンの一人だけではあるが。



「さっきのフィテルって人、どうなったんですかね?」

「……あの様子からすると、一番重いペナルティの冒険者の資格を剥奪して除籍処分だろうな。それしか考えられない」

「あの、何で分かるんですか?」

「フィテルはな、毎日毎日同じようにSランクのクエストを受けさせろって言って、Gランクだから無理だって言われると喚いて騒ぐだけで、自分の本来の仕事は一切してなかったんだ。受けられるのはGランク用のクエストだけなのに、それはやろうともしなかったしな。さっきの飛び級制度で受けようとしたクエストの時も、いつもと同じような事をやってたから、流石にマスターも許さないだろ。……我が儘ばかり言って自分が果たすべき義務をしない奴に冒険者は務まらないし、他の職業であってもどんな仕事も任せてもらえないんだよ」



リンは毎度毎度、会うたびに自分に突っ掛かってくるフィテルを嫌になるほど対応している中で、彼女なりにフィテルの事を分析していた。フィテルの行動を自分の目で見たり、周囲の人に聞いたりなどして情報を入手しており、それらをふまえてリンは、フィテルの事を無茶苦茶な権利を主張してばかりで自分の義務を全く果たさない冒険者だと思っていたので、様々な情報を元にマスターがフィテルに対して下した処分は、一番重い物だろうと答えを導き出したのである。……実際には、リンの考えた通りの事が起きて、フィテルは冒険者ギルドから除籍されて追放されたのであった。



「そうなんですね、分かりましたです。……私も、あの人みたいにならないように毎日お仕事頑張るです」

「エルムは真面目だな。オレはエルムの事は、エルムがとんでもなく悪い事をしない限りは絶対に追放したりはしないから、安心して働いてくれよな」

「はいです。絶対に悪い事はしないです」



フィテルの事を反面教師にして仕事を頑張っていく決意をしたエルムを、リンは釘を差しつつも頭を撫でた。



「……あ」

「どうしたんですか?」



エルムの頭を撫でていたリンは、何かを思い出したようで声を上げる。



「……いや、あれを思い出したからさ。少し前に連絡来てたから調度良いし、これから行こうぜ」

「あれって?」

「あれだよ。エルムが前に頼んでいた物だよ」

「……あ、あれですね!分かりましたです!早く行くです!」

「お、おいちょっ……待てって。そんなに引っ張るなよ」



リンが言ったあれが何か分かったエルムは一刻も早く向かおうと彼女の服を強く引っ張りながら、その場所に向けて進んでいった。


============


リンとエルムの二人のみならず、レクトイの街の住人が思い思いの一日を過ごしている一方で、冒険者ギルドから除籍処分を受けて追放されたフィテルはというと、



「何で私がっ!冒険者ギルドから除籍されなきゃならないのよっ!!あぁもう、ムカつく!!!」



彼女自身の言動や行動が原因で自分が受けた処分に対して不満を漏らしながらも早足で、自分の家に向かって歩いていた。



「大体、何で私が悪いのよ!?私は悪い事は一つもしてないのにっ!!悪いのは全部あいつなのに、どうして私ばっかりこんな目に会わなきゃならないのよ!!?」



冒険者ギルドから除籍されて追放されるという一番重い処分を受けても尚、自分が悪い所は一つも無くてリンが悪いと言い切るフィテル。自分の今までの行いを省みようとしない彼女は自分が間違っている事に気づけず、また気づこうともしなかった。フィテルが自分の過ちに気づけない理由は、彼女が幼い頃から誰がどう見てもフィテルが悪いという状況であっても、父親のドルグからは一切叱られなかったからである。


普通の親ならば子供が悪い事をした時には親は叱って、どうして悪いのか理由を教えて考えさせるなどの躾をするのだが、フィテルにとことん甘いドルグは自分がしなければならない躾を、彼女には必要無いという理由でしていなかった。自分の娘が悪いのではなく、フィテルにそうさせた相手の方が悪いと言って叱る事はせず、むしろ彼女の行動を褒めたのだ。悪い事をしても叱られずに褒められたフィテルは、自制心などといった誰もが持っているであろう物が全く育たずに年齢を重ねていった。思い通りにならないと癇癪を起こして我が儘を周囲に振り撒く子供が、身体だけが大きくなったという言葉が合うだろう。


