雑貨屋の一日は普段通りです。
書いてみました。
2018年12月17日 行間の詰めや誤字などの所々を修正。
12月22日 誤字などを再修正。
12月27日 タイトル変更
雑貨屋の一日です。→雑貨屋の一日は普段通りです。
2019年7月12日 少し加筆修正。
============
朝。それは多くの生物が活動を開始する時間。人間と亜人が共に暮らす街、『レクトイ』の住人も例外ではなく、人々は日々の糧のために活動を始める。
そんな中、ある家では一人の女性がまだ寝ていた。
「………ん、……なんだ~、もう朝か~」
その女性、リンは寝ぼけ眼で開いている窓から差し込む光を見て朝だと分かり、身体を起こす。
「……しっかし、何度見ても、…これはどうなってるんだか分かんねーんだよな」
彼女は自分の傷痕だらけの腕を見ながら呟く。彼女は自分自身が何故こうなっているのかが全く分からなかった。腕だけではなく彼女の顔や脚など身体の至るところに傷痕があり、切られたような傷痕や皮膚が赤く焼け爛れている所もあってそれが痛々しく見え、中には致命傷になる程の傷まである。
しかし、彼女は全く痛みを感じていない。その理由は彼女自身も分からない。
……そして、何故自分がこのようになっても生きているのかさえ分からなかった。
「考えても仕方ねーか、さっさと着替えて降りるか」
リンはボサボサになった自分の髪を気にしつつ、寝ていたベッドから降りると、クローゼットから普段働いている時の服を出し、寝る時の服を脱いで着替えていく。彼女は腕だけではなく、身体中にある傷を見る事になるが気にせず着替える。
「よし、こんなもんか」
彼女は着替え終わり、部屋から出て階段を降りていく。
「さっさと朝飯食って準備するか。……そういえば、薬草とか在庫少なくなってたから仕入ないといけねぇし、昨日やってた魔石の選別も途中までしか終わってなかったし、……今日も今日とてやること多いな」
独り言を呟きながらリンは台所に着いて朝食を作って行く。パンに目玉焼きやサラダなどの簡単なものを手早く作り、それを手早く食べ終わると片付け、台所を出た。
台所を出たリンは、自分の仕事場に出ることになる。その場所は薬草や花などの植物やその種や苗、包丁や鍋などの調理器具、傷薬といった薬品やその他にも生活に必要な物が棚に並んでいる。
「よし!今日も稼ぎますか!」
リンはその掛け声をして、作業に取り掛かる。棚に不足している商品の補充、仕分け。店の床や棚などの掃除。使用する備品や道具の不足や不具合がないかの確認など。この店には彼女一人しかいないのだが、それらの作業を慣れた手つきで行っていく。
その一連の作業を終えると彼女は店の正面出入り口から外に出る。太陽が朝より高くなっており、街も賑わいを見せ始めている。
「お、今日も来てるな。………これとこれは昼になったら届けて、順番はこっちが先に行って…」
リンは店の正面出入り口の隣にある箱の中身を確認する。彼女は店での販売だけでなく、商品の配達もしている。代金は店での価格にほんの少しの手数料が掛かるのだが、利用している住人は多い。
「あ、そろそろ開店時間か…」
そう言って正面出入り口の右の柱に掛かっている札に手を伸ばし、『close』となっている札を裏返し『open』にする。
「これでよし」
こうしてリンの営む雑貨屋、『ウィンスト』の1日が始まった。
============
