気持ちの揺らぎは皆無です。
今回は思ったより早く纏まったので投稿します。
自分は、様々な事に対しての集中力にかなりのムラがあって、全く集中出来なかったり、逆に周りが気にならない程に集中してしまうなど、極端になってしまう場合があります。
なので、この小説の初めの話を投稿する時に自分のペースで無理しない程度に投稿しようと決め、タグに更新不定期をつけましたので御了承下さい。
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リンが営んでいる雑貨屋の『ウィンスト』は二階建ての建物で、一階は四つに区切って利用している。一階の大半は店舗スペースとして使っていて、利用している客を迎え入れている。店の入り口から見て奥にある部屋は、一時的に商品を置いておく倉庫と、調理と食事を行う台所に、商談などを行う応接室がある。
台所にある階段を昇った二階は居住スペースとして使っていて、二階の中心には廊下があり、部屋で左右に二つずつと突き当たりに一つの部屋は五つだが、今実際に利用しているのは二つの部屋である。一つは階段を昇って左側の手前の部屋はリンの部屋であるが、今はエルムもこの部屋で寝たりしている。もう一つは突き当たりにある部屋で暮らしていく為に必要な物を置いておく倉庫として利用している。
話は戻って、この店の従業員であるエルムを一目でいいから見てみたいと思っている客の来店人数が片手で数えられる程度になり始めている頃のとある日、その日の店の開店時間はとっくに過ぎているのだが、店の中と外に客は誰一人おらず代わりに店の外に豪華な装飾が施された馬車が停まっていて、店の中には一階の応接室で店長のリンと、恰幅が良くて顎に白い髭を蓄えた一人の男が机を挟んで向かい合っている。
「……で、用件ってのは一体なんですか?」
リンは目の前に居る男が店に来た目的が分かっていたのだが、確認の為に彼女は、可能な限りの丁寧な言葉使いで男に問い掛ける。
「用件というのはだな、……この店で働いているフェアリーの件だ。あの子を是非とも私に譲って頂きたい!」
男は頭を下げてリンに懇願する。なんと男は、フェアリーであるエルムを譲って欲しいとリンに申し出たのだった。男は頭を上げると、自らの足元に置いてあった幾つもの大きな袋を机の上に全て置いて、リンの方に押して差し出した。
「……これは?」
「この袋の中身は合わせて金硬貨1000枚。これでどうか……」
男は金硬貨1000枚という途方もない大金なら絶対にエルムを譲ってもらえると思っていた。この男はラゼンダ王国の王都に住む貴族の一人であり、レクトイの街に現れたエルムの噂を耳にして自分の箔を上げる為に何としても彼女を側に置きたいと思い、大金を用意してリンの元へ向かったのである。彼にとって金硬貨1000枚は用意に時間が掛かった大金だったが、自分の野望の為には高くは無い出費だった。
そして、男には絶対の自信があった。男は下げたくはなかった頭を下げて自分が下手に出れば行けるだろうと考えていて、何より金硬貨1000枚というのは庶民が長い年月を働いたとしても、そう簡単に手元に残せる額では無いのをこの男は知っているので、リンは喜んで金を受け取って譲ってくれるだろうと思っている。
「……」
だが、そんな貴様の男の気持ちとは裏腹に、リンは喜んでいる様子は無い。むしろ、途方もない大金を目の前にしても眉一つ動かさずに、光が無い目で貴族の男を見つめている。
「ど、どうしたのだ?早く受け取りたまえ」
「……」
貴族の男が、リンの視線に気づいて気味が悪いと感じて驚きつつも、何故受け取らないのかを尋ねるがリンは光の無い目で見つめるのを止めない。
「……一つだけ、言いたい事があるんで言っていいすか?」
「構わないが……、一体何だ?」
リンがやっと口を開いたと思ったら、貴族の男に何か言いたい事があるようだ。その貴族の男は安堵の表情を浮かべて構わないと言うと、リンは口角を上げて自分の思いを言った。
「オレの店は雑貨屋だけど、そんな商品は扱って無いし、この先扱う事も無いのでお引き取りを」
「なっ!!?」
毅然とした態度で貴族の男の申し出を断ったリンは言葉には表していないが、どんなに大金を目の前に積まれたとしても店の従業員であるエルムを売る気は毛頭無いと言っているのである。まさか断られるとは微塵も思っていなかった貴族の男は心底驚いていた。
