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伝承はあくまで伝承です。

この話の投稿の前に、今まで投稿した全ての話の会話と会話の行間を詰めました。今後から会話の部分はこのように書いていきます。

============



エルムが働き初めてから数日後のある日、リンとエルムの二人の姿は店ではなく冒険者ギルドにあった。二人は冒険者ギルドから注文を受けた荷物の配達の為に来ていた。エルムは仕事を覚える為にリンと一緒に来ていて、それが終わったので出ようとしたのだが、大勢の冒険者達が男女問わず押し寄せて二人の周りを取り囲む。リンは咄嗟に、エルムを自分の側に引き寄せた。



「何だこの可愛さはっ!?」

「夢じゃないよな?夢じゃないよな!?」

「ねぇねぇ!何か得意な事ってある?あるなら見せて!」

「少し触ってもいい?ねぇ、本当に少しだけだからっ!!?」

「ひぃ!!リンさ~ん!怖いです~っ!」

「落ち着けって、オレはここに居るから」



冒険者達に矢継ぎ早に質問されたり大人数に触られそうになったりなど、エルムは店で働いた時以上に困惑して悲鳴を上げ、リンに助けを求める。集まって来た冒険者の中には目が血走っていたり鼻息が荒くなっていたりと見るからに危ないと思われる者が何人もおり、エルムを安心させる為に、慰めながら冒険者達から彼女を守るように抱き締める。リンはエルムの周りに冒険者達が集まってくるのを予想していたのだが、予想以上に集まった事も彼女がこのような行動を取った原因になった。



「まだ私触ってないのにっ!」

「何で俺達から離すんだよっ!!」

「いや、……エルムが怯えて怖がってるんだよ。そんなに大勢で来られたらオレでも怖いわ」



文句を言う冒険者達にリンは、多少怯えながらもエルムが怯えて怖がっている事を伝える。そのエルムはリンの胸の辺りで彼女の服を掴み、怯えて震えている。



「もう大丈夫だからな」

「……はいです」



リンの顔を見て、彼女に守られていると分かったエルムは落ち着きを取り戻し、身体の震えは止まって安堵の表情を浮かべる。それを見て一安心したリンは、冒険者達に顔を向け、言い返そうとした時だった。



「この騒ぎは一体何なの!!?」



この騒ぎを収める為に声を上げたのは、このギルドの従業員であるミシズであった。休憩が終わって仕事場に戻って来たばかりの彼女は、冒険者達がギルドの一角に沢山集まっているのを見て、何か問題が起こっていると判断し、この騒ぎの場に割って入った。



「あなた達、騒ぎを起こす暇があったらクエストにでも行きなさいよ!」



ミシズの気迫のこもった言葉に冒険者達は、渋々とこの場から離れていく。そして、冒険者達が全員居なくなるとリンとエルムの二人だけが残された。



「……あら、リンじゃない?あなたは何してるのよ?」

「ミシズだったのか。ありがとな、本当に助かったよ。……とは言っても、この騒ぎはオレが起こしたって言ってもいいんだけどな」

「えっ?」

「えっと、……オレがもう少し人が少ない時間にここに来てたら、これ程の騒ぎにはならなかったんだ、って言えば良いのか?」

「それって…………、あ、そういう事ね」



リンはこの騒ぎは自分に原因があると言い、ミシズはそれが何なのかは言われた直後には分からなかったが、リンの胸の辺りで彼女に抱きしめられているエルムを見て、ミシズは彼女の言葉の意味を理解出来た。



「その子の事はマスターから聞いているわ。あなたが助けて保護し、あなたのお店で働いている事も私達は知ってるわ。……でも、珍しいからって騒ぎを起こさないように自制して、とマスターから言われてたけど、それはギルドの職員だけに言われてたみたいだし、冒険者には伝わってなかったみたいね」

