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電脳厨子

作者: サル

三人組の中の一人、さるです。

あときじといぬがいます。

他の二人の作品もぜひ見てやってください。

初投稿作品です。

ちなみにこの作品の中でいう「電脳」は、コンピューターやサイバー機器の総称のつもりで書いてます。

合衆国に図書館は数え切れない程ある。

だが、本は一冊も存在しなかった。


大学生のジェイムスン・スミスは、週五日は図書館に入り浸っている変わり者である。

図書館の個人スペースで書籍データを読み耽るのが、彼にとって至福の時間なのだ。

それは彼の友人に言わせると「まったく時間の無駄」らしい。

確かに、いまや全ての書籍が電脳ネット上にアップロードされているため、わざわざ図書館に出向く人間はほとんど居なかった。

知りたいことがあれば身近な外部記憶装置――例えば脳殻や携帯電脳にインストールしてしまえば事足りる。

しかしジェイムスンは、「ひとりになれる場所なんて、国中探してもラングレー以外ではここしかないよ」といってきかなかった。


図書館内では全ての電脳機器が自閉モードになるため、緊急速報ですら受信しない。

ナノマシンの健康診断も止まり、電脳化を施した脳殻は機能のほとんどを制限される。

つまり、図書館は公共機関で唯一のスタンドアローンな場所であった。

どんな形であれ、誰もが常にネットと繋がっている現代で、それは極めて異質である。

アナクロを端から排斥しようという電脳社会の情勢を鑑みれば、ジェイムスンが変わり者と称されるのも当然といえた。

アメリカでは、彼のように記録が残らない場所へ頻繁に、しかも好んで出入りするのは避けたほうが無難である。

電脳へ反抗的な者として、国の監視対象になる可能性も少なくない。

尤も、電脳化していないジェイムスンの挙措を一片も余さず監視するのは不可能だが。


今日、彼が図書館を訪れた理由は、彼の専攻している「宗教学」の研究論文を探すためである。

もちろん論文がくらいなら電脳ネットにアクセスすれば数分とかからずに見つけ出せるし、電脳化していれば繰り返し読む必要もない。

そもそも、ジェイムスンだって携帯電脳くらいは持っているのだから、そこから調べれば済む話なのだ。

彼自身、自分が電脳に対して懐疑的な見方をしている理由を論理的に説明することは出来なかった。


「良いのがあったら何本か落としていくか」と、ジェイムスンは考えていた。

この後は高校時代の友人に会う約束をしていたため、ゆっくりと論文に目を通している暇がないのだ。

なので外部記憶装置として使っている携帯電脳に書籍データをインストールし、持ち帰る必要があった。

蔵書検索エンジンを起動させ、電脳ポートに携帯電脳を有線接続する。

「手早く済ませたいけど、さて見つかるかな」

ジェイムスンはいつもの様に、個人スペースに備え付けてある机上スクリーンに目を落として論文の吟味を始めた。


(あれ、店の中か?)

