あと三十九本... 「軽はずみな言葉」
教室から”端田さん”が出て行くと、あたしたちは顔を見合わせてクスクスと笑った。
”端田さん”は本名じゃないけど、あたしたちはもっぱら”端田さん”と呼んでいる。理由は、いつも端っこに一人で居て暗いからだ。あの子だけ小太りだし、無口だし、たまに話しかけても「うん」か「ううん」しか言わない。
最初はつまらない子だな、と思ったけど、たぶんそれは扱い方が間違ってただけ。
あたしたちは同じように連れだって教室を出ると、彼女がよく休み時間に一人でぼーっとしているところへと追いかけていった。
彼女が今日いたのは、先生たちの駐車場脇にある通用口のところだ。
傘立てを椅子代わりにして、ぼんやりと先生たちの車を見ていた。何が楽しいのかさっぱりわからない。
「ねえねえ、死んでよー」
あたしが急に言うと、端田さんは少しぎょっとしたようにあたしたちを見た。すぐさま視線を外したけど、逆に気にしないようにしているのがバレバレだ。
それに、本人に言っているわけじゃない。
「知ってるよねえ? ここの怪談」
あたしは他の子たちに話しかける。クスクスという笑い声があがって、知ってる知ってる、と勝手に盛り上がってくれた。
そんな怪談はないけど、こうしてわざわざ本人がいる目の前でやることで、怪談にかこつけて本人に聞かせるのが目的だ。
「死んでよ、っていうんだよね。女の子が」
「そうそう。ねー」
でも、じっさいに女の子の幽霊が出るという噂はある。あまり語られてないからか、みんな知らなかった。本当にあったのかも知らない。トイレの花子さんみたいに全国で言われてるようなものじゃないし、かといって、ただ女の子の幽霊が出て来るだけじゃ、あまり怖いとも言えない。
ただ、死んでよ、と言ってくるというのは完全にあたしのつくりばなしだ。
あたしたちについてきた他の女の子たちは、あまり来ない場所にきたせいか、端田さんのことは放っておいてわいわいと騒ぎ始めた。端田さんもしばらくじっとしていたけれど、するうちに立ち上がって歩きだした。
「そろそろいこー」
あたしがそう言うと、みんなでぞろぞろと端田さんのあとを追うように歩いていく。あとをつけているのはたしかだけど、あたしたちにとっては偶然行く場所が一緒になってるだけ。これが最近のあたしたちの”遊び”だ。
「ねえ、端田さんもういなくなっちゃってる」
何日か続けていると、次第に端田さんは教室からすぐさまいなくなるようになった。探すのに手間がかかったけど、こっちは人数がいる。手分けして探せば、また見つかるようになった。
「どこにいたって?」
「保健室の近くの、階段の裏のとこ」
その日見つけたのは、理科室や保健室がある棟の、一階の階段裏にある狭い手洗い場にいた。校舎自体はあまり人の出入りがなくて暗くしてあるのだけど、そこだけは小さな窓がついていて、日があたって明るくなっている。
死んでよ、の話は使えなかったから、偶然を装ってみんなでおしかけた。
「こんなとこで何してるの?」
わざわざ聞いてあげたけど、端田さんは曖昧にするだけで答えなかった。
「こんなとこにいたんだ」
そう言っている他の子の口をふさぎたかったけど、しょうがない。
他の子たちにとっては、偶然一緒のとこで遊んでいるわけじゃなくて、端田さんを追いかけているつもりの子もいるんだろう。
それにしても、よくこんな所を見つけたものだ。
みんなでわいわい盛り上がっていると、ふいに端田さんがまたいなくなった。休み時間は十分くらいだし、きっと教室に帰るつもりなんだ。それに気が付くと、あたしたちも端田さんの後ろをついていった。
端田さんはそうやって休み時間中、学校内をうろうろし続ける。本当に変な子だ。
その日も、端田さんは教室から逃げるように出て行った。
あたしたちはすぐさま追いかけたけど、中々見つからない。雨でも降りそうな、曇って少し暗い学校はちょっと不気味だ。他の子たちがいるからまだ何とかなるけど、端田さんがいつも行くような薄暗い階段裏にはあまり行きたくない。
それでも手分けして探していると、この天気だというのに端田さんは通用口のところにいた。
外は薄暗い雲がかかっていて、なんだか不気味だ。
そんなところにいるなんて、あいかわらず性格も暗い。
「何してんの?」
あたしは今にも笑いだしそうになりながら近づいていった。
多分また、答えてくれないんだろう。隣に座って顔を覗き込む。
そこで、あたしは違和感に気付いた。
――やばい、端田さんじゃないかも。
でも、こんなところにいる女の子なんて端田さんくらいしか思いつかなかったし。下手に死んでよ、とか言わなくてよかった。それは端田さんに言ってあげないと。
よく見たら服も違うような気がする。
先生たちの駐車場の外側は住宅地の裏道に通じているからか、妙に静かだ。
ひょっとしたら偶々ここに来た子か、何か悩みでもあるのかも。
でも、何も言わない。
このままじっとしているのもつまらないと思って、すぐに立ち上がってくるりと振り返った。
すると、急にひたり、と冷たい手があたしの腕に絡みついた。
「なに?」
あまりにも冷たい手でびっくりした。
振り払おうとしたけど、その子はすがるようについてくる。
ついてこないで、と言おうとすると、その子のぼそぼそと掠れたような声が耳に届いた。
「いっしょに死んで」
見上げたその目には、白い部分がなかった。
「ぎゃあああああ!!」
あたしは理解する前に大声を出していた。
腕を振り払い、ひたすらに走り、追いかけてくる足音から逃げ続けた。
驚いた他の子たちがやってきて、先生を呼んできたらしいけど、あたしは覚えていない。なんでもひたすら叫び声をあげて、暴れ回っていたらしい。
女の子が、と言っていたらしいが、もうその時には誰もいなかったという。クラスの中では端田さんに何かされたんじゃないか、という話もあったけど、その時端田さんは見かねた先生に呼び留められて図書室にいたらしい。見つからないわけだ。
でもそれ以来、あたしは端田さんに会っていない。
風の噂によると、四月のクラス替えであたしも含めたほとんどの子が端田さんとは違うクラスになったらしい。なんでも、今は普通にクラスの子たちと遊んでいると聞いた。普通、というのがどういうことなのかはわからないけど、それを確かめることはまだできていない。
学校に行って、またあの子を見るのがすごく怖かったからだ。
あたしは自分の部屋の中で、あの子が絶対に入ってこないように閉じこもっている。
あの怪談は嘘だったのに。
嘘……のはずだったのに。
またあの子に死んでといわれたら、あたしはどうなってしまうんだろう。
そのときこそ、今度はあたしが追いかけまわされる番かもしれない。