「えっ?マスターがエルムの事を広めたのか?」

「違うわよ。マスターは騒ぎを起こさないように、って言ってただけよ。……でも、どこからかその子の……、エルムちゃんの事のみが街に広まったみたいね」

「そうか、成る程な。……でもよ、エルムの種族のフェアリーってそんなに珍しいのか?他の亜人より数が少なくて魔法が得意って事ぐらいだろ?」



リンはフェアリーの事を、存在するのだが数が少なくて魔法が得意な種族であると考えていた。……しかしそれは、彼女だけの考えであって、他の人達を考えは全く違ったのであった。数日前の店の賑わいと先程の冒険者達の行動がリンの予想を上回っていたのは、その為であった。



「あなたってば、本当に知らないのね?フェアリーは昔の伝承とかに出ている幻の種族とまで言われてるの。目撃情報は極端に少なくて、どの辺りに暮らしているかすら分かっていない種族なのに、それを知らないなんて……、私だってこれでも驚いているのよ?」

「昔の伝承に出ている幻の種族ね。……ん?もしかして最近、オレの店に人が押し寄せまくってる理由はそれだったのか」

「……まったく、あなたも色々と知っておいた方が良いわよ」

「分かったよ。後で時間作って伝承とか調べとく」



ミシズから聞かされた事で、ようやくリンは最近の数日間の店の盛況や先程の冒険者達の行動に納得がいく答えを得られた。そして、今回の騒動が大きくなった原因の一つが自身の無知から来ていた事に気付かされた。


リンは伝承や噂にあまり興味が無く、それを読んだり調べたりする事は殆どしていなかったのだが、今回の件で騒ぎを起こしてしまった責任を感じ、今後はそのような物も幾つか調べておこうと心に決めたのだった。



「そうだエルム。何かここで食っていくか?」

「はいです!」

「食べていくのね?はい、メニュー表よ」



リンは気分転換になれば良いと思って、食事をしようとエルムに提案した。それを聞いたミシズはリンにメニュー表を手渡す。このギルドの食事は冒険者以外でも食べる事が出来るが、その人数は少ない。冒険者達の独特の雰囲気に圧されて遠慮してしまう人の方が多いのだが、かつてこのギルドの従業員として働いていたリンは慣れているので、特に気にせずに利用している。


メニュー表を受け取ったリンは近くの席に座り、エルムは身体の大きさが異なるのでどこに座れば良いのか迷っていると、



「エルム。ここに来な」

「ありがとうございますです」



リンに促されてエルムは彼女の腿の上に立つと、ミシズから受け取ったメニュー表をリンが手に持ってエルムに見せる。



「いっぱいあるです~」

「エルムが食べたいと思った物を頼みな。代金ならオレが払うから心配するな」

「ありがとうございますです!えっと…………う~ん、と……」



エルムはメニュー表を一通り見て、一つ気になる物を発見した。



「リンさん。このパフェって何ですか?」

「簡単に言うと、甘い食べ物だ」

「本当ですか!?それ食べたいです!」

「分かった。それでいいんだな?」



パフェが甘い食べ物だと聞いたエルムは是非食べてみたい思い、それを注文したいと伝えると、リンは持っていたメニュー表をミシズに返却する。



「エルムにパフェを一つと、オレはチキンソテーを一つで」

「かしこまりました。……ってリン、あなたここで食べる時って毎回それよね?他のを注文しようと思わないの?」

「別にいいだろ?ここでは、それだけを食べるって決めてるんだよ。何か気分が落ち着くし」

「はいはい。……なんか毎回不毛なやり取りしている気がするわ」



ミシズは二人の分を注文を受け取ると厨房に向かって歩いていった。リンはここを利用するようになってからずっと、毎回同じメニューを注文している。ミシズは他のを注文してみないかと毎回促しているが、リンは気分が落ち着くなどの彼女なりのこだわりがあって、この場所で食べる時は毎回チキンソテーを注文しているのであった。ちなみにリンが毎回注文しているチキンソテーは、鶏肉を焼いて付け合わせの野菜と一緒に鉄板で焼かれた料理で、ここで食べられる物で安い金額の料理の一つであり、冒険者達もよく注文している料理である。