「な、何故あのフェアリーを譲ってくれないんだ?まだ金が足りないのか!?分かった!時間が掛かるがこの倍の金を出す!金硬貨2000枚ならどうだ!!」
「どんなに金を積まれてもそんな商品は扱って無いし、この先扱う事も無いのでお引き取りを」
貴族の男はどうしてもエルムを譲って欲しかったのか、只でさえ途方もない大金である金硬貨1000枚の倍である金硬貨2000枚を支払うと申し出るが、リンはこれまた毅然とした態度と同じような文言で再度断る。貴族の男が困惑している様子を見たリンは、申し出を断る理由を遠回しにではなく直接言って分からせるしかないと判断した。
「あの、エルムはこの店の従業員であって商品じゃないんだ。従業員を大金と引き換えに売るという選択肢はオレの中には無いから。……それと、やろうとしてる取引が人身売買なら、オレは絶対にやらない。それは王国の法律で固く禁じられてる筈だけど?」
「そ、そんな事はしない!私は、彼女を保護する為に来たのだ!広大な屋敷と数多くの強力な兵に豊富な財力をもっている私ならどんな奴からも守れる!……フェアリーをこのような場所に置いておくと折角の希少価値が下がってしまうし、何よりも庶民のお前が持っているなど相応しくないんだ!」
(……成る程、それが本音って訳か)
どんなに金を積まれても首を縦には振らないリンは、従業員であるエルムを売る事は絶対にないと強い意思を持って断る。そして今行おうとしているのは、王国の法律で固く禁じられている人身売買ではないのかと告げると貴族の男は憤慨し、エルムを買いに来たのではなくて彼女を自分の元で保護する為であって、人身売買では無いと反論する。……先程まで、リンに大金を支払ってまでエルムを譲って欲しいと言っていたのは、紛れも無くこの男だというのに。
貴族の男は頭に血が上っているようで、庶民が持っていないであろう大金や兵力を自分は持っているので、エルムを守る事が可能である。更に貴族である彼にとって、こんなみすぼらしい場所に居ると折角の貴重なフェアリーの価値が下がってしまうし、庶民が持っているのは相応しくなくて、貴族である自分こそ持っているのが相応しいと言い切った。
「兎に角さっさと、あのフェアリーを寄越せっ!さもなければ……」
リンは貴族の男の店に来た目的を彼の口から聞き出せた。だからといって目の前にいる相手が、この国の王であるとしてもエルムを絶対に引き渡さないと心に決めているので、一つの確実な方法で目の前の男を店から追い払う事に決めた。脅迫じみた事を言おうとしている貴族の男を黙らせる為に、リンは部屋の一角に向けて指を差す。
「あ、一つ言い忘れてたけど、今までの話は全てあそこにある魔道具で全て記録しているから。後になって、言った言わないとかのややこしくならないようにする為の措置のみに使うのでご安心を」
「何だとっ!!?」
貴族の男は驚愕する。リンが指で差し示した場所には長方形の箱の上に小さい球体が乗せられただけの物が置かれていて、その球体が淡く光っていた。
この魔道具は、大気中の魔力を自動的に吸収して使用する物で、残しておきたい場面や音声などが記録可能な魔道具であって誰でも使えるように設計されており、魔法が一切使えないリンでも扱える魔道具である。また、この魔道具はありのままを記録するだけであって、記録した後に一部を写し換えるといった事は不可能である。だからこそ信頼性が高く、多くの場所や場面で利用されており、この貴族の男もこのような魔道具がある事を知っていて、使用した時もあった。
リンはこの魔道具を複数所持しており、重要な契約の際には持っていって、正確に契約を結ぶ為に必要な物だと相手に了承を得て記録するのに使用している。今回は了承を得る前に貴族の男に急かされたので、伝える機会が無かった為に今伝えたのであった。
「くっ!」
貴族の男は焦っていた。先程の発言が明るみに出れば、今まで築き上げた立場などが危うくなる可能性が高くなる。明らかに自分の分が悪いと気付かされた貴族の男は、手を強く握りしめ、苦虫を噛み潰したように悔しい表情を浮かべていた。
今までの様子を記録していた魔道具は、同じ物を近づける事で記録した内容を移したり、魔道具同士がある程度離れていても線などで繋げる事で場面などを共有する事が可能な物でもあるのを知っていたので、貴族の男は長い自分の生涯の半分も生きていないであろう小娘に手玉に取られるのは自分のプライドが許さなかったが、今もこの状況を記録されており、他の部屋にあるかもしれない魔道具に記録が写っているかもしれないので動けなかった。……彼の目の前に居る小娘のリンは死んでいるので、長い生涯の半分どころか一秒も生きてはいない。その事実は知らない方が良いと思われる。
