責任転嫁は見苦しいです。
今回は投稿時間を変えてみました。
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飛び級制度を利用してSランクのクエストを受けようとするフィテルから、自分が所持している【状態異常無効】のスキルを寄越せと言われたリンの答えは、最初から決まっていた。
「嫌だよ」
彼女の答えは拒否だった。二人のこのやり取りは何度も繰り返されているが、この直後に起こる事も合わせて何度も繰り返されている。
「嫌ってなんでよっ!?いいからさっさと寄越しなさいって言ってるでしょ!」
「うるさいな。何度言われても答えは変わらないからな。……大体、スキルを寄越せと言われて、どうやって渡すんだよ?スキルは他人に渡せない物だってお前も分かってるだろ?」
「どうしてよ!?あんたがそのスキルを持ってても意味無いんだから、早く寄越しなさいっ!!」
「だから、無理だって何度も言ってるだろ?それに持っているスキルは、それを持っている奴の物なんだよ。【状態異常無効】のスキルはオレの物だから、いい加減諦めろ」
「……スキルをいい体型といい、私がずっと欲しいと思ってた物をどうしてあんたが持ってるのよ!?不公平よ!!どっちか私に寄越しなさいよっ!!!」
「あのな、その二つはどっちもお前に渡せない物だから。不公平だって言われてもオレが困るんだよ」
「欲張ってるんじゃないわよ!どっちかを早く寄越しなさいって何度も言ってるでしょ!!」
リンがはっきりと拒否して断っているのに、フィテルは寄越せの一点張り。リンが何度も拒否して断っているのにも関わらず、フィテルが何度も寄越せと言っているのには理由がある。……それは、リンが持っている【状態異常無効】のスキルと彼女の体型の二つが、フィテルが昔から欲しいと望んでいた物であるからだ。
だが、自分のスキルが分かるようになってから判明したのは、【装飾品効果微増】と【武器耐久度上昇】という二つのスキルだった。この二つは誰でも入手可能な平凡なスキルであり、自分のスキルが判明した時の彼女は少し落ち込んだ後に、何でこんな平凡なスキルしか無いのかと、癇癪を起こして周りに激しく当たり散らしていた。
また、フィテルは身体が成長すれば理想の体型に自然となると思っていたのだが、それとは正反対の体型になってしまったのである。自分の望んでいた物は手に入らなかったフィテルだったが、諦めきれずに二つを手にいれたいと様々な方法を模索していたが、両方ともフィテルの思い通りの結果には至らなかった。しかし、フィテルがリンに出会った事によって、彼女の二つへの渇望は激しさを増す事となる。
それは、冒険者ギルドに登録してから毎日のように、自分の冒険者のランクがGランクであるにも関わらず、Sランクのクエストを受けようとギルドの受付と衝突していた時に、冒険者ギルドに商品の配達で訪れていたリンから注意を受けたのだ。その時に初めてリンの姿を見たフィテルは、彼女が自分の理想の体型をしている事に感心が行き、注意を受けた事は全く気にならなくなった。リンの体型は胸や腰などの出る所は出て、腹などの引っ込む所は引っ込んでいる。それに対してフィテルの体型は、出ておらず引っ込んでいない平坦な体型をしている。自分の今の体型に強い劣等感を抱いているフィテルは、この時から自分の理想の体型をしているリンを敵視するようになった。
更に、リンのステータスカードを偶然見る事が出来たフィテルは度を増して彼女を敵視するようになる。【状態異常無効】という、自分がどれだけ欲しても手に入れられなかったスキルをリンが持っているのを知るや否や、それを寄越せと彼女に強く詰め寄った。しかし、寄越せと言われても渡せないし渡す気も無いとリンに断られたが、めげずに寄越せと何度も詰め寄っていった。【状態異常無効】のスキルを、冒険者ではないリンが持っていても意味が無い、自分が持っているのが相応しいから寄越せと何度も懲りずに言っている。