……そして、二人がそれぞれ注文してから数分後、



「お待たせしました。チキンソテーとパフェになります」

「おぉぉ~!!美味しそうです~!早く食べたいです~!」



注文された二品の料理が食器と共にミシズによって運ばれ、二人のテーブルに置かれた。エルムは自分の前に置かれたフルーツやホイップクリームなどがふんだんに使われ器に盛られているパフェを見て、目を輝かして歓喜の声を上げる。



「あ、エルムちゃんにはこの量だと多かったかしら?」



この時にミシズは受けた注文を厨房に伝える際に、エルムの身体の大きさを考えて量を減らしてもらうのを忘れてしまった事に気付いた。何故なら、注文を受けたパフェはエルムの身長と同じ程の高さがあるので、少し食べただけでも満腹になってしまうと思ったからである。



「私はこれ全部食べれるです!」

「え?でも……」

「大丈夫だよ。この量が一人前ならエルムは食べれるよ」

「そうなの。なら分かったわ。それじゃ、ごゆっくり」



エルムは一人で全部食べると宣言し、リンがそれをフォローすると、ミシズは納得したのか代金が書かれた伝票を置いて、そそくさとこの場から立ち去っていった。



「よ~し、早速食べるですっ!」



エルムは両手でスプーンを持つと、羽根を動かして少し浮かんで食事にありつく。今彼女が持っているのは、子供用の小さいスプーンで扱いに苦戦しながらも、ホイップクリームをすくって口に運んで食べた。



「甘いですっ!美味しいですっ!」



一口食べたエルムは、想像以上の甘さと美味しさにとびきりの笑顔を見せる。



「……でも、何か食べにくいです。このスプーンは私には大きすぎるです」

「今持ってるそれがここにある一番小さいスプーンなんだよ。我慢してくれ」

「はいです~」



だが、エルムが使っているスプーンは子供用であっても、その子供より小さい身体の彼女には大きすぎる物であり、今回はそれで我慢して食べるように言ったリンは、こんがりと焼かれて熱々の鉄板に乗せられたチキンソテーを切り分けていく。



(今度、あの鍛冶屋に頼んでエルム専用のナイフとかフォークとかの食器作ってもらわないとな。……ん?作ってもらうとして、エルムが持てる程の大きさの金属が打てるのが心配だけど、それは鍛冶屋に行ってからでいいか)



リンは知り合いが営んでいる鍛冶屋に時間を見つけて、エルム専用の食器を作成してもらおうと考えた。この街で普通に生活をしていると身体が小さいエルムにとっては、何かと不便な事が多いと気付かされたのである。その時に一つだけ懸念事項が出てきたが、今考えても仕方無いと割り切り、食事に戻る。



(エルムが伝承に出ている程の幻の種族ね。皆はエルムを一目見たいと思ったからあんなに押し寄せたのか。……伝承に出ている種族といえば、高貴で神秘的で近づき難い物だと思っていたけど……)



リンは切り分け終わったチキンソテーを食べながら、先程ミシズが言っていた事に自分の考えを巡らせていた。エルムの種族であるフェアリーは伝承に出ている程の幻の種族と聞かされたので、街の住人達はエルムを一目見たいが為に訪れたとリンは答えを得る事が出来た。そして、彼女自身が抱いていたイメージを思い出して、伝承に出ている種族の一人であるエルムに視線を移す。



「これ、本当に甘くてとっても美味しいです~!」



リンの視線の先には、手に持っているスプーンを忙しなく動かして無我夢中でパフェを頬張り、口の周りだけではなく、顔や腕などにホイップクリームが付着していても食事をしているエルムが居た。彼女の白い髪にも付着しているので、どこが髪の白色なのか分からなくなっているが、それでも手を止めずに食事を続けている。ちなみにエルムは、この時点で注文したパフェの三分の一を食べ終えていた。



