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あと十八本... 「鳥居」

 うちの近所には、古い鳥居が一つだけ残されていた。


 いた、というのは、今はもう撤去された後だからだ。

 その鳥居というのが、腐りかけた木がささくれて見た目も不気味で、そのうえ鳥居のすぐ向こう側には何もない。山の斜面がすぐそこに迫っていて、祠や社の類は何もなかった。

 そもそも、山といっても小ぢんまりした雑木林で、正直土地として持て余しているというのが正しかった。自然としても整備されていないせいで、何か獲れたり森林公園や心を和ますなんてものでは到底なかった。

 つまるところ、住宅地の一角に忽然と妙な空間がある、という認識だった。


 さてその鳥居だが、奇妙な噂があった。


 鳥居の近くにいると、神隠しにあうというのだ。

 老人たちの間では有名な話だったらしく、あの鳥居には近づくなといわれていた。辺りも灯りがなくて暗い場所であり、ひょっとすると戦前あたりから人さらいや誘拐などがよく起こっていたのかもしれない。

 そんな場所がホラースポット扱いされていたのは、やはりその暗さと不気味さからだ。

 真夜中に行ったのは一度きり、従兄に連れられて行ったのが最初で最後だ。


 従兄は今でいうヤンキーだの不良だの族だの、まあそういう類だった。叔父さんたちがよく頭を下げてまわっていたのをよく見たものである。家が近所だったおかげで、よく連れだされてはタバコを無理やり吸わされて喉をやられたところを笑われたりした。家族やクラスメイトからは自分もその仲間だと思われていたようで、おかげさまで自分の居場所は徐々に失われていった。

 ともかく、従兄の存在は自分にとっても頭が痛いものだったのである。


「あの鳥居のところ、行ってみようぜ」


 そんな従兄が、ある時仲間たちとそういう話になった。何の流れかは忘れてしまったが、当然の如く自分も連れだされた。

 せっつかれながら鳥居に行くと、なるほど辺りは真暗で不気味だった。

 従兄が持つ懐中電灯に照らしだされる鳥居は、昼間に見るよりも異様で、より異質なものに見えた。鳥居を蹴ったり大声をあげている間、端の方でじっとしていたかったのだが、それに気付いた従兄に無理やり前に出された。鳥居に小便かけてみろよ、だとか、唾かけてみろよ、だとか、とにかく逆らえば何をされるかわからなかったので従うしかなかった。


 従兄の仲間たちがいるぶんいくらか恐怖心は薄れたが、それでも怖いものは怖い。何度か鳥居をくぐったりしているうちに、従兄たちは飽きてきたのか帰ることになった。

 何も起こらないことに悪態をつきながら、コンビニに寄ろうという話になる。


 夜道を通る車は一台もなく、携帯電話を――当時はスマホじゃなくて携帯電話だった――持ってきておらず、時間感覚もおかしくなっている。灯りのついた二十四時間営業のコンビニに入ると、いっそほっとしたものだ。

 ところが、店員がいない。呼べど暮らせど店員は出てこなかった。


「おい」


 仲間の一人が思いついたようにニヤリと笑った。

 いったいどういうわけか店員がいない今、このコンビニの中のものは持ちだし放題だというわけだ。自分に拒否権はなく、エロ本を手当たり次第に持ち出したり、適当なお菓子や酒やタバコを持ち出すのを手伝わされた。

 あとで追及されてもいいように探し出したコンビニ袋に入れ、当然の如く荷物持ちにされる。中にはコンビニの中で酒を飲む者もいた。従兄も酒のつまみをポリポリとやりながら笑っていた。よくよく考えればカメラも設置してあるだろうに、その時は誰もそのことに言及しなかった。