ただ、【状態異常無効】のスキルを欲しているのはフィテルだけではない。数多く存在する魔物の中には口から毒液を吐き出したり、手や足の爪に神経性の麻痺毒が仕込んであったり、睡眠性のガスを身体から噴出させるなど、状態異常を引き起こす魔物が少なからず存在する。その魔物と戦う時は状態異常を治療する薬を用意したり、状態異常を治す魔法を使える冒険者を仲間にするなどの対策をしなければならないが、それらを用意するには金が必要となるので出費が嵩んだり、報酬の取り分が少なくなるなどの問題が起きる場合がある。
だが、この【状態異常無効】のスキルがあれば、それらの問題は起きる事が少なくなる。また、それを持っているだけで状態異常にならないので戦闘のみに集中出来るので、毒などを恐れずに戦えるのである。だからこそ、多くの冒険者がこのスキルを手にいれたいと思っているが、非合法の手段であろうとも手に入らないとても希少なスキルであり、これを所持しているリンは一時期、冒険者として活動する事を強く熱望され、何人もの冒険者から勧誘されていたが、彼女はそれらを断っていた。勧誘され始めた時期と同じ頃に、先代の店長から雑貨屋を引き継ぐ事が決まっていたので、たとえ好条件で勧誘されていても全て断っていた。それでもしつこく勧誘していた冒険者に対して、ギルドが厳しい処分を下してから、それ以降は彼女を冒険者に勧誘してはならないと冒険者達の間で暗黙の了解となっている。
また、新たに冒険者になった者については、冒険者ではない街の人達を本人の意思や承諾を無視して冒険者に勧誘してはならない、自らが受けたクエストに冒険者ではない者を誘ってはならないなど、ギルドが規則として通達を出している。
「……そうだ!あんた、私が今から受けるクエストを手伝いなさいよ!クエストを手伝うなら、今までの事を許してあげるわ!」
「は?」
「だから、私が受けるクエストを手伝いなさいって言ってるのよ!聞いてる!?」
……で、その規則に違反する行為を冒険者ギルドの建物の内部で、しかも冒険者ギルドの従業員が大勢居る目の前で堂々とやっている愚かな冒険者が一人、今現在ここに居る。フィテルはこれから受けるクエストを手伝えばリンの事を許すという、あまりにも自己中心な提案をしてきたが、リンはギルドが冒険者に出した通達を知っていたので、断る旨を彼女に伝える。
「オレは冒険者じゃないからクエストは手伝えないし、手伝わないからな。規則で決まってるから無理だよ」
「あんたね!いつまでも我が儘が通ると思ってるじゃないわよ!いい加減にしなさい!クエストを手伝うか、スキルを渡すか、体型を寄越すかのどれかに決めなさいよぉぉっ!!!」
自分の提案を規則で決まっている事だから無理だと否定するリンに、フィテルは我慢の限界を迎えて詰め寄ると彼女の胸倉を掴んで怒鳴る。……我が儘を言っているのはフィテルの方だと、今ここに居るフィテル以外の全員の心が一つになった。無論、今胸倉を掴まれているリンも同様である。無理な事を押し付けてきて何故出来ないのかと問い詰められても、物理的に不可能であり、規則に違反している事であるからだ。また、会う度に自分に突っ掛かってくるフィテルとは、あまり関わりたくないと思っているからである。
一方でフィテルは、自分がとても無茶苦茶な事を言っているのを全く気づいてはいない。父親のドルグからとことん甘やかされて育った為に、幼い頃から自分が欲しいと思った物は手に入って、行きたいと思った所には行けるなど、自分の望みは全て叶う物であって、それはこれからもずっと続く物だと彼女は微塵も疑ってはいなかった。
しかし、実際はフィテルの望みが全て叶えられるほど簡単ではない。自分の思い通りにならない事など世の中に無数に存在するし、望んだとしても全てが手に入る訳では無い。それが理解出来ていないフィテルはただ喚くだけだった。彼女に胸倉を掴まれているリンは少しも動じずに、フィテルの手を振り払う。
「我が儘を言ってるのはお前だよ」
「だからっ!我が儘なのはあんた!いいから、寄越すか手伝いなさいよっ!!」