(……これを見ている限りだと、エルムにはその高貴で神秘的な物が微塵も欠片も無いな)



リンはエルムの食事の様子を、心の中で少し呆れながらも微笑ましく見守りながらそう思った。この様子を見て、彼女の事を高貴で神秘的な種族だと思う者は多くないだろう。


エルムと出会ってから二人で揃って食事をするのが当たり前になりつつあるリンは、出された料理を笑顔で美味しく食べる彼女を見ていて驚かされたのは、その食事の量だ。人間の赤子と同じ、もしくはそれより小さくて細い身体の、一体どこに入る場所があるのかを本人に問いただしたくなる程によく食べる。エルムの顔と同じ大きさに切られて香ばしく調理された肉や、エルムの細い身体の数倍の太さのパン、動いている所をエルムが近づけば丸呑みされるかもしれない口を持つ魚が焼かれただけの焼き魚に、エルムの身長と同じ直径の器に注がれたスープなどを、普通の大人の一人前の量ならば意図も簡単に平らげてしまう大食漢だと分かった。


しかも、食べた量だけ腹が大きく膨らむなどの様子が全く無く、その一人前の量だけで一日の大半を元気に働いて過ごせるのだから、なんとも摩訶不思議な存在である。……リンはそれを気になって仕方が無かったが、エルムには決して聞かなかった。世の中には、知らない方が良い事もあるのを分かっているからである。


ちなみに彼女にとって甘い食べ物は、この街に来て初めて食べてから、それを大層気に入り、満腹になっても別腹で食べれるらしく、今も甘いパフェを口いっぱいに頬張って食べている。……この様子を見ていると、別腹という言葉は果たして彼女に当てはまるのだろうか?という疑問が浮かぶのは致し方ないだろう。


街に来た当初のエルムの身体は力を少しでも入れて握ると折れてしまいそうな程に細くて弱々しかったが、ここ数日でほんの少しふっくらした体つきになった。少し暗かった表情も人々との交流などで明るくなり元気にリンの元で働いている。そんな彼女にリンは、あまり食べ過ぎず無理をしないようにと常に注意をしている。



「エルム。口に……じゃなくて、あちこちにクリーム沢山付いてるぞ」

「むぅ、後で拭くから邪魔しないでくださいです」

「……分かった。食べ終わったら必ず拭くんだぞ?」

「はいです~、はむっ!」



エルムの顔や腕などに付いたクリームをリンが拭おうとすると、エルムは至福の時間を邪魔されたくないと頬を空気で膨らませながら文句を言う。それを聞いてリンは食事の後で拭くように言う。この状態で仕事をさせるのは駄目だと分かっているからである。


そんな二人を冒険者達は、各々の思いを心に秘めながら遠巻きに眺めていた。



「本当にかわいい~」

「癒されるわ~」

「俺はあの子が働いている店に毎日通うぞ!」

「ここは親衛隊を作るべきでは?」

「良いと思うが、作るのはあの子に許可を取ってからだぞ」



ある者はエルムの可愛らしさに見とれ、また、ある者はエルムが働いている店に通い、その姿を毎日でも見たいと宣言している。別の者は、親衛隊という物を作ろうと提案したが、周りから勝手に作らないように制される。



「くそっ、何であいつなんかと……」

「……あの子が可哀想だわ」

「私達も探しに行こう!」

「どこに探しに行くんだよ?」

「二年前に目撃情報は出てたような気がする。……でも、あれって嘘だったような……」



中にはエルムの側に居るリンを妬んだり、そのリンに保護されたエルムを哀れんだり、自分達もエルムのようなフェアリーを見つけに行こうと決める者まで現れ始めた。……ただ、ある者が言った目撃情報は二年前に出てからは何も音沙汰が無く、それは嘘だったのではないかという噂が流れている。


様々な種族が住んでいるこの街だからこそ、一人一人に様々な思想がある。エルムがこの街に住み始めた事は良くも悪くも街の住人に刺激を与えて、それが日々を暮らす活力の元になっていく。