父親が甘やかしている一方で母親は何をしているのかというと、実はフィテルが幼い頃に両親は離婚している。フィテルの母親だった女性は、ドルグと結婚してフィテルを産んで育てていたのだが、娘をとことん甘やかして接するドルグと、時には厳しくも優しく接する女性とでは意見が合わず、二人は何度も育児について衝突を繰り返していた。父親に甘やかされて次第に我が儘が強くなっていくフィテルに、最低限の躾だけでもしようとする女性だったが、甘やかすドルグにだけフィテルは懐き、女性には懐かずに敵視するようになったので彼女の心は折れ、フィテルとドルグに愛想を尽かして二人の元から去っていった。こうして、フィテルの我が儘を止める者は彼女の側には誰も居なくなった。


自分の望みは全て叶えられて、それは当然の事だと思っている。自分に悪い所は一つも無くて、思い通りにならないのは全部周りが悪いといった思考が、フィテルの中で出来上がってしまっているのであるが故に、自分の行動が原因で追放処分を受けたのにも関わらず、リンが全て悪いという答えを出して自分の行為を正当化していたのだった。



「……私にはSランクの実力があるっていうのに、追放なんて間違ってるわよ!絶対に後悔させてやるんだから!」



フィテルは自分にはSランクとして相応しい実力が備わっていると疑ってはいなかったが、それは彼女の勘違いである。フィテルが装備している全ての武具は、父親のドルグが大量にある金に物を言わせて、一流の職人によって作らせた物であるのだが、それを上手く扱える程の技量を彼女は少しも持ち合わせてはいない。


フィテルは武具を持っているだけであって、実力は冒険者になったばかりの初心者と同程度しかないからである。どんなに素晴らしい武器でも、それを扱える者に技量が存在しなければ無用の長物と化してしまうのだ。



「私だって、強い魔物がこの街に現れても倒せ…………ん?」



フィテルは強大な力を持つ魔物が、このレクトイの街にいきなり出現したとしても自分は倒せると呟いている途中で、ある事を思い出して歩みを止める。



「……そういえば、あいつって確か、少し前まで嫌われてたのよね?」



フィテルはリンがこの街に来た当初は、彼女の種族が一体何なのかが分からずに、暫定的ではあるが亜人のアンデッドとして決定したのだが、住人達からは人でも亜人でも無く魔物として気味悪がられ、この街の住人の全員から嫌われていたのだが、ある出来事を境にリンは魔物ではなく一人の亜人として認められて、街の住人から受け入れられたのを人伝に聞いていて、それを思い出す。



「あいつはその時に強い魔物をたった一人で倒したって言ってたし、あいつに出来たなら……」





リンに対する評価が一変したある出来事とは、レクトイの街の中心部に、少しの量でも多くの生物を死に至らしめる猛毒を大量に撒き散らす魔物が突然、地中から大きな揺れを引き起こしながら現れたのだ。それによって街は大混乱に陥り、多くの兵士や冒険者達が魔物と対峙している中で、安全な場所に避難している途中の子供が一人、その魔物に飲み込まれてしまったのであった。


子供を助けようにも、迂闊に近付けば此方の命が無くなってしまう程に危険な猛毒を出す魔物であるが故に、子供の親が周囲の人達に何度も救助を懇願しても、救出に向かう者は誰も居なかった。そんな絶望的な状況の中でリンは、たった一人で魔物に向かって行くと何の躊躇も無く魔物の体内に入り込んで、その魔物を体内から倒すと同時に飲み込まれてしまった子供を救出したのであった。


そして、魔物の猛毒が身体の隅々まで回っている子供とリンの二人に対し、その毒に対応する解毒薬は街中くまなく探しても一人分しか無かった。また、身体の隅々まで回った毒を全て消し去る高度な魔法を扱える者はその時の街には居なかったので、どちらか一人しか助けられないと苦悩している住人達を見たリンは、子供に解毒薬を飲ませるように言うと、その場を立ち去って当時勤めていた冒険者ギルドへ戻っていった。