「嫌だし無理だ。……あとな、欲しい物が手に入らないからって、そんな風に喚くのは我慢が出来ない子供がやる事だぞ?」
「うるさいうるさいうるさいっ!!私が欲しいって言ってるんだから寄越しなさいよっ!!!!」
自分の思い通りにならずに地団駄を踏むフィテルを見て、心底呆れるリン。彼女からすれば、目の前で癇癪を起こしているフィテルは、欲しいと思った玩具を親に買って貰えないから駄々を捏ね続けている子供にしか見えなかったし、その子供が中身は変わらずに身体が大きくなっただけだな、としか感じていなかった。
二人の言い争い──この場合はフィテルが勝手に熱くなっているだけであって、リンは平常心を保ちながら冷静に対処している──が、終わりになるのがいつになるのか全く見えない中で、一人割って入る者が現れた。
「二人共、いい加減にしなさい!!!」
「うぉ!?びっくりした!いつの間に!?」
リンの後ろからミシズが二人の言い争いを止める為に声を上げたのだ。突然後ろから声をかけられたリンは驚いて少し横に移動し、ミシズはその二人の間に立つと、二人を諭すように話し始めた。
「毎回毎回、二人して会う度に喧嘩するのは構わないけど、それはギルドの外でやってくれるかしら?本当に迷惑極まりないわ」
「そ、そうだな。喧嘩して悪かった」
ギルドの建物の内部で言い争いをしてしまった事に気づかされたリンは、素直に頭を下げてミシズに謝る。
「ちょっと!今、私はこいつに用があるんだから邪魔しないでくれる!?」
自らの非を認めて謝罪するリンとは対照的に、フィテルは謝る様子は一切無い。言い争いに割って入ってきたミシズに怒りの矛先を向ける。爆発している怒りを向けられたミシズは、フィテルに臆する事無く話を切り出した。
「フィテル、……あなたに最終通告よ。これから受けるクエストに今すぐあなた一人で行きなさい。さもなければ、受けるクエストは失敗という形で処理するわよ」
「はぁ!?何で失敗なのよっ!!?」
「さっき言われた事をもう忘れたの?クエストを遂行する上での注意事項などを事細かに聞かされた筈よ?」
「私は聞いてたわよ!!でも、それが何でクエストの失敗になるのよ!?おかしいじゃない!?」
「全然人の話を聞いていないじゃないの。……悪いけど、ここにさっきの契約書を持ってきて!」
「はい!分かりました!」
ミシズが指示を出すと、一人の受付の女性が数枚の紙を持ってきて彼女にその紙を手渡す。
「契約書をお持ちしました!」
「ありがとう、下がっていいわ。……これはあなたがさっき、ギルドと結んだ契約書よ。そしてここに、あなたが受けるSランクのクエストは誰も誘わずに絶対に一人で行かなければならないと書いてあるわ。ギルドの規則に違反する行為をした場合でも受けるクエストが失敗となる事とかも、他の失敗条件などと共に詳しく説明させた筈だけど?」
「なっ!!?」
ミシズはフィテルが飛び級制度を利用してSランクのクエストを受ける前に、遂行内容や受注条件などを事細かに聞かせる為にフィテルを別室に移動させ、部下の一人に任せて話させていた。その際に、受けたクエストが失敗となる条件も伝えていた筈なのだが、フィテルは少しでも速くSランクのクエストを受けたいが為に、その殆どを聞き飛ばし、内容を深く読まないで契約書にサインをしたのである。……フィテルのこの行為はとても危ない事だ。後で自分に不利な事を言われた時に聞いていないでは済まされない。契約が成立した後なので取り消す事は不可能であり、文句を言った所で契約した以上、不利益を被るのは自分なのだから。
そして、フィテルが受注したクエストの失敗条件の一つが、ミシズが先程言った『誰も誘わずに絶対に一人で行かなければならない』という条件だった。リンを連れていこうとすれば、その時点で失敗条件を満たしてしまい、飛び級制度で受注したクエストを失敗してしまう。また、冒険者ではないリンをクエストに無理矢理参加させようとしているので、ギルドの規則に違反している。ギルドの規則に違反する行為をした場合には、受注したクエストは失敗となる事も契約書には記載されている。
