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あと四十七本... 「深夜番組」

 影山がはっと目を覚ますと、もうとっくに時計は深夜の2時をさしていた。

 しまった、と起き上ると、カーテンは開けっ放しで、テレビでは深夜のお笑い番組が延々と流れていた。そこそこ顔の売れてきた芸人がひな壇に座り、下ネタ交じりのトークを繰り広げて笑いを誘っている。最近、朝4時まで起きる生活を繰り返していたから、眠気が急にきたのだろう。夏だというのにクーラーが期待できない分、先に風呂に入ろうかと思うぐらいには汗にまみれていた。


 立ち上がってカーテンを閉めると、遅い夕食をとる事にした。テレビも忘れずに消しておく。六畳一間しかない安アパートでは、すぐに文句を垂れられるのでたまらない。軽くシャワーを浴びた後、買い置きのカップラーメンを取り出し、湯を沸かした。冷蔵庫からペットボトルの茶を取り出し、割り箸と一緒にテーブルへ運ぶ。もう一度さっきのお笑い番組がやっていないかとテレビをつけたが、残念ながらシャワーの間に終わったらしい。内容はくだらないが、暇をつぶすには良さそうだと思っていた分、軽く落胆した。

 カップラーメンを待っている間に、リモコンの適当なボタンを押す。

 明日の天気。

 どこかの国のノスタルジックな古い映画。

 世界遺産とその歴史をひたすら追うドキュメンタリー。

 ファンタジー風の少女たちが何やら戦っているアニメ。

 リュックを背負った芸人がサイコロだか何だかに任せて旅をするバラエティ……。

 そこまで番組を変えてから、影山はカップラーメンの蓋を開けた。

 昔と違って一日中テレビが映っているからか、この時間でも暇が潰せていい。影山はCMに入っている適当なチャンネルにあわせたまま、カップラーメンの蓋を開けた。割り箸を割ってズルズルと音を立てていると、ちょうど前の番組が終わったところだったらしく、オープニングが始まった。

 茶を飲んでからちらりとテレビに視線をやると、白黒の画面にスーツ姿の男が一人映って、何やら怪談がどうとか言っていた。


(なんだ、怪談番組か?)


 ゴールデンタイムではなくこの時間にやるというのは久々に見る気がした。それでも恐怖心をそっと煽るようなオープニングが終わり、何人かの見たことのある芸人たちが似合わないスーツ姿で怪談を語ったり、最近言われている都市伝説を語ったり、はたまたVTRを視ながらコメントしたり、といった番組のようだった。心霊番組というより、ちょっと面白おかしい要素も取り入れたバラエティ気味なところがあるようだ。

 影山は幽霊が実際にいるかどうかはともかく、興味は惹かれた。というのも、フリーライターとしてやっている影山は、最近の記事のネタとして都市伝説や怪談の類を仕入れているのだ。季節柄もあるのだろうが、狙ったようなタイミングに思わず笑いが零れる。


『ああ、ああ、聞いた事ありますね!』

『――で、これは有名な話でしてね。昔はこの時間とかもテレビやってなかったでしょ。その深夜の時間帯、放送終了後に謎の映像が流れて、臨時放送が流れる。それが明日の犠牲者が流れるって話なんです』


 そう言って芸人が腕を前に差し出す。それを合図に、スタジオからVTRに差し替わった。

 ナレーションの声で、状況説明に入る。


『これはある日、テレビをつけたAさんが見た出来事…』


 VTRの中では、一人の男が目を覚ますところだった。今の影山と同じように、真夜中に目を覚ましたのだろう。眠っちゃったのかぁ、などと言いながらカップラーメンを作り、何かやっていないかとテレビをつける。こんな番組やってたっけ、と間抜けな声をあげるのを、影山は思わず苦笑して見つめた。

 テレビの中の白黒の背景と物悲しげな音楽。「明日の犠牲者」と表示された後に、順番に名前と年齢が羅列されていく。

 流れる名前と年齢は時折おかしなものがあった。タナカ・イチロウ18歳だの、トウキョウ・ハナコ25歳だのに混じって、明らかに日本人ではないようなものがあった。例えばデイモン・サトウ