リンはそのまま仕事に戻ろうとしたのだが、猛毒にまみれた彼女を見たミシズやアステナを始めとした冒険者ギルドの従業員達は、慌てふためきながらも毒を洗い流して、街の診療所にリンを文字通り叩き込んだのであった。


その後、強制的に診療所に入院させられたリンの所に、彼女に助けられた子供の両親が何故自分の子供を助けたのかを尋ねに訪れた。その子供の両親もリンの事を嫌っていて、自分の子供を助けたのは何か疚しい理由があるのだと勘繰っていたのだが、リンの返答は彼らの予想だにしない物だった。



「……助けたいと思ったから助けただけだし、オレなら助けられると思ったら、なんか身体が勝手に動いてたんだけどな」



罵詈雑言を言われたり酷い事をされた相手でさえも躊躇無く助けに行き、ただ助けたいという理由だけで危険を省みずに向かって行くリンの純粋な思いに子供の両親は、自分達が彼女に対して如何に愚かな行為をしていた事に気づかされて自らの行いを恥じ、後日リンに謝罪したのである。その際に、もしかしたら今までしてきた事が原因で拒絶されるかもしれないと彼らは一抹の不安を抱えていたのだが、それは杞憂に終わる。



「今までされた事は無かった事には出来ないけど、オレは気にしてないから。……それよりも、子供が無事で良かったよ」



彼女の言う通りであって彼らがリンにしてきた事は、これから先どうやっても取り消せない。だが、そんな事は気にせずに子供の無事を安堵しているリンを見て、目の前にいる人物が、人を見境無しに襲う魔物である筈が無いと確信したのであった。そしてそれは、この街の他の住人達に伝播していき、その後は紆余曲折ありながらも、リンは魔物では無く一人の亜人として受け入れられたのである。


その時の街の住人達の多くは、リンが居たからこそ被害を最小限に抑えられたと口々に語っている。事実、リンの活躍によって魔物は街に現れてから短時間で倒された。怪我人は軽傷者が十数名で、重傷者はリンと魔物に飲み込まれた子供を含め片手で数えられる程で済み、死亡した者は皆無だった。もしもリンが、その時のレクトイの街に居なかった場合、多数の死傷者で溢れかえっていて多くの悲しみに包まれていただろう。……ちなみに、解毒薬を子供に飲ませるように伝えた時に、身体に回った猛毒によってお前は間も無く死ぬと言われたリンはこう返していた。



「……オレ、もう死んでるから大丈夫だけど?」



猛毒が身体に回ったとしても、リンは既に死んでいるので死ぬ事は無い。一瞬何を言っているのか全く分からなくなった住人達であったが、すぐに理解したのであった。……先述の死亡した者は皆無だったというのは、毒にまみれる前から死んでいるリンは含めていないのをここに追記しておく。





「……そうよ、あいつに出来たなら私にだって出来る。絶対に……」



そして、時間を戻して今現在。リンが魔物を一人で倒した事実だけを聞いていたフィテルは、それならば自分にも出来る筈だと答えを出す。



「あいつは偶々上手くいっただけよ。……私ならどんな魔物が何体来ても全部倒せるんだから」



フィテルはリンが魔物を倒した事を偶々上手くいっただけであって、自分にはどんな魔物も倒せる実力があると常日頃から思っている。自分の実力に絶対の自信を持っていて微塵も疑ってはいなかったが、それは先述の通り彼女の勘違いから生まれているのである。フィテルが今まで望んだ事は父親のドルグによって全て叶えられてきたので、武具を与えられた時点でSランクの冒険者の実力を得たと勘違いしているだけなのだ。


……ちなみに、フィテルが言ったリンが魔物を倒した事実というのは、様々な要因が重なって起こった奇跡と言っても過言では無い。彼女の所持しているスキルと気づいたらリンの側にあった武器の特性が合わさった事によって魔物を倒したのが事実である。