「わ、私はそんなの聞いてないわよ!?」
「聞いてないとは言わせないわよ。冒険者ギルドが提示した条件でクエストを受けると、その時の契約書が私の手元にあるわ。ここにあなたのサインがあるから、この契約はあなたと冒険者ギルドとの間で成立した物となるわよ」
「そんな契約は無効よ!それを渡しなさいっ!」
契約書の内容を殆ど覚えていないフィテルにミシズが手に契約書を持って説明している途中で、フィテルはその契約書を奪おうと襲い掛かる。契約書を破れば結んだ契約は無効になると思って奪おうと向かうが、ミシズに簡単に避けられてしまう。
「今からクエストに向かうのであれば失敗にはしないけど、どうする?」
「うるさいっ!!私はこいつをクエストに連れていくのっ!!邪魔しないで!!」
「……それなら、あなたは自分が受注したクエストの失敗条件を満たしてしまった訳だから、クエストは失敗という事で処理を進めるわ」
「何でこんな事で失敗になるの!?おかしいわよ!?」
「私はついさっき言ったわよね?あなたは一人でクエストに行かなければならないと契約で決まっているのよ?もし、二人以上で行った場合には、その時点でクエストは失敗となるの。だから、誰かを連れてクエストを行った時点で失敗になるって事よ。……それと、リンは冒険者じゃないから連れていこうとするのは規則に違反しているのよ?規則に違反する行為をした場合も失敗の条件になるってのも契約書にきちんと書いてあるわ」
「だから!!何で私が失敗なのよ!!?私は何一つ悪い事はしてないんだからねっ!!何もかもこいつが悪いのよ!!スキルを私に寄越さないし、クエストに着いてこないんだから!!」
「なんでオレが悪いんだよ?」
「あんたが悪いからに決まってるでしょ!!」
「……あなたねぇ、人が分かりやすく説明してあげてるのに何言ってるのよ?」
ミシズはフィテルが受注したクエストを冒険者ギルドが何故、失敗として処理しようとしている理由を、契約書の内容とギルドの規則に違反する行為をしている事を交えて分かりやすく伝えたのだが、彼女はこんな時になっても自分は悪くないと喚くと、あろうことか自分が負わなければならない責任をリンに擦り付けるという、とんでもなく救いようの無い行動に出た。これには何人もの癖のある冒険者を相手に対応してきたミシズも、流石に匙を投げ出したくなったが何とか堪えて、自分の目の前で我が儘ばかり言って冒険者としての責務を全く果たそうとしないフィテルに対し、処分を下す決意を固める。
「……あなたが飛び級制度で受注したクエストは、失敗という事で処理するわ。さっきも話した通り、飛び級制度で失敗した場合はペナルティが課せられるから、それは追ってあなたに発表するわよ」
「何でよっ!?何で私が失敗なのよ!?まだクエストに行ってないのにっ!!?」
「クエストに行く前に失敗条件を満たしたからよ。それ以外は無いわ。……って、本当に何度説明すればあなたは理解するの?」
「納得いかないわ!!」
フィテルが飛び級制度で受注したクエストは失敗という形で処理する事が決定し、飛び級制度でクエストを失敗したのでペナルティが彼女に課せられると言われても、自分がクエストが失敗となる事に納得がいかないフィテルは、ミシズに詰め寄った。
「納得いかないって言われても、規則で決められた事なのよ。マスターが処分を下すまで、あなたはそこでおとなしく待ってなさい。……それと、リン」
「え、オレ?何か悪い事したか?」
「そんなにはしてないけど、ここから出てってくれる?あなた達が側に居るとまた喧嘩になるのは確実なのよ」
「あ~、それもそうだな。エルム、次行くか」
「分かりましたです」
リンとフィテルが側に居ると喧嘩が必ず起こると言っても過言では無い。二人を離しておけば喧嘩は起きないだろうと考えたミシズは、フィテルにはこの場所に残るように言って、リンにはこの場所から出ていくように言うと、リンはエルムを連れて出入口に向かって歩いていく。
「待ちなさいよっ!!まだ話は終わってない!!!あんたのせいで失敗になったんだから責任取りなさいよっ!!」