「傷薬四つくださーい」
「はいよ、全部で銅硬貨12枚になるからな」
「火と水の魔石ってありますか?」
「それなら、昨日仕入れたばかりだからたくさんあるよ」
「すいませーん、この棚にあった物ってまだありますか?」
「ここにあったのは確か……、すぐ出すから待っててくれ!」
開店して暫くしてから、リンは店に来た様々な人種の客の対応に追われていた。人間は勿論の事、耳が尖っているエルフ、身体に鱗があって尻尾が生えているリザードマン、額に角があるオーガなどの亜人もいる。
商品の販売に代金の受け取り、仕入れた商品が何処にあるのかの回答、陳列されていた商品が少なくなったりなくなった場合の補充などと忙しなく働いている。
この街には他にも沢山の種類や数の店があり、誰でも利用可能で彼女の店の商品と同じ物が売っている所もある。それでも彼女の店を利用する客が多いのは彼女の人柄にあった。
言葉使いは良いと言えないが、誰に対しても公平に接し困っていると手をさしのべ相談にのるなど手助けをしていた。その手助けが解決の糸口になったり、上手く納まったりする事が多く、その事があったのでリンの店を信頼する人が多い。
「………さてと、あと二件で配達は終わりだな」
仕事のピークが過ぎてリンは配達に出ていた。店の方は閉めているが配達に出ているとの札を掛けているので心配はない。利用している住人もこの札が掛けてある時には入らないと決めている。それは信頼があるからこそできるのだが、彼女への信頼の大きさが分かる。
そんな彼女だが、今ある建物の前にいる。そこは、
「……相変わらず、何時来ても年がら年中騒がしい所だこと」
そこはレクトイの街にある冒険者ギルドの建物だった。その騒がしさに愚痴を漏らしながらもリンは入っていく。その冒険者ギルドは酒場も兼ねているため、クエストの成功を祝って宴をしている冒険者のグループや、失敗して自棄になって周りに当たっている冒険者、今後の為に情報収集をしている冒険者など思い思いの一時を過ごしていて、ギルドは喧騒に包まれている。
「すいませーん、ご注文の商品お持ちしましたー!」
「は、はい!こちらにお願いします!」
その喧騒を切るように大きな声を出すと、一人の受付の女性が気付いて手を挙げ近くに来る様に言い、リンはそれに従って受付の台を挟んで女性の前に立つ。
「アステナ、注文受けた商品この中に入れてるから確認よろしくな」
「かしこまりました!」
リンが背負っている袋を受付の女性であるアステナに渡し、その女性は注文リストを見ながら素早い手付きで確認していく。
「………記録紙が100枚3束、……インクが5個、………えっと、次は……」
暫くして確認が終わった女性はリンが持ってきた袋の隣に別の袋を置く。
「お待たせしました。こちらが注文した品は全て揃ってますのでこちらが代金で銀硬貨11枚と銅硬貨23枚になりますね」
「はいよ!いつもご利用ありがとうございます、っと」
リンは代金が入った袋を受け取るとそう返した。
「いえいえ。こちらこそいつも助かってますから。品質は良いですし、料金もこちらの負担が少ないですので」
「そりゃどうも、……まぁ、こっちも儲けてっからそれ聞いて安心したぜ」
「そうですか、またこの次もよろしくお願いします!」
「そんなに改まることはねぇだろ」
リンがそろそろ冒険者ギルドを出て店に戻ろうと思ったその時だった。
バンッ!!!