「……申し訳無いけど、話す事はこれ以上何にも無いのでお引き取りを」
リンは毅然とした態度で貴族の男にこの店から立ち去るように伝えると、机の上にある大きな袋を貴族の男の方に押し戻し、それが終わって手を戻そうとした時だった。
「……ふざけるなっ!!」
貴族の男はエルムの事をまだ諦めていなかった。何としても彼女を手に入れたい男は、リンをこの場で始末してしまえば手に入るという過激な考えに辿り着き、直ぐ様行動を起こした。
貴族の男は右手を懐に入れて一本のナイフを取り出すと、席に戻ろうとしたリンの左手の甲にナイフを上から突き刺して鈍い音を共に机に打ち付けた。応接室にある机は全て木で作られていて、ナイフなどの鋭い物なら簡単に刺さってしまうので、リンの左手は机に固定されてしまった。
「ん?」
左手が机に固定されたリンは特に驚いた様子は無く、左手が動かせなくなったと思いながら自分の左手に刺さっているナイフを見ていた。その一方で、貴族の男は勝ち誇った表情をしていた。
「これには屈強な者でも数秒で死に至る猛毒が仕込んである。素直にあのフェアリーを渡していれば命を落とす事は無かったというのに……、愚かな行為をした報いを受けろっ!この庶民風情がっ!」
貴族の男は護身用として懐にナイフを一本忍ばせており、有事の際にはそれを使って対処している。……護身用のナイフに猛毒を撒き散らす魔物から抽出した毒を仕込んでいるのは、些かやり過ぎでは無いかと思われるが、貴族の男は自分の身に何かあってはいけないと常日頃考えており、このような過激な事でも自分なら許されると結論を出していた。
「ふっふっふ、毒が回って苦しいのだろう?私のような貴族に庶民が逆らえば、どうなるかを思い知るがよいっ!」
「……」
貴族の男は、リンは身体中に毒が回って徐々に蝕まれていくという想像以上の苦しさのあまり、声すら出せない程に弱っている、そしてリンの命は既に風前の灯火になっていると思っていた。
……だが、猛毒が身体中に回って死に至る目安となる時間が経過しても、リンは自分の左手に刺さっているナイフをただ見ているだけで倒れる様子は無い。……というよりも、苦しんでいる筈なのに顔色が悪くなるとか、身体が小刻みに震えるといった素振りを一切見せない事に、流石に変だと疑問を抱いて貴族の男はリンの顔を覗き込む。
「……この机に傷がついたんだけど、どうしてくれるんだ?」
「はっ?」
貴族の男は、あまりにも呆気に取られて間抜けな声しか上げられなかった。それは、男にとって予想すらしていなかった事が今目の前で起きているからである。
「お、おい!自分の状況が分かっているのか!?身体の中に猛毒が入ったんだぞ!?何故貴様は苦しまないんだ!?」
「オレの身体の事なんてどうでもいいから。……それよりも、この机の傷の修理代は絶対に弁償してもらうからな」
リンから机の傷の修理代を後で請求する旨を受けた貴族の男は、既に猛毒が全身に回って死ぬ筈の小娘が、顔色を何一つ変えずに立っているという事態を飲み込めていなかった。身体の中に致死量の猛毒が入り、既にそれが全身に回っているにもかかわらず、どうでもいいと切り捨てるリンに、貴族の男は恐怖を覚える。
「お、おい!毒が頭に回って変になったのか!?貴様は死ぬんだぞ!!?死ぬのが怖くないのか!?」
「全然怖くねぇよ。だってオレは刺される前から…………じゃなくて、会う前から死んでるから死ぬのは全然怖く無いし、毒とかは全く効かない身体だから」
「……えっ?」
会う前から死んでいるとリンから聞かされた貴族の男は、目の前の小娘は何を言っているんだ?という顔をする。
「死んでいる、だと?」
「そうだよ。オレはもう死んでいるから致死量の毒とか入れられても死なないんだよ」
「なっ?死んでいるのに動く、だと?……まさか、あ、アンデッドなのか?」
「亜人のアンデッドであって、魔物じゃないからな」
目の前の小娘がアンデッドだという事実に貴族の男の顔は一気に青ざめる。アンデッドは全て魔物だという、この世界では一般的な常識を貴族の男も持っているのだが、その常識が男をこの日一番の恐怖のどん底に叩き落とす事となる。