待ち合わせの時間まで残り五分。

呼び出されたのは大学から二十キロほど離れた個人経営のレストランだった。

待たせてしまうと思い、急いで駆けつけたのだが、誤算だったらしい。

ジェイムスンの記憶の中で、彼女は時間は厳しい記憶があったが。

残り一分を切ったころ。

ズボンのポケットから携帯電脳を取り出し、もう一度時間と場所を確認しようとしたところで、

「もしかして待ってた?」

と聞き覚えのある声がしたので顔を上げると、待ち人来たり。

スチュアートがスーツに身を包んで立っていた。

数年で随分と大人びたように見える。

髪の毛も、ブルネットになっていた。

「やあ、しばらくだけど元気そうだね」

ジェイムスンは言下に右手を差し出し、スチュアートが応じた。

「あなたこそ、変わってないわ」

「きっと積もる話もあるでしょ?」

言いつつ、彼女はテーブルに着くよう促した。

時計は午後七時を指している。

ちょうどディナータイムらしく、「恐らく彼女の計らいだな」とジェイムスンは考えた。


「じゃあ君も遂に電脳化したのかい?」

食後の珈琲を啜りながら、ジェイムスンは瞠目した。

「そんなに驚くことでもないでしょ」

スチュアートは莞爾としている。

「今僕がしゃべってるのはプログラム?それとも君の自我?」

「私は私よ、思い出だってちゃんとあるわ」

と、高校時代に学年主任だったニコライ先生の話をしばらくした。

唐突にジェイムスンは、電脳化の恩恵がどの程度のものなのか確かめたくなった。

確かめる、というよりも試したくなったというほうが近いか。

「突然で悪いけど、世界で二番目に高い山って何だっけ?」

「調べるのは無しよね」

「もちろん」

これはほんの触りだが、答えられなかったなら電脳化もその程度ということになる。

果してスチュアートはまったく迷わず、「カラコルムのナンバー2でしょ」と見事に正解した上に、「百番目まで言えるわよ」などと、とんでもないことを口にした。

ジェイムスンは、そんなこと覚えてるのかと冷やかしたが、何のこともない。

クラウド上に保存されている記憶データを引っ張って来たのだろう。

電脳化している人間は、一度覚えたことは決して忘れない。

「サイボーグみたい」

悔しさの中に、少しの偏見が見え隠れした。

「脳機能を拡張してるだけよ、サイボーグじゃないわ。あなたも電脳化すればいいじゃない?」

「やめとくよ、自前の体にメスは入れないって決めてるんだ」

そう吐き捨て、ジェイムスンは伝票を掴んだ。

「帰りの電車なら二十二分後にあるわ」

スチュアートはどうやら、電脳から直接ネットに接続して調べているらしい。

彼女の瞳にそれが映し出されていた。

「ありがとう、代金は僕が持つよ」

彼女のスクリーンになった網膜を一瞥して、ジェイムスンは帰路に着いた。


翌日、ジェイムスンは目抜き通りを登校しながら昨夜スチュアートに言われた言葉を反芻していた。

「あなたも電脳化すればいいじゃない?」

と彼女は言った。

昨今では、電脳化は充分一般的であるし、電脳化していない人間を採用しない企業すらある。

それに電脳化さえしてしまえば、不完全な外部記憶装置に頼らずいつでもどこでも好きな情報を調べられるのだ。

ジェイムスンはただのこだわりと感情論だけで電脳化を拒み続けている。

まったく効率的でない意見だと、彼は自分自身でも理解していた。

そして周りが不思議な静けさに包まれていることにようやく気がついた。

多くの人が地面に蹲り、そうでない人も困惑して挙動不審に陥っている。

事態を飲み込もうと携帯を開くが、全ての電脳が停止していた。

すなわち、世界が止っていた。

政治、為替、医療、教育……。

後ろから「恐らく太陽フレアの影響だろう」という声が聞こえた。

しばらくはこのまま、全ての電子機器が使えないだろうとも。

まるで図書館のようだと、ジェイムスンは思った。

ネットと切り離された、現実の世界。

電脳化していた人々は神を失った信徒のように怯えている。

それに対して「まるで宗教だ」と小さな声で呟く。

その時、電脳化しているスチュアートはどうしているのだろうという思いが頭をよぎった。

彼女も不安に震えているのだろうか。

オフラインの――生まれたままの脳を抱えて。

そう思うと少しだけ胸が霽れる様に思えた。

電脳が落ちていることを知りながら無意識に携帯の電源を入れようとし、そして、ジェイムスンは自身も電脳社会の信徒だったということに気が付いた。

数日前にソフトバンクのネットワークが大規模な通信障害を起こしていたらしいですね、こういったことはこの先もまた起こりえると思います。

そうなった時、大切なのはネットに依存しないことです。

たまには、得難いスタンドアローンな状況を楽しんでみてください。

この小説を書いたのは三年以上前ですが、神様はまだ皆さんの手の中から飛び出してはいないようです。


                               2018.12.10

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