「いい加減にしなさいよ!!!!」
そんな怒号が聞こえたと同時にギルドの喧騒は静まり返り、怒号を発した本人以外の冒険者達やギルドの従業員が一斉に声がした方を向く。
「私はこのクエストを受けるって言ってるんだからさっさと行かせなさい!!」
「……あのね、そのクエストはCランク以上の冒険者じゃないと受けることは出来ないのよ。あなたはGランクだから無理って何で分からないの!?」
「CもGも一緒でしょ!!いいから早くしなさいって言ってんのよ!!」
「無理だって言ってるのよ!!自分の力量すら分からない人に依頼は受けさせません!!」
一人の冒険者と受付の女性が言い争いをしている。冒険者がクエストを受けようとしているのだがそのクエストの受ける事ができる条件はCランク以上、その冒険者のランクはGなので受ける事ができないが、無理矢理受けようとしている。その冒険者とそれを止めようとしている受付の女性の言い争いが激しさを増していった。
「おいおい、またやってるぜあの嬢ちゃん……」
「この所毎日やってる様な気がするんだが……」
「ホントに訳分からん……」
「あ~あ、せっかくのいい気分が台無しよ……」
「あいつマジ馬鹿なんじゃない…?」
周りの冒険者達はうんざりした様子で愚痴を言っている。その冒険者の少女、フィテルの事はこの街の冒険者の中では有名であり、それが彼女が冒険者になってから頻繁に行われていた。
そんな中、アステナは言い争いをしている二人の後ろに一人の少年がいることに気付く。どうやら冒険者になるための登録に来たようだが、その二人の事でどうすれば良いか分からず戸惑っていた。
「すみませーん、そちらは取り込み中なので御用の方はこちらにお願いしまーす!!」
「は、はい!!」
アステナは声を掛けると少年は慌てながらも のいる受付まで走ってくる。
「冒険者にょ登ろきゅに来ましゅた!?」
「あの、少し落ち着いてからで大丈夫ですよ」
自分を冒険者としてこのギルドに登録の為に来たのだが、それを伝えようとして噛みながら話してしまい、それを見たアステナは少年に落ち着く様に諭す。
「それじゃ、オレそろそろ店戻るわ」
「あ、はい!お疲れ様でした!」
リンはそれを見て帰ることにし、その場所から離れようとした時だった。
「……ちょっとあんた!!どこ行こうとしてるのよ!!!」
「いちいちうるさい奴だなホントに……」
リンはと呼ばれた事に顔をしかめながらも歩くのを止めて振り返る。先程まで言い争いをしていたフィテルが早足でリンに近づいてくる。
「何で冒険者じゃないあんたがここにいるのよ!!?」
「配達があって荷物をギルドに届けに来ただけなんだが?」
「嘘つくんじゃないわよ!!少し前までここにいなかったじゃない!!?」
「そりゃそうだ。さっきまであちこちに配達してたんだからよ」
「よくそんな事が言えたものね!どうせ遊んでたくせに!」
「それはお前だろうがよ……、今オレが言った事をどう聞いたらその答えになるのか誰か教えてくれ……」
リンはフィテルからの答えに頭を抱える。会う度に何度も同じ事を繰り返されているので、心底迷惑していた。
「あ、また絡まれてる……」
「毎度毎度同じ事してよく飽きないんだな」
「自分のしてる事が分かってねぇようだな、ったく……」
周りの冒険者達もフィテルの行動や言動にうんざりしていた。彼女は新米冒険者であるGランクの冒険者だが、自分の身勝手な我が儘を周りに押し付け、思い通りにならないと癇癪を起こして喚き散らす。装備も親が金持ちなので自分で揃えた物ではなく親の金を使い、金に物を言わせた豪華な装備をしている。冒険者は基本的に、自分の道具や装備などは自分で揃えるようにしている。冒険者を始めた者が他の冒険者が使っていない古い装備などを譲ってもらう事はよくある事で、彼女もそれならば他の冒険者は文句は言わないのだが、親の力を使って装備を揃えているので、他の冒険者から嫌われている。
