姉の針
姉を除いた三人で家族会議が開かれる。
そこで、ある種の特別な病院へ姉をいれることに決まった。
父がそう決めた以上、ボクにも母にもとやかく言う権利はない。
家族会議というのも名ばかりで、父の独断であった。
『話し合って決めた』という体裁が欲しい父のためだけの茶番だ。
そうして、何事もなく姉を病院へ放り込む準備が進み、ついにその前日となった。
明日になれば姉は検査入院という名目でほぼ永久に入院させられる。
夕ご飯を終えて一休みすると、ちょうど姉の散歩の時間になる。
姉はいつも定時に散歩をしなければならないらしい。
「一緒にいってもいい?」
ボクにはどうしても聞いておきたいことがあった。
この散歩がまともに話を聞ける最後のチャンスだと考え、タイミングを見計らって話すつもりだった。
返事もなくこちらを振り返ることすらなかったが、姉は玄関を開けっ放しにして出て行った。
付いてきてもよい、ということだろう。
ボクは姉を追うようにして家を出た。
冬も終わりに近いものの、夕暮れの外はまだすこし肌寒い。
姉は迷いのない足取りで前を歩きながら鼻歌を歌っている。
すこし前に流行っていた流行曲だ。
鼻歌と呼ぶにはあまりに大きい声量だった。
歩きながら何度か会話を試みるも、きちんとした返事は返ってこない。
そうこうしているうちに、姉の巡回ルートの折り返し地点である公園へとたどり着いてしまった。
毎日姉は決まった時間までの余暇をここで過ごすのだ。
姉がベンチへ腰掛ける。
ボクも距離をとって座る。
鼻歌はアウトロを迎え、フェードアウトするようにして曲が終わった。
同時に声をかける。
「ボクの『船』をどこに隠したの」
それは、ボクが大切にしていた玩具の船だ。
幼いころに姉の気まぐれで取り上げられてかくされてしまった。
それ以来、見つけることも返してもらうこともできず、二度とボクの手に戻って来ることはなかった。
記憶の中ではとても大きな船だが、いま考えると手のひらサイズの小さなもののはずだ。
姉はクチの端を持ち上げただけの貼り付けたような笑顔でこちらを見た。
理解しているのかしていないのかわからない。
「……あー」
アクセントのおかしい間延びした返事をする。
姉とボクはしばし見つめあっていたが、耐え切れなくなりボクは目をそらした。
「あっ」
姉のその声はボクにではなく、空に向けて発せられていた。
見ると、姉は空を指差している。
その方向のはるか上空にきらきらと光る楕円形の板があった。
楕円の片端にはシッポのようにクエスチョンマークの形をした針が付いている。
蝶のようにはばたき、揺らめくようにしてゆっくりと降りてくる。
姉とボクの頭上前方を左右へ行ったり来たりしている。
「――」
姉が抑揚のない声でかすかになにかをつぶやいたが聞き取ることは出来なかった。
ベンチから立ち上がり姉は手を伸ばす。
届かなかった。
手を伸ばしたまま足先だけで小さく跳ね上がる。
何度目かの空振りののちについにそれを捕まえる。そして、その手に針が刺さった。
瞬間、姉は飛んだ。
一気に頭上高くまで引き上げられ、上昇し続け姉は空へと消えた。
両親には『姉が消えた』とだけ伝えた。
本当のことを話そうとも考えたが、結局ボクはなにも言わなかった。
『お前もか』という目で見られるのがわかりきっていたからだ。
姉がいなくなったことを知るとふたりは心配するそぶりを見せていたが、『厄介払いが出来た』と安堵する内心が感じ取れた。
五年後、ボクはあのときの姉と同い年になった。
あれ以来、空を見る気にはなれずボクはいつもうつむきがちに生活している。
ふと、ボクの足元をなにかが横切った。
ボクの持っていた、姉にかくされた玩具の船だ。
子供らしいヘタクソな字でしっかりとボクの名前が書かれている。
じょじょに浮き上がり、ボクの目の前を何度も往復している。
手を伸ばした――が、ボクは手を止めた。
スクリューの部分に昔はなかった針が付いていた。クエスチョンマークの形をしている。
空を見上げると、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見下ろす姉が見えた。