 ともあれ指が千切れそうなほどの重さのコンビニ袋を持たされ、表に出る。


 コンビニの前では、既に先に店を出た何人かが宴会を始めていた。

 お金を払っていない物品を口にする気になれず、飲めといわれないうちに片付けだの太鼓持ちだのに徹した。

 しばらく盛り上がった頃に、ふと仲間の一人が呟いた。


「あ、携帯どっかに落としたわ」

「マジかよ、馬鹿でー」


 ぎゃははは、という笑い声が響く。


「俺が鳴らしてやんよ」


 誰かが携帯を鳴らしたが、反応はない。


「鳥居の所で落としたんじゃね?」

「おい、お前見てこいよ」


 従兄があろうことか自分に命令した。だが、この状況から離れられるなら、鳥居だろうがなんだろうが行ってやりたかった。それでも渋るようにうつむいていると、たった数秒のことだというのに、業を煮やした従兄は空き缶を握った。


「ほら、早く行けよ!」


 空き缶を投げられ、逃げるように走りだす。背後での笑い声を聞きながら、来た道を走る。相変わらず静かな道はまだ鳥居に近づいていないのに不気味だ。灯りを持ってきていないせいか、目が慣れるのにしばらくかかった。見上げると、山は異質な影となって突っ立っていた。

 記憶を頼りに鳥居に近づき、目を凝らして携帯電話らしきものを探す。手で探りを入れ、堅いものがないかを探す。

 土の冷たい感触に混じって、草が皮膚を裂く。たまによくわからないぐにゃりとしたものを触ってしまってはぞっとした。虫か何かだろうが、この状況ではきもちわるい。

 だが鳥居の向こう側の斜面を根気よく探していると、堅いものに触れた。

 間違いなく携帯電話だ。二つ折りにできるタイプで、そっと開けてみると、壁紙を通した光がついた。

 ほっとして戻ろうとしたとき、道から声がした。


「おい、何をやってるんだ」


 ぎょっとして振り向くと、見回りの警察官だった。

 こんな時間に子供が――少なくともちゃんと高校生くらいには見えると思う――ふらふらとしているのが気にかかったんだろう。


「きみのか?」


 持っている携帯電話を示される。


「い、いえ」


 なんと答えていいものか迷った。

 かといって、従兄たちのところに警察官なんかを連れて行ったら何をされるかわからない。恐怖で俯いていると、やはり怪しまれたらしく、交番まで連れて行かれることになった。


 交番まで行くと、なんとか話をすることはできた。

 親を呼ばれるのは覚悟の上だったが、もはやどうにでもなれという気分だった。

 ところが、だ。


 おかしいのはここからで、自分の供述どおりに警察官はコンビニに向かったが、そこには誰も来ていないらしかった。コンビニ店員が席を外したこともなく、防犯カメラにも何も映っていなかったというのだ。

 外に向けられた防犯カメラには、たしかに鳥居に向かう自分達の姿が映っていたのだが、帰りや宴会の様子だけがすっぽり抜けてしまっていたのだ。まるで自分達が、鳥居で違う場所に行ってしまったかのように……。

 おまけに、肝心の従兄たちはどれだけ探しても見つからなかった。


 そういえば一つ妙な話がある。一度だけ、どうにも警察には見えない、私服姿の中年の男がやってきて、コンビニにあったものを食べたのかということを聞かれた。自分は食べていないというと、警察官を顔を見合わせてなにごとか話し出した。てっきり鳥居に何かしたのかと聞かれるのかと思っていたが、肩透かしを食らったものである。

 その男が何者なのかわからなかったが、何やらおかしな事態になっているのは明白だった。


「一応、家出人ということで届けを出すことになりますが……」


 困惑したように警察官は言った。


 叔父さん一家の方はもっと困惑していた。

 手のつけられない子供がいなくなってせいせいした、というよりも、よくわからない事に巻きこまれた、といった困惑の方が強いようだった。


 そのまま従兄たちは帰ってこなかった。


 あれから、家族とのわだかまりは多少なりとも改善したものの、修復するまでには至らなかった。家を出て働くようになってからも、それは似たようなものだ。

 しかし風の噂で聞いたところによると、撤去する時にはちゃんと御祓いをしたという。雑木林も最近整備され、近頃は更地にしてなにか建つらしい。なんでも元の持ち主が亡くなり、相続した息子だか娘だかが土地として使えるようにするらしい。

 周りもちゃんと整備され、街灯がついてある程度明るくなり、それ以後は何も起こっていないらしい。


 ……そう、何も起こっていない。


 数年を経た今でも、従兄はまだ、帰ってこない。

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