「……それと聞いた話なんだけどあいつね、ひとつもクエスト受けて無いのに最高ランクに一気に昇格させろってギルドマスターに掴みかかったらしいよ」
「え!?それ本当なの!?」
「あくまで聞いた話なんだけど、……あれだと本当なんじゃない?」
「ギルドマスターにそんな事したらこのギルドに居られないだろうよ。どうしてまだ居るんだ?」
「……おそらくだが、大金でも渡して何とか許して貰ったんだと思う」
さらに新米冒険者としての義務である簡単なクエストを面倒でつまらない、何でやらなければならない等の理由で一つも受けていなかった。そんな性格や行動をしているので周りからは煙たがられている。
「……あのな、悪いけどいつまでもお前のその訳分からん我が儘に付き合ってる程、オレは暇じゃないんだよ」
「訳の分からない我が儘って何よ!?私の言ってる事は全部正当な要求なんだからね!」
「クエストを受ける条件にランクが指定されているクエストは、その条件より下のランクの冒険者はそのクエストは受ける事が出来ない、っていうのは聞いてるだろ?」
「私は本当は最高ランクであるSランクの冒険者なのよ!それなのにGランクなんて、……このギルドは頭おかしいのよ!」
「Sランク?……あー、確かに。言われてみればお前は馬鹿のSランクだわ」
リンが何かを納得したようで、周りに聞こえるように呟くと、
「………ぷっ、くくくっ……」
「…やっば、マジウケる!」
「…Sランクって……そっちのかよ!あははは!!」
「ちょ!おま、笑いすぎ、ぶっ!!」
「あひゃひゃひゃ!腹いてー!!」
冒険者ギルドの中で所々から笑いが漏れ始め、その笑いがどんどん大きくなっていく。
その笑いの種になっているフィリアは顔を真っ赤にして怒り始めた。
「誰が馬鹿ですって!!!いい加減にしなさいよあんたっ!!!今更後悔しても遅いんだからっ!!!」
フィテルは怒りに身を任せ長剣を抜き、切先をリンに向ける。そしてそのままリンに向かって突撃していった。その動きはとても直線的過ぎて彼女にしてみれば簡単に避けられる物だった。
……が、リンはそれをしようとはしなかった。周りも事態に気付き、慌てて止めに入ろうとしたが間に合う距離ではなかった。
「死ねぇぇぇっ!!!!!」
フィテルはそう叫びなからリンに向かっていく。彼女の勢いはもう誰にも止められない。避けなければならないリンも一歩も動くことなくそのままだった。そして、
ザシュ!!!
「ひっ!!?」
フィテルの剣は左胸に刺さり、リンの身体を貫通した。丁度そこは心臓がある部分で、端から見れば彼女の死は免れない物だと思う。冒険者の登録に来ていた青年はこの場所で殺人が起きてしまったので驚き、腰を抜かしてしまう。初めて見る殺人に動揺を隠せなかった。
そんな青年とは裏腹に、周りの人達は特に気にした様子はなく落ち着いている。青年は何故このような事が起こっているのにも関わらず平然としていられるのかが理解出来なかった。
……その後、普通なら絶対にあり得ない事が起きる。それは、
「きゃあ!!」
フィテルが後ろに倒れる。彼女はリンに蹴り飛ばされたからだ。倒れた彼女は自分に何が起こったのか分からずにいたが、持ち直して目の前を見る。
「……ったく、オレじゃなかったら死んでたぞ」
「な、な、なな、何で!?」
「は?何でって、……お前この街の住人だったら、オレがどういう奴かは分かってるだろ?」
リンの身体には剣が貫通したままになっているが、彼女にとっては大したことは無く平然としていた。
彼女がこのような事になっても死なない理由は、彼女は人ではなく亜人で、種族はアンデッドだった。既に死んでいるので普通なら死んでもおかしくはない事も彼女なら平気なのだ。周りの冒険者達や受付達もリンの事を良く分かっているので、先程の様な事があっても落ち着いていられた。
「それとだ、……オレの後ろにいる奴に刺さったりしたら危ないだろ?」