その理由は、この貴族の男は普段は庶民に対して威張ったり横柄な態度を取っているのだが、本当は見栄を張っているだけの小心者であった。男は歳を重ねているが、実は若い頃に凶暴な魔物に襲われた時に恐怖のあまりに気を失った事があり、その時から魔物の類いは大の苦手になってしまい、自分の屋敷の敷地内に小さな魔物が迷い込んだと聞いただけで固まって動けなくなり、凶暴な魔物が遠くに見えただけで身体が震えて失禁する程の臆病になってしまったのである。
何故、こんな臆病で小心者の男が貴族を名乗れている理由は実に簡単な事で、この男は貴族の家の長男として生を受けたからである。たったそれだけの事ではあるが男は生まれた家の跡継ぎとして祭られ、周りの従者達がそのような無様な醜態を庶民に見せないように何とか隠している。……しかし今は、従者達は彼の周りにおらず、恐怖で青ざめた顔をリンに見せている。男は醜態をさらした恥ずかしさよりも、ここから逃げたしたい気持ちが心を支配していた。
「ひっ、ひぃぃーーーーーーっ!!?!?」
恐怖に怯えて今にも失禁しそうになっている貴族の男は、なりふり構わず応接室から飛び出して、店の前で停まっている自分の馬車に勢いよく飛び乗る。その男の顔から、かなりの慌て振りを伺わせているのだが、そんな彼の手にはしっかりと自分が持って来た大金の袋を一つ残さず持っていた。金硬貨1000枚という大金を失いたくなかった男が部屋を出る時に全て掴んでいたのである。
「旦那様!いががなさいましたか!!?」
「は、早く馬車を出せっ!!早くしろっ!」
「か、かしこまりました!!」
従者の一人が、馬車に飛び乗った貴族の男に驚きながらも何があったのかを尋ねるが、一刻も早くここから離れたかった男は馬車を動かずように急かす。それを聞いた従者は慌てて手綱を持ち、馬車を動かして走り去っていった。
「……そんなに怯える事は無いだろ」
豪華な装飾が施された馬車が立ち去ってからしばらくして、リンが店の入口から顔を出して馬車が走っていった方向を見て呟く。先程の男の尋常じゃない怯え方にリンは、ほんの少しだけ心が痛くなったが相手が相手だったので、後悔や反省などを一切するつもりは無かった。
「リンさ~ん。終わりましたですか~?」
「終わったぞー、降りて来ても大丈夫だ」
店の二階からエルムの心配そうな声が聞こえ、用件が終わったリンがそれに対して返事をする。彼女は先程の貴族の男が店の前に現れてから、リンの指示で二階の部屋で待機していたのである。もしも、エルムと貴族の男が鉢合わせになって隙を突かれた場合には、その男に連れ去られていただろう。リンはそれを見越して何が起ころうとも決して二階から降りて来るなと指示を出していた。
「り、リンさん!手!手っ!!手ぇっ!!」
「ん?……あぁ、気にするなよ。こんなのどうって事無いから」
二階から降りて来たエルムは、リンの左手の甲に刺さっているナイフを見て、慌てふためきながら指摘するが、全く気にしていないリンは彼女を落ち着かせながら、左手の甲に刺さっているナイフを右手で引き抜く。
「……これ、刺されたのがオレじゃなかったら確実に死んでたぞ。このナイフには数秒で死に至る猛毒が仕込んであるって言ってたからな」
「……そ、そんな危ない物を持ち出してまで、あの人は私の事が欲しかったんですか?」
「それは本人に聞いてみないと分からねぇけど、……こういう風にどんな手を使ってでも欲しい物を得ようとする奴もいるから気を付けろよ」
抜いたナイフから少しだけ流れ出ている紫色の毒々しい液体を見て、刺されたのが自分で良かったと安心しているリン。店の床に滴り落ちた毒液は音を上げながらその場所を溶かしていた。……ちなみに、このナイフを刺されたリンは、その前に死んでいるので猛毒が身体に入っても死なず、血液も無いので毒が身体に回る事は決して無いので心配は無用である。たとえ、毒液が湧き出ている沼地に沈められても《状態異常無効》のスキルを所持している彼女には、このような少量の毒に対して特に気にする素振りは無い。
しかし、それがエルムに向けられるとなれば話は別。それに対して何の抵抗も出来ないであろう彼女を、リンは自分の身を盾にする事で守っている。自分を慕ってくれるエルムを失う事を一番の損失だと考えているリンは、それに比べて自分の身体の一部を犠牲にする事は安い物だと結論を出している。……ただ、両腕が千切れても、半身が吹き飛んでも彼女の身体は時間が経てば元通りに再生するので、自分を犠牲にしているとは確実に言えないのである。