それは、エルムの隣で食事をしているリンも例外では無かった。自分の身長と同じ高さのパフェを三分の二を食べ終わっても全く勢いが衰えていないエルムを見て彼女は、ふと思った。



「……エルムって結構変わってるな」

「この街で一番変わってるあなたが、その台詞を言わないでくれる?」



リンは思った事が口に出てしまったようで、近くを通ったミシズが、小さく呟いた独り言にジト目で彼女を見て反応し、周りの冒険者達も、「それはそうだ」と言いたげに頷いていた。



============



その日の夕暮れ時、先に仕事が終わったエルムは部屋で一人で本を読んでいた。リンとエルムの二人は荷物の配達の途中で、この街で唯一の図書館に立ち寄って数冊の本を借り、仕事が終わった後に読もうと決めていた。ちなみに、この場所に居ないリンはというと、今日の売り上げの集計や帳面への記入などの、エルムにはまだ任せられない閉店作業をしている。



「へぇ~、私達の事がこんな風に書かれてるんですね~」



エルムはソファの上で本を広げ、その上を背中の羽根を動かしながら浮遊して本を読んでいる。その近くには数冊の本が積み上げられている。彼女が読んでいる本の大きさは大人なら片手で持って読む事が出来て、子供なら両手で持って読む事が出来る本だとしても身体が小さいエルムには、その二つの方法は出来ないからこそ、このような方法などでなければ本を読めないのだ。ページを捲る時も、両手で持って捲らなければならないが、幸いにも薄い紙なので軽く、彼女の力でも簡単に捲る事が可能だった。


そして、エルムが今読んでいる本というのが、古くからの伝承が書き記されている本であって、その伝承というのがエルムの種族のフェアリーが出ている物である。……自らの遠い祖先かもしれない種族の人物が出ている伝承を、その末裔かもしれない種族の人物が読んでいるという、少し奇妙な出来事が今ここで起こっている。



「この本は読み終わったです。……何か色々と変な事が書いてあったですけど、私達は巨大な山を一発で吹き飛ばす程の魔法は使えないです」



エルムは読み終わるとその本を閉じて持ち上げ、積み上げられている数冊の本の隣に置き、積み上げられている数冊の本の一番上の本を持つと、先程と同じような方法で読み始めた。


この本は先程まで読んでいた本とは別の伝承が書かれているが、この伝承もエルムの種族であるフェアリーが出ている物であった。ここにある本は全て図書館から借りてきた物で、全てフェアリーが出ている伝承が書かれている本であるが、エルムは先程まで読んでいた伝承の内容に対して若干の不満があったようだ。



「エルム、そっちはどうだ?」

「リンさん、お疲れ様です。えっとですね、……本は二冊目です」



閉店作業を終えたリンが、部屋に入って来てエルムに進捗状況を尋ねる。



「リンさんも、この本一緒に読みますか?」

「そうだな、そうするか」



読書に誘われたリンは、右手でエルムを抱えて左手でエルムが読んでいた本を持つとソファに腰掛け、近くに置いてあったクッションを自分の腿に置くと、その上にエルムを乗せて彼女の前で本を開く。



「こうすれば、一緒に読めるな」

「はいです」



リンとエルムは二人で仲良く本を読み始めた。リンはエルムの読む速さに合わせてページを捲っていく。その二人が読んでいる本にはこのような内容が書き記されている。



───昔々、世界のある場所に漆黒の鱗を持つ巨大な一頭のドラゴンが突然何の前触れも無く現れた。そのドラゴンは強大な力を持っており、それに絶対の自信を持っていて、世界に知らしめるか如く毎日のように暴れるのを繰り返していた。手や足にある鋭い爪は鋼鉄をも簡単に切り裂き、一対の翼を羽ばたかせると暴風を巻き起こし、大きな口にある牙は巨大な岩を容易く噛み砕いて、口から吐く炎のブレスはあらゆる物を焼き尽くす。それによって幾つもの村や街が焦土と化していた。また、人語を理解出来る程の高い知能も持っているので、人々に自身の言葉で威圧し恐怖を与えている。このドラゴンの強大な力や凶暴性が世界に知り渡って人々が恐怖に怯えたとしても、ドラゴンは満足せずに来る日も来る日も暴れていた。