リンの後ろには先程の青年がまだ座り込んでいた。リンが避けていたらその青年に刺さっていたのだ。リンはその青年に近付いて立たせようとするが、彼は落ち着きを取り戻して立ち上がった。
「驚かせて悪かったな、大丈夫か?」
「あ、はい。………あの、刺さったままですよ?」
「そんな事言われなくてもオレ自身が分かってるての」
青年に言われたのでリンは自分に刺さってる剣を抜き始める。が、
「……あっ、悪いけど手貸してくれるか?」
「どうかしましたか?」
「いやな、………この剣オレ一人だと抜けないんだ。だから引っ張ってくれ」
「あ、はい。分かりました」
リンはそう頼み込む。よく見ると彼女に刺さっている剣を長くて一人では腕の長さが足りずに抜く事ができなかった。
青年はその事が分かると剣を握り、そのまま抜き取った。
「ありがとな、助かったぜ」
「いえ、でも身体が……」
「あー、気にすんなよ。これくらいの穴だったらすぐに治るから」
服は剣が貫通した所だけ縦に空いてしまっているが、その奥にある身体の傷は反対側は見えているが、瞬く間に塞がっていき完治する。
「そうだ、……お詫びと言っちゃなんだがこれやるよ」
「ありがとうございます」
リンは懐から何かを取り出して青年に渡す。それは折り畳まれた一枚の紙だったので彼は受け取ると広げて確認し始めた。
「………えっと、『足りない物があったら是非店に。命懸けで仕入れます。店長は死んでるのであしからず。雑貨屋ウィンスト』………、これって?」
「それか?オレの店の案内だよ、冒険者に必要な物とかも置いてるから気が向いたら来てくれよな」
その紙にはリンの店である『ウィンスト』の案内が書いてあった。青年は冒険者になったばかりなので彼女はお詫びを兼ねての宣伝をした。
「ありがとうございます、……って、お詫びなら普通は店の商品とかじゃないんですか!?」
「あのなー、こっちは商売だから色々大変なんだよ。食っていけなかったら生きていけねーんだよ」
「……リン、それ死んでるあなたにだけは言われたくないわ」
リンの後ろにいつの間にか一人の女性が立っていた。彼女は受付達のリーダーのミシズで、つい先程まで裏に居たのだか騒ぎがあって出てきたのだ。
「……それと、あなたの店の宣伝なら、このギルドの外でやってくれるかしら?」
「えー、何でだよ?」
「うちに品物を入れて貰ってるのは助かってるけど、このような騒ぎを起こされると困るのよ。……それとも、あのようになりたいたら構わないけど?」
「は?」
ミシズは自身の後ろを指差して言ったのでリンは気になって見ると、
「離しなさいよ!!汚い手で私に触らないで!!」
「……動くな」
フィテルが屈強な大男に後ろに手を回されて押さえ込まれていた。フィテルは逃れようとするが全く動けなかった。それほどその男の力が強い事が分かる。
「ガロンド!!そのままマスターの所まで運んでちょうだい!」
「……御意」
「だから!!離しなさいって!!言ってるでしょ!!」
フィリアはそのままガロンドと呼ばれた大男によってギルドの裏まで運ばれていった。それを見たリンの顔はひきつり、周りの喧騒も静まり返る。
「………あなたも、ああなりたいたら全然構わないけどね」
「し、失礼しましたー!」
ミシズの顔は笑っているがその纏っている険悪な雰囲気を感じ取ると、リンは逃げるが如くギルドから出ていった。
その後すぐに冒険者ギルドからマスターの説教が大音量で響き渡り、それは街の外れにいた人にも内容が分かる程だった。
============
数日後
リンはいつもの様に開店準備ではなく、別の街に出かける準備をしていた。彼女は気まぐれではあるが時々別の街に足を伸ばし、自分の目で見て商品を仕入れたり、仕入ルートを模索や確保したり、値段の交渉をしたりなど様々な新しい事をしている。常に新しい事を取り入れ、試行錯誤していく事で様々な需要にも対応出来る様にしようと彼女は心掛けている。リンも糧を得て生きていく為には必死なのだ。………彼女は死んではいるが。