「あなたはおとなしく待ってなさいと言ったでしょ!!」
出ていこうとしているリンをフィテルは後を追おうとするが、ミシズは叱責して彼女の右腕を掴んで引き止める。何とか掴んでいる手を離そうとするフィテルを他所に、リンとエルムの二人は冒険者ギルドの建物から出ていった。
「離しなさいよっ!あいつが悪いんだから、私は悪くない!!私がクエストに行けないのも失敗したのも、全部あいつのせいなのよっ!!」
……往生際が悪いというのは、正に今のフィテルの事か。この期に及んで、まだ自分は悪くなくて、悪いのは全てリンだと言い切るフィテル。自分の非を一切認めないでリンに責任転嫁している彼女には刻一刻と、断罪の時間が近づいている。
「フィテルちゃん、さっきからなにやってるの?」
そしてそれは、ついに訪れた。一度この場から姿を消した冒険者ギルドのマスターであるシーアが再びこの場に現れたのだ。口調は普段の彼女と変わらないが、纏っている雰囲気がいつもと違っていた。
「マスター、今から報告に上がろうと思ってまして……」
「それはだいじょうぶだよ。フィテルちゃんにたいするペナルティは、わたしがここでいうから」
「は、はい!」
シーアの雰囲気が普段と違う事を嫌でも理解したミシズは、彼女の言う通りにこの場から少し離れた。
「ちょっとマスター!!何で私が行ってもいないクエストを失敗したって事になるの!?このギルドって頭おかしいんじゃないの!?あと、あいつのせいでクエストに失敗したんだから処分はあいつに言ってよね!!私は何一つ悪くないんだから!!」
フィテルはシーアが現れたのを確認すると矢継ぎ早に冒険者ギルドとリンに対する文句を言う。冒険者ギルドから自分が行ってもいないクエストが失敗という処理をされた事に不満があって解消してもらえるようにと、自分にスキルや体型を渡さないし、クエストを手伝いもしないリンが悪いので、処分はリンが受けるべきだと、冒険者ギルドのマスターであるシーアに対して文句を言ったのだが、それを聞く為に彼女は現れた訳では無い。
「……フィテルちゃん、とびきゅうせいどをりようしてうけたクエストをしっぱいしたから、いまからあなたがうけるペナルティをいうね」
シーアはフィテルの文句を聞き流し、彼女に対するペナルティの内容を発表する旨を伝える。口調は普段と変わらず、いつもと同じような笑顔で言われたのだが、その何とも言えない不気味さに騒がしかったフィテルも流石に黙り込んだ。どんな処分が下されるのかをここに居る全員が固唾を飲んで見守っていると、シーアが口を開く。
「フィテルちゃんにたいするペナルティは、………ぼうけんしゃのしかくをはくだつして、じょせきしょぶんとします」
フィテルに下されたのは、冒険者の資格を剥奪して除籍処分とする最も重いペナルティであった。この時点をもって、フィテルは冒険者の仕事が一切出来なくなる。誰が何と言おうとも、彼女は今から冒険者では無くなるのだ。……冒険者ギルドで自分のランクでは決して受けられないクエストに行こうとして止められると癇癪を起こして喚くなど、毎日のように迷惑行為を繰り返し、冒険者としての最低限の責務すら果たさない彼女に下された処分は適切だと、多くの者が口を揃えて言うかもしれない。むしろ、この処分を下すのが遅すぎると言う者がそれよりも多いだろう。
「……え?」
「いじょうでおわりだよ。はやくここからでてってね」
フィテルは自分が一番重いペナルティを言い渡された事に少しの間、茫然とする。シーアはそんな彼女にここから出ていくように促す。
「……私の冒険者の資格を剥奪って、冗談でしょ?」
「わたしはじょうだんをいいにきたんじゃないの。フィテルちゃんはついさっきから、ぼうけんしゃじゃなくなったの」
「どうしてよ?……どうして私が一番重いペナルティを受けなきゃならないのよ?」
