あと二本... 「下を見て」
同じ図書委員である高瀬さんの逸話について、新たな報告がある。
高瀬さんは同じ一年生で、他のクラスの子だ。
月イチの図書委員会議で会うくらいで、とくだん仲が良いということはない。とはいえ、向こうが結構明るいタイプなので、顔を合わせれば話をする、というぐらいの仲だ。
高瀬詩希、という名前のせいで図書委員に任命されてしまったが、本来は体を動かす方が好きらしい。
そのメンバーで、ある駅まで行った時のことだ。
「おいしい本」の特集、ということで、ついでだから食べに行こうということになった。
たとえば、美味しそうなケーキの出てくる本だとか。いまや有名なファンタジー小説にだって、料理や変わったお菓子がたくさん出て来るし。
場所は――ひとまずこの高校から少しいった駅、ということまで言っておく。そこまで行くともう隣町まで行ってしまうのだけど、距離的には二つ三つ離れたくらいで、それほど遠くはない。その駅前にあるケーキ屋さんがおいしくて有名なのだ。
行くメンバーの中では高瀬さんだけが自転車通学をしていたけれど、自転車に乗って追いつく、と言っていた。よく自転車でそのケーキ屋さんにも行くそうで、行動範囲らしい。私も二駅くらいなら自転車で行ってしまうことがあるし、特段何も思わなかった。
ここまでが前提だ。
私たちは電車に乗って、隣町まで進んでいた。
「そういえば、その駅前に最近変なものが視えることがあるんだってさ」
「変なものって?」
「地面をふっと見てみると、人の目みたいなものがじっと上を見てるんだってさ。それで、その目玉から黒い触手みたいな、蛇みたいなものがいっぱい蠢いてるとか……」
「はあ?」
さすがにわけがわからない。
手とか足だけとか、目だけっていう怪異に関してたまに聞くことはあったけれど、触手はさすがにない。そこまでわけがわからないと、ちょっと現実味に欠ける。
だけれど、私は少しだけ不安だった。そんなことあるはずがないと思っていても、ありえないことなど本当はないのかもしれない。どうしてそんなことを思い始めたのかはまあ、ここではさておく。
駅前についてしばらく待っていると、自転車に乗った高瀬さんと合流した。
赤い自転車を自転車置き場へ預け、それから全員でケーキ屋さんまで移動する。男の子たちが甘いものっていうイメージはなかったけど、よくよく考えると最近だとスイーツ男子とかいう言葉もあった。
電車の中で聞いた奇妙な怪談など忘れようとしていたその矢先。
向かう先に嫌な気配がした。
心臓が急に跳ねあがり、自分だけが周りから隔離されたような感覚。
視てはいけないものがこの先にある――そう理解したときには遅かった。
それは地面に根を張るように貼りついていた。。
傍目からわかる程度の大きさで、あきらかに人の目をしていた。その周りから蠢く黒い触手はうねうねと今にも何かを絡め取ろうとしている。
目玉どころではなく、もはや人の顔の片側といってもよかった。
あれは悪いものだ。そうでなければ、悪いものの断片だ。
なぜかはわからないが、そう直感した。
少しずつ地面から這い出ようとしている……。あるいは、自分が視えるものを探しているのか。あれがどうしてあんな形になったのか、元からそうだったのか、それとも噂が独り歩きするうちにそうなったのか、ほとんど信じられないような形をしていた。
ぞっとして、足を止めそうになる。
視てはいけない!
視線が合う――。
――ぐしゃ。
「……」
瞬間、何が起こったのかわからなかった。
踏んだ。
高瀬さんが、思いっきり、踏んだ。
気付いてるのか気付いてないのかわからないけど、高瀬さんが思いきり踏みつけた。
いや、それ平気なの?
というか、踏んで大丈夫なの?
本当に?
「あ、そうだ」
高瀬さんは急にとまって振り返った。
しかも踏んだ足を軸にして振り返ったせいで、グリッと踏みにじった感じになっている。触手がピーンと張ったのを私は見逃さなかった。下の人(?)、すごい苦しそうなんだけど……。
口が無いせいなのか、ギィギィいう音だけが聞こえてくる。
それ、悲鳴? 悲鳴なの?
むしろ、なんなの?
何で止まるんだよ、と言いたげに男子が高瀬さんを見てるけど、どこまで高瀬さんが「知っている」上でその行動なのかがよくわからない。というか、よくそんなものを踏めると思う。実は本当に視えていないか、視え方でも違ってるんだろうか……。
やがて触手がうねうねと動いたかとおもうと、力なく地面に伏せたあと、消えた。
消えた!
まるで何かの残りカスに、高瀬さんがトドメをさしたような気分。
そして私はあまりの衝撃で、高瀬さんが何を言っていたのか忘れた。
……ケーキは美味しかった。
それにしたって、高瀬さんは偶には下を見た方がいいと思う。
というか、見てほしい。
彼女の話でまた何かあったら、胸にしまっておこうと思う。