背中にお金などの必要な物を入れた大きめのリュックを背負い、道中危険な目に遭っても大丈夫な様に自衛の為の槍を持って準備は終わって、彼女が外に出ようとしたらいつもの雰囲気とは違う事に気付く。
「……なんか騒がしいな」
そう呟いて外に出ると通りのあちらこちらで人が集まっている。何かを話しているようだか内容が聞こえないので近づこうとしたその時、彼女の足元に一枚の紙が風に吹かれて運ばれて来た。
「ん?これは?」
リンはその紙を拾い上げるとそこに書かれている内容を見始めた。
「…………『ナイメア帝国、勇者召喚の儀を行い異界の勇者を多数召喚。近隣諸国に緊張が走る。魔人に対しての宣戦布告の為か?』……って、あの人間至上主義の帝国がねぇ」
この街がある『ラゼンダ王国』から遠く離れた所に『ナイメア帝国』はある。その国では人間は亜人を差別する事が日常茶飯事であって、亜人は奴隷として扱う事がその国では常識になっていた。さらに亜人は徹底的に搾取され、物の様に捨てられていく事が多くあってそれを知った周りの国からは非難や批判を受けている。
ナイメア帝国は戦力が高く、周りの国との貿易には高圧的な態度で接しているので常に争いが絶えない。今回の勇者召喚の儀はその戦力を強化し近く魔族との戦争を起こすものだと思われている、とその紙には書かれている。
「………こんな事してる場合じゃないな。早く行かないと」
リンは何か気になった様子だが、さほど気にすることなくそのまま店に戻って戸締まりをし、彼女はこの街の出入り口まで歩いていった。
この街の出入り口はいくつかあるがそれら全てが関所になっていて、必ず通る事になる。関所には兵士が在中しておりこの街に出入りするためには不振な物や人がいないか目を光らせこの街の安全を守る為に取り締まっている。彼らのおかげでこの街の治安は良い。
「次!こちらへどうぞ!」
「はいよー」
検査の為に順番待ちをしていたリンは自分の番になったのでそこに行く。背負っていたリュックの口を開け、槍と一緒にを置く。
兵士は確認していき、それが終わると纏めてリンに返す。
「ありがとうございます。それではお気をつけて!!」
「いつもご苦労さん」
リンはそう返すと関所の外に出て、目的の街に向かう馬車に乗り込んだ。既に他の客は乗っていたので彼女が乗り込むと待っていたかのようにすぐに発車する。
「………いいもんが見つかるといいな」
リンは馬車に揺られながら呟く。
「………それとオレの過去の情報もだな」
リンは、ある時を境にそれ以前の記憶が全く無い。自分が一体何者だったのか、などの事は思い出せなかった。この身体になってしまった理由も分からずにいた。それを知りたい彼女は、仕事をしたり時々別の街に出かけたりしては自分の過去の情報や知っている人物を探しているのだが、これまでの成果は皆無だった。
また、自分と同じ種族の亜人がいれば何か知っているのではないかと思っていたが、残念ながら彼女と同じ種族の亜人はこの世界には存在していない。
何故なら、この世界では彼女と同じアンデッドは全て魔族に使役される魔物であって亜人は今まで存在しなかったからだ。最初はリンも魔物だと思われていてラゼンダ王国の最高位の学者が調べたのだが、魔物ではない事が分かった。更に魔人でもないことが分かったので、彼女は暫定的ではあるが亜人の一人として認知されるようになった。
「ぐへぇっ!!」
リンが乗っていた馬車が急に停まって荷物が動き、彼女は押し潰される。痛みを感じないのですぐにそこから脱出し、馬車の外に顔を出す。
「何だよ急に!どうした!!」
「じ、ジャイアントボアだ!ジャイアントボアが出て、こっちに向かって来てる!動かしたくても馬が怯えて言うことを聞いてくれねぇんだよ!」
リンは馬車の運転手に叫ぶとその運転手は慌てた様子で伝える。ジャイアントボアとは大きな猪の魔物でよく知られている魔物の一体である。だが、魔物は魔物なので恐れられている。そのジャイアントボアがこの道の先に出て、この馬車に向かってきているのだ。とても速いスピードで馬車に向かって突進してきている。逃げたくても馬が怯えて動けず、他の乗客も怯え戸惑っている。