……だがある日、ドラゴンは敗北した。恐怖に怯えた人々は策を練り、強力な武器を作り、力を合わせてドラゴンに攻撃を仕掛けた。その戦いは何日も続き、人々は多くの犠牲を払いながらもドラゴンを人里離れた峡谷の底に落として追いやる事が出来たので、人々は歓喜した。


その一方で、峡谷の底に落とされて追いやられたドラゴンは、右目は抉られ両翼は切られて失った為に、峡谷の底から飛んで上がれなくなった。右目や両翼を失っただけではなく血も多く流して失ってしまったので、身体に力が入らず全く動けなかった。ドラゴンは自分の命はここで尽きるのかと考えていたが、この時に一つの運命的な出会いを果たす。



「……とても酷い怪我をしている。助けよう」

「ピィ!」



傷ついたドラゴンの目の前に小さな一人の灰色の髪を持つフェアリーと、それよりも少し大きくて赤い羽毛に覆われた一羽のフェニックスが現れた。この一人と一羽は種族の垣根を越えた仲間であり、ドラゴンが落とされた峡谷の底は生き物が滅多に訪れないので、彼らはここを休息の場として利用している場所の一つであった。自分達より遥かに巨大な漆黒のドラゴンに警戒しながらも、大きな怪我を負っていると分かるや否や近づき、ドラゴンが負った怪我の治療をし始めた。フェアリーは治癒の魔法を使って傷を癒し、フェニックスは自身の再生の力を分け与えてドラゴンの失った右目や両翼の再生を促していく。ドラゴンは「余計な事をするな」と言って追い払おうとしたが、ほんの微かにうなり声を上げる事しか出来ない程に弱っていたので、彼らのされるがままに治療を受け続けた。


また彼らは、このドラゴンはお腹を空かせているのだろうと思って、その小さい身体を一生懸命動かして周辺の木々から食べられる実を何度も往復してかき集めて、ドラゴンに食べさせた。……幸いにも、この峡谷には木の実がなる木が群生しており、その木の実は何も手を加えなくてもそのまま食べられる物ばかりであった為、大量の木の実を確保する事が出来た。


木の実を食べたドラゴンは初めての食感に驚きつつも、不思議と満たされた。ドラゴンの巨体からすれば小さい木の実では腹を満たすのはとんでもない量が必要になるのだが、満たされたのは腹ではなく心だった。今までは腹が減ると視界に入った生物の命を奪って喰らい腹を満たしていたのだが、幾ら腹が満たされても心が満たされず空しさだけがドラゴンの中で増していった。……だが、一人と一羽から初めて受けた施しに心の空しさは無くなり、ドラゴンは腹以上に心が満たされた。


治療を続けていくとドラゴンは、動けはしないが話せる程度になるまで回復した。そこでドラゴンは、一人と一羽に何故自分を助けたのかと問いかけた。



「助けたいと思ったから助けた。それ以外の理由は無い」

「ピィ!」



灰色の髪のフェアリーは自分の思いに従っただけだと答えを返して、赤い羽毛のフェニックスは言葉を話す事は出来ないが言葉は理解出来るので、両翼を広げて「その通りだ」と言わんばかりに頷く。その様子を見たドラゴンは奇妙な敗北感に包まれた。それは、自分の身体の一部が軽く当たっただけでも簡単に死んでしまう程の小さく弱々しい存在に命を助けられた事から来ていたが、不思議と悔しさは微塵も無く、むしろ嬉しさを感じていた。そしてドラゴンは、彼らと共に居たいという感情が自分の中で急速に芽生え始めるのを感じたのと同時に、今まで自分が如何に愚かな事をしていたのかを気づかされる。


