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あと九十三本... 「七不思議」

『もーほんと信じらんない!』


 ケータイの向こうの美紗は、かなり憤っていた。


 なんでも友人と二人で、その友人の彼氏の悪戯にまんまと引っ掛かったのだという。

 面白い映画を入手したという言葉につい騙されて言ったのが最後、見せられたのは友人彼氏と先輩による悪戯の産物で、おまけにオバケの女に変装した先輩が飛び出してくる、という演出つき。先輩は帰り道で謝っくれたが、やっぱり心臓には悪い――、とまくしたてられた。

 友人の彼氏と先輩の悪戯に巻き込まれた方としての憤りは理解できなくもない。


「ああ、でも私も男子に脅かされた記憶はあるよ。七不思議で」

『七不思議ってあれ? 小学生の頃とか流行ったやつ?』

「そうそう。私は小学校のじゃなくて、近所のだったけど」

『…七不思議って、学校の七不思議じゃないの?』


 美紗がそう言ったので、私は一瞬どう答えたものかと迷ってしまった。

 その後しばらく他愛もない話をして電話を切った後も、そのことを思い出した。


 井門町七不思議。


 私が住んでいた地域ではそんな不思議があった。

 井に門の町でイドチョウ、イドはそのまま井戸の事で、チョウは町。読み方を知らない人にはイカドチョウかと間違われるのだが、そのままイドと読む。近所にあったお寺に井戸があり、近隣住民はみんなそこに水を汲みに来ていた事からそう名付けられた。寺に門があったことから井戸ではなく井門になったようだ。


 何故そんなに自分の地域に詳しいのかというと、小学校で必ず一度はやらされる恒例行事のようなもので、たいてい三年生くらいになると「ぼくらのまちマップ」だとか「町新聞」のようなものを作らされた。そういうものを作るのはたいてい席順で区切られた班によって担当するのだが、ほぼ全班が必ずといっていいぐらい触れるのが井門町七不思議だ。先生も慣れているか、あるいは初めての人はそんなに有名なのかと驚くぐらいにメジャーだった。おまけに当時の話を聞くと、どうも井門町七不思議だと楽というイメージがついたのか、たまに班同士の内容が被った年が必ず出たらしい。おまけにつくったマップは作品展で展示されていたので、毎年必ず見る事ができた。

 

 神社の片隅になにごとか彫られている、悪戯者の黒い狐を封じたとかいう伝説の残る大岩とかいう、元からある不思議に対抗して、新たに生み出された不思議も幾つかあった。よくもまぁ見つけてきたものだと思うものもあった。時を経て変わるものもあったりしたから、これはしょうがないだろう。

 中には理不尽なものも幾つかあった。


 たとえば、和菓子屋「原屋」のハラヤババァ。

 物凄く失礼な名前なので、(実際ババァはどうなのかという意見もあったり、先生に怒られたりしたこともあったみたいだ)たいていそういった町マップを作る時は「おばあさん」に変えられていた。

 小学校近くの小さな昔ながらの和菓子屋のおばあさんだったのだが、いつ行っても物凄く無愛想というか不機嫌そうな顔をしていた。その割に売っている和菓子はこの顔に似合わず美味しいというので、それが不思議だとかそんな理屈だ。


 ほかにも、橋の下の万年コケ亀。

 公園の近くに大きな川があり、そこの橋の下に万年生きている亀がいるというもの。いつ見ても一匹しかいない上に古くから住んでいる人も目撃しているので、万年生きてるんだ、とかいう、もう真偽すらわからないものだ。甲羅がコケに覆われているのでついたあだ名がコケ亀。


 何故か公園に植わっている、勝手に生えたらしいレモンの木。

 猫に首輪をして毎朝必ず牛乳片手に散歩しているおじさん。

 朝6時30分に必ず鳴く近所のニワトリは意外と便利。

 どこそこの道には、成長しすぎて自転車を飲み込んだ樹がある…などなど。


 それはもう不思議ではなんでもない物までたくさんあったが、それでも一番不思議だった事がある。

 これは私たちではなくて、主に先生たちが不思議だったことだろう。私たちにとってはそれは当たり前の事すぎたから。


 …これらの七不思議は、不思議の内容を変えたり、一部が違っていたりしたことは確かにある。子供の創作や妄想の産物も確かにあっただろう。

 だけれど、そういうものがあってなお、共通していた不思議が一つだけある。


「七つ目を知ると、井戸に食われる」


 これはどうも、昔、件の寺の井戸で投身自殺をした女の人がいる事と関係があるらしいのだが、詳しい事はまったくわからない。自殺があったかどうかは別として、実際ある時期から井戸が使われなくなった事もその要因の一つだろう。私はそういう事には詳しくないのでなんともいえないが、たぶん井戸が一般の家にも普及したり、水道が通るようになった事も要因じゃないんだろうか。

 当の井戸は当時をしのぶ遺跡のようなものとして、簡単な説明がされた立札と一緒にまだ取り壊されることなく見られるようになっている。さすがに蓋は頑丈にされていて、中を覗く事はできないし、井戸の周りにも囲いがしてある。だから、実際どうなのかはわからない。


 ハラヤババァも私が中学に行くころには店をたたみ、高校を出たころには亡くなったらしく、もう七不思議のひとつになる事はないだろう。

 あの亀もどこかに行ってしまった。ニワトリももう鳴かない。


 七不思議と聞く度に、私はどこか懐かしい記憶が思い出される。

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