「と、とにかく、みんな逃げろ!!」
運転手が逃げるように叫ぶが、リンは冷静だった。
「……よし!オレに任せな!!」
「おい!!?無茶だ、死ぬぞ!!」
リンはそう言って自分の持ってきた槍を持ち、制止の声を無視して馬車の外に出て魔物が向かってくる方向に走り出した。
「ブオォォォ!!!」
「……来い、仕留めてやるからよ」
ジャイアントボアはそのままリンに突進を続け、リンもまたジャイアントボアに向かって走っていた。そして、彼らがぶつかる直前に、
「おらっ!!!」
「ブビィィィ!!?」
リンは槍をジャイアントボアの眉間に突き刺した。突進の勢いもあったのでかなり深く突き刺さる。その痛みにジャイアントボアはスピードを緩め、リンを振りほどこうと暴れまわる。
「おいっ!!いいっ!からっ!そのままっ!!くたばり!!やがれっ!!!」
リンも振りほどかれまいと槍を握った手を離さない。……すると、ジャイアントボアの動きが急に鈍くなり、すぐに動きを止め、力なく地面に倒れ伏す。
「ふい~、一丁あがり、っと」
リンはジャイアントボアに刺した槍を抜き、一仕事終えたように馬車に戻っていく。
「おい!大丈夫かあんた!?」
「オレか?全然平気だから気にすんなよ」
周りの心配を他所にリンは自分の荷物の元に行き、そこからナイフを取り出して先程自分が仕留めたジャイアントボアのもとに戻る。
「……さてと、毛皮とか牙とか取らせて貰うからな」
リンはそう言ってジャイアントボアの解体を始めた。毛皮を適度な大きさに切り取り、牙を取って、肉は腐らないようにそれを防ぐ為に作られた袋に入れる。
ジャイアントボアの毛皮は丈夫なので服や袋などに利用され、肉は火を通して焼けばとても美味しくなる。牙はあまり需要が無いのだが、傷がないきれいな牙を高く買い取る物好きが居ることをリンは知っているので丁寧に取り扱っていく。
ある程度解体すると片付け、荷物を一纏めにすると馬車に戻っていった。
「待たせて悪かった。出せるか?」
「あ、あぁ!出せるぜ!本当に助かったよ!あんた強いな!」
「ほんとだよ!もしかして冒険者かい?」
「オレは冒険者じゃなくて雑貨屋の店長だよ。だけど冒険者を相手に商売してっから魔物とかの情報も入れてるからな。……でも何で居たんだ?この辺りは魔物は出ないって聞いてたんだけどな?」
リンは自分が冒険者ではない事を告げると更に驚かれる。彼女は冒険者を相手に商売をしているので魔物の情報なども入れて、もし自分が魔物と遭遇しても対応出来る様にしていた。
ただ、この辺りでは魔物は出ないと聞いていたので先程のジャイアントボアの出現には疑問があった。
「………ところで、さっきはその槍で倒してたけど、あれはあんたの魔法かい?それともこの槍の力かい?」
「さっきのか?………オレにも良く分からないけど、さっきのは槍の力何だけとオレじゃないと引き出せないみたいなんだ」
「へぇー」
彼女が使っている槍には不思議な力があり、それに刺されたものは暫くすると死に至らしめる恐ろしい力を秘めている。だが、その力を扱えるのはリンだけであって、彼女以外がその槍を使ってもその力を使う事は絶対に出来ない。更に彼女が使ったとしても途中で槍から離れてしまうとその力は対象から抜けてしまう。
その原理は槍を刺した対象に死の力が宿った魔力を入れられる、彼女が触れていると寿命が奪われるなどが挙げられるが、はっきりとした事は彼女自身も分からない。
そんな話をしていると、馬車の運転手が口を開く。
「……話の途中で悪いけど戻ってくれないか?そろそろ出発したいんだが……」
「あ!悪い悪い。すぐ乗るよ!」
リンは他の乗客と一緒に馬車に戻っていき、全員が乗り込むと再び出発した。
============
読んでいただきありがとうございます。感想待ってます。