「どうしてかはね、……フィテルちゃんはぼうけんしゃのしごとをぜんぜんしてなかったし、ぎゃくにめいわくこういをたくさんしてたの。さっきのとびきゅうせいどでも、ギルドのきそくにいはんすることをリンちゃんとミシズちゃんがとめてたのにしてたでしょ?ルールをまもらないフィテルちゃんは、はんせいのようすがなかったから、これいじょうはぼうけんしゃとしてのかつどうをさせるわけにはいかないと、はんだんしたの」
フィテルは最初は冗談を言っているだけだと思っていたが、シーアが下した今回の処分は冗談ではなく本当であり、何故このような処分を下したのかの理由を述べて分かりやすいように説明する。
「いままではおおめにみてたけど、こんかいばかりはダメ。だから、わたしたちはフィテルちゃんのぼうけんしゃのしかくをはくだつして、じょせきしょぶんとすることにしたの」
冒険者ギルドとしては、今まではフィテルの行動を多めに見て許してきたが、流石に今回は許さなかった。フィテルのこれまでの行動を起因にして定めた飛び級制度で、再三の注意をしたにも関わらず、自分の行動を微塵も改めようとしない彼女に、冒険者ギルドは一番重いペナルティを下して追放する決断をしたのだった。
「……お金を払えばいいんでしょ?お金さえ払えば、今回のも取り消してくれるんでしょ!!?幾ら払えばいいの!?」
フィテルは以前に罰金を支払うようにギルドから命じられた際、何度も罰金を払って許してもらっていたのを思い出し、今回も同じように金の力で解決しようとした。
「ばっきん?こんかいのとびきゅうせいどではね、それをはらってもゆるさないから」
「何でよっ!?いつもだったら、お金を払ったら許してくれてるじゃないのよ!!」
「こんかいのとびきゅうせいどでは、はらってもゆるさないっていったよね?わたしのはなしきいてた?」
罰金は、ギルドの規則に違反する行為をした冒険者に対して、反省している様子があれば、ギルドが指定する金額を払って許してもらう罰の一つであって、それが払えない場合、対象の冒険者は無報酬でクエストを一回達成しなければならないなど、活動の一部に制限が掛かる。
……だが、今回の飛び級制度では罰金を払って許してもらう事は不可能なようだ。普段から罰金を支払って許してもらっていたフィテルはそのつもりになっていたので、それが出来ないと分かると彼女の中で何かが音を立てて切れた。
「……もういいわよ!!こんな冒険者ギルドなんか、こっちから願い下げよ!!」
全てが自分の思い通りに進まない事を良しとしないフィテルは声を荒げ、自分の懐から冒険者の証しとなっているプレートを取り出し、自分の名前とGランクと書かれたプレートを床に強く叩きつけると、ギルドから飛び出していった。
「……ふぅ、ようやく出ていったわね。これで余計な手間が一つ減ったわ」
そのプレートを手で拾い上げるミシズは、さっきまで騒がしかったフィテルが出ていった事で、今まで乗っていた肩の荷が降りた気がしたのであった。…………が、
「……そういえばミシズちゃん」
「マスター。な、何でしょうか?」
フィテルに一番重いペナルティを下した時と同じ雰囲気で、マスターに呼び掛けられたミシズは脂汗を流す。彼女は嫌な予感しかしなかったからだ。
「ミシズちゃんはどうして、フィテルちゃんのたいおうをとちゅうでやめて、わたしのところにきたの?ふつうはミシズちゃんがたいおうするはずだよね?」
「そ、それは…………」
そう、ミシズは騒いでいたフィテルの対応を周囲の仲間に任せてマスターを呼びに行くという、本来なら自分が対応しなければならない仕事を押し付けて逃げたと捉えられても仕方が無い行動をしていたのだ。この街の冒険者ギルドで、マスターであるシーアの次に地位が高い彼女のその時の行動は、職務を放棄して逃げたとしか言えず、ミシズは言い逃れが出来なかった。
「……くわしくききたいから、いまからわたしのへやにきてね」
「は、……はい」
……この後のミシズは小一時間、シーアから説教を受けて、少しだけ見た目が老けたとか老けなかったとか。そんな風に冒険者達から思われたミシズであった。
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