ドラゴンは意を決して、自分がここに来るまでしていた事を彼らに洗いざらい全て話した。暴虐の限りを尽くして幾つもの村や街を滅ぼし、自分に歯向かう者どもを皆殺しにしてきた事などを包み隠さずに話した。ドラゴンの話を一通り聞き終えた彼らは少しの間一人と一羽で相談すると、話してくれたドラゴンに対して一つの質問をした。



「今までしてきた事は絶対に変えられない。……あなたは、それをもう二度としないと誓える?」

「あぁ、誓おう」

「分かった。実は今、私達困っている事があって、あなたにお願いがあるの」

「一体何だ?」

「それは……」



灰色の髪のフェアリーは質問の答えを受け取ると、ドラゴンに自分達が今抱えている重大な問題を語りだした。


一人と一羽は静かにひっそりと暮らしたいと思っているのだが、その物珍しさや希少性などにより多くの人や魔物から狙われて逃げ回っている。中には強大な力を使って捕らえようとする者も少なからず居て、それは日に日に激しさを増しており、彼らの肉体と精神はかなり疲弊していた。抵抗しようにも彼らの力は弱く、とても太刀打ち出来ないのでどうすればよいのか悩み、この場所に行って一旦休んでから考えようと思ってこの場所に到着した時に、強大な力を持つドラゴンが倒れていたのを発見して今に至っている。


大きな怪我を負ったドラゴンに治療を施した一人と一羽は先程の話を聞いて、彼に自分達を守ってもらえないかと恩着せがましいのを承知で頼み込んだ。



「……そうか、それなら容易い事だ。お前達を狙う奴が来ても俺が全て倒そう」

「いいの?」

「俺はお前達に命を救われた。……愚かでどうしようもない俺を助けてくれたお前達に出来るのは、そのくらいの事だけだ」

「ありがとう。……でも、倒すのは駄目。追い払うぐらいでいいから」

「ピィー!」



このような約束を一人と一羽と一頭の間で交わされたと同時に、ドラゴンは改心して二度と村や街で暴れる事をしなくなり、その代わりに強大な力を使って自分を救ってくれた彼らを守った。ちなみにドラゴンの身体は切られた両方の翼は分け与えられた再生の力で元に戻ったが、抉れてしまった右目はそのままの状態になっている。これはドラゴン自身が右目は治さないでくれと頼み込んだからであり、彼はその理由を一人と一羽に対してこう語っている。



「この傷を残しておくのは俺自身に対しての戒めだ。二度とあんな愚かな事をしないというお前達との誓いを、この身に刻んで忘れないようにする為だ」



彼は決して忘れてはいけない誓いを、自身の行いによって身体に刻まれた傷で覚えておく事にしたのである。そして、一人と一羽と一頭は────という所で、本の内容は終わっている。



「あれ?本の話が終わってるです」

「本当だな。でも、何でこんな中途半端に話が…………あ、これ上巻だ」



リンは本を閉じると背表紙に書いてある題名を読む。そこには『竜と妖精と不死鳥』という題名の次に上巻と書かれている。二人が先程まで読んでいた本は物語の上巻。続きは下巻に書き記されているので、この本だけでは物語が完結しないのだ。幾つか本を借りてきた二人だったが、この物語の本の下巻は貸し出し中になっていたので上巻しか借りれなかった。



「リンさん!私が今から図書館に行って借りてくるです!」

「いや、今日はもう図書館は閉まってるから明日にしろ。……あ、この本の下巻は貸し出し中だったから明日行っても借りられないかもしれないぞ?」

「え~、嫌です。気になるから続き読みたいです」

「我が儘言うなよ」



物語の続きが気になって仕方が無いエルムは読みたい気持ちを抑えられず、我が儘を言ってリンを困らせるのであった。


============

エルムはこのような大食いキャラ(彼女の体格からすれば)でいきます。

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