「そういえば、さっきのを含めると7回か。……遅くなったけど、いい加減何らかの対策をしないと流石に不味いな」
「リンさん。対策って何をするんですか?」
「……オレの店の従業員は商品じゃないのを、誰にでも分かるように貼り紙でもしておけばいいか。今後、似たような事を言う奴が来たら、店から即刻つまみ出して問答無用でそいつを出禁にするでいいだろ」
リンが言った通り、このような出来事は初めてではなかった。今回のを合わせると実に7回。他の街の冒険者や先程の男とは全く別の家系の貴族といった様々な人種や位の人がエルムを求めて来店している。彼らは、エルムを此方で保護するので引き渡してくれ、幾らでも金を払うから売ってくれ等々、全員が全員似たような内容であったが、リンは誰に対しても同じような文言で返答し、彼らの申し出を全てその場で断っている。目の前に数十年遊んで暮らせる程の大金を積まれても、街一つの思想を簡単に変えられるような権力で脅されても、リンの意思は少しも揺らぐ事は無く、相手に屈する事も気持ちが折れる事も決して無かった。彼女の確固たる意思を前に、エルムを求めて来店した相手の気持ちの方が先に折れ、諦めて帰るのが多くを占めている。
また、リンは先程の男の時と同じように、話をする時は記録出来る魔道具を使用して一人で対応し、絶対にエルムを彼らに会わせる事はしなかった。来店した彼らは全員、エルムの事を利用価値が高い物としか見ておらず、それを対応していた中で読み取ったリンはエルムを物扱いする彼らを許せなかった。1人目の対応の時は明らかにエルムを狙っていたのが直ぐに分かったので、危険な目に会わせないようにエルムを二階に避難させて一人で対応したが、2人目からはその時の事を踏まえて何があろうと一人で対応し、洗いざらい言わせてから断っている。彼らの中には、エルムを物扱いするつもりは無いと言う者も居たのだが、口ではどうとでも言えるので同じように断られていた。
だが、流石に何度も彼らの対応していると、店の仕事をする時間が減り、それによって店の売上が減るなどの影響が出ているのも事実。そこでリンは、来店した者の中で先程の男と同じような話題をしてきたら、即刻店から追い出して二度と店に入れないように出入り禁止にする事に決めたのであった。
「でも、さっきの奴はあの怯え方だったから、もうここに来ないだろうな。……もし、来たとしても絶対に入れないけど」
「リンさん。あの……」
「なんだ?」
先程の男を含め、今度からはそうやって処理していこうと決めたリンに、エルムは何か言いたかったようで、気不味そうな顔をしながら尋ねる。
「私が、……ここに居るのは迷惑ですか?」
エルムは自分が店に来てからこのような事が起こっているのを見ていて責任を感じていた。前に彼女自身が店で働きたいと言ってしまったたから迷惑を掛けてしまっていると思って尋ねたのだが、リンはエルムの頭の上に自分の手を置いて、暗い顔をしている彼女に向けて安心させる為に語り掛ける。
「オレもこれくらいの事はある程度予想出来てたし、何よりエルムがここで働きたいって言ったんだろ?エルムを守るのも、働きたいと言ってくれたこの場所を守るのも、店長であるオレの仕事だから一々気にするなよ」
「でも、私は……」
「あのなぁ、迷惑ってのはどうやっても絶対に誰かに掛けちまう物なんだよ。だからといって、わざと迷惑を掛けたり悪い事をするのは駄目だけどな」
「あの、……私はここに居て良いんですか?」
「居て良いに決まってるだろ」
エルムは自分がこの店に居てはリンに迷惑を掛けてしまっているので、いずれはここを出て行かなければならないと考え始めていたのだが、リンの言葉によってその考えは払拭される。
かつて、住んでいた集落を追い出されるような形で外の世界に出てから心安らぐ居場所が無かったエルムにとって、居て良いという言葉は本当に短い言葉ではあるが、少しだけ不器用なリンの優しさに触れ、彼女の心は救われた。
「あ、あの、……私、これからリンさんに色々迷惑を掛けるかもしれないですけど、よろしくお願いしますです」
「そんなに改まらなくていいんだよ」
何かと改まりながらも挨拶をするエルムに、リンは彼女の頭を撫でながら微笑んで受け取った。
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