「……私には実力あるって何度も言ってたのに、ギルドは全然クエストに受けさせてくれなかったのは、本当ムカつく!」



フィテルはギルドに何度もSランクのクエストに行かせろと訴えていたが、冒険者ギルドはそれを許さなかった。Gランクの冒険者であるフィテルの命を守る為でもあるのだが、何より実力を伴わない者にはクエストを受けさせない事にしているのである。彼女は自分が納得する評価をしないギルドに対しての愚痴を普段から言っている。



「そうだ!」



そんな愚痴を漏らしている最中で、フィテルは一つの策に辿り着いたようだ。彼女は自分なら必ず成功すると確信し、成功した後に来るであろう称賛の嵐を想像していた。


これに成功すれば、冒険者ギルドは今までの自分に対する扱いを謝罪して、自分をSランクの冒険者にしてくれるだろう。リンもリンで自分がSランクの冒険者になった暁には、今までしつこく寄越せと何度も言っていた理想の体型と【状態異常無効】のスキルを喜んで渡してくれるだろうと、フィテルは行動を起こす前から決めつけたのである。



「そうと決まれば!」



歩みを止めていたフィテルは一刻も早く行動に移す為に動き出すと、その足を速めて家に向かっていった。


============


フィテルが何か良からぬ事を企んでいるなど露知らず、リンとエルムの二人は休日を満喫していた。知り合いの鍛冶屋に寄って、以前注文していたエルム専用の食器類を受け取ると、次に訪れたのは喫茶店だった。



「はむはむあむあむっ!」

「……本当によく食べるな」



リンとエルムの二人は軽食をとっていた。エルムは自身の頭より大きくて苺や生クリームを使って作られているケーキを、彼女の手の大きさに合わせて作られたフォークとナイフを使って切り分けたり刺したりして、これでもかと食らいついている。その隣でリンは彼女の勢いが全く衰えない様子に驚きつつも、ドーナツを口にしている。



「これ、とっても使いやすいです!」

「それは良かったな。作るのが難しかったとは言ってたけど、安くしてくれたしな」



エルムは鍛冶屋に作成して貰ったフォークとナイフの使い心地の感想を述べながらも食事の手を緩めない。エルムの手は人間の赤子よりも小さいので、使用する材料も比例して少なくなる。実際、他の作業で余った僅かな材料で注文した食器が全て作成されたのだが、小さいが故に作成難度は上がっていて苦労したと聞かされていた二人であった。



「……あの、リンさん。一つ聞いていいですか?」

「内容にもよるけどな。何だ?」



エルムはあれだけ激しく動かしていた食事の手を止め、リンに対して質問を投げ掛ける。その表情は、先程まで明るかったのに少々暗くなっていた。



「……どうして、アンデッドは魔物だとか、魔族の手先だとか、そう言ってる人が多いんですか?」

「何だそれか。……最初に言っとくけど、オレは亜人だからな」

「それは分かってるです!リンさんが魔物な訳無いです!……でも、言ってる人が多いのが気になって……」

「まぁ、気になるのも仕方無いか。その理由はな、かなり昔の話になるんだよ」



亜人のアンデッドは世界中何処を探しても、この街に居るリン只一人しか存在していない。レクトイの街の住人達が最初、彼女が魔物であると思い込んだのは、昔のある出来事が起因していたのである。リンはそれをエルムに分かりやすいように話し出した。




───今から数百年前の昔、当時の魔王は世界を征服したいという野心を持ちながらも、その為の自国の兵の怪我や犠牲をどうにか無くせないかという悩みを持っていて、常に考えを巡らせていた。世界を征服するには兵を増やさなければならない。だが、進軍をすれば少なからず怪我人や犠牲は出てしまう。幾ら考えを巡らせても答えは一向に出ず、無駄に時間だけが過ぎていった。


そんな時に、魔王は多くの部下の中に、死体を操って自分の思い通りに死体を使役する者、ネクロマンサーの存在を思い出す。死体が多く発生する戦場では、死体を自分の身を守る盾にしたり、死体を動かして敵を撹乱するなど、死体の数が多ければ多いほど彼らは活躍の場が多くなるのだ。魔王はそこに目をつけ、ネクロマンサーの増員に尽力していった。


そして、軍の半分以上をネクロマンサーの部隊とすると、魔王は遂に世界征服の為に進軍を開始した。死体が出ればネクロマンサー達に使役させ、軍は進行をすればする程、その数を増やしていく。死体ならば敵も味方も見境無く使役して、確実に魔王の軍は進行の手を世界に伸ばしていった。


倒しても倒しても起き上がる敵や、先程まで味方だった者が敵になる現実を見せられた他国の軍や住人達は恐怖し、絶望した。相手はこちらに向かってくる無数の死体と、それを率いる魔族の軍。この進軍で魔族と動く死体のアンデッドの二つを世界中の国の人達が初めて見たのであった。



「……あとな、進軍と同時期に魔物は魔族が世界征服の為に生み出して世界中に放った、っていう噂が出回ったらしい。それで、アンデッドは魔物であり魔族の手先だっていう印象が根付いたらしいんだ。その噂が本当かどうかを確かめようにも、かなり昔の事だから調べようが無いんだよ。当時を知る人はもう誰もいないし、記録された資料とか一つも無いからな」

「一つも無いんですか?」

「そうらしいぜ」



魔物は魔族が世界征服の為に生み出されたとの噂が、この進軍と同時期に世界中に出回ったのだが、あくまで噂が出回っただけであって実際に魔族を見た者は、昔は居たかもしれないが今は誰一人として存在しない。魔族の住むダラマ王国に行けばその件について分かるかもしれないが、ダラマ王国はどの国とも交流をしておらず、国を堅く閉ざしているので行く事は不可能である。よって、真相は謎のままだ。


今から数百年前に起きた事を事細かに記録した資料も同様で、長い年月を経て事実が湾曲して記録されている可能性もあるので、残っている資料が必ずしも正しいとは限らないのだ。


同時期にこの二つの出来事があって、アンデッドは魔物で魔族の手先だという思考が人々に根付いたのである。それは人々に強烈に印象付けたであるが故に、少し前までリンが酷い差別を受けた理由の一つになっているのだ。



「でな、最後は女神が現れて無数のアンデッドを浄化したとか、魔王の軍の内部で反乱が起きて進軍を止めたとかで、そのアンデッドの大群とかが忽然と姿を消したって言われてるけど、それすらどうだったのかも分かっていないらしい」

「……なんか、色々とあやふやですね」

「何せ、かなり昔の話だからはっきりとしてないんだよ。不確定な情報ってのは、内容が分からないからこそ恐怖を感じるんだ」



昔の魔王の軍はアンデッドの大群を引き連れて世界征服の為に進行を続けていたのだが、突然それらは姿を消したのだ。先程まで地面が見えない程に大量に居た筈のアンデッドの大群と、それを率いる魔王の軍が居なくなった事で安堵したの同時に、再び現れて向かってくるのではないのかと恐怖に怯えた。一部の者は姿が消えた原因を女神の御業だとか、魔王の軍でクーデターが起きたとか言っていたのだが、本当の事は誰も分かってはいないのが現状だ。


遥か昔に起こったかもしれない不確実な出来事に起因して、リンは心ない差別を受けてきた。人々に強烈に根付いた第一印象というのは、そう簡単には変えられない物である。それが悪い印象なら尚更の事。……だが、リンはそれを純粋な思いで変える事が出来たのだ。


食事を終えた二人が喫茶店を出ると日は傾いて、街が紅く染まりつつある。いつの間にか夕暮れ時になっていたようだ。



「そろそろ戻るか?」

「はいです。リンさん、あの……、手、繋いで貰っても良いですか?」

「え?でもな……」



リンは自分の左肩に乗っているエルムから手を繋いで欲しいとお願いされるのだが、エルムの手はとても小さくて力加減を少しでも間違えると握り潰してしまうだろう。



「リンさん。左手を私に向けてくださいです」

「こうか?」



エルムに促されてリンは掌を下に向けながら左手を彼女に差し出すと、エルムは自分に向けられたリンの左手の人さし指を両手で掴む。



「これで大丈夫です」

「良いのか?」

「私が両手で掴めるのはこうするしかないんです」

「そうか」



このような形であっても二人の手は繋がっている。その事実を確認した二人は、自分達の仕事場であり住む家でもある雑貨屋へと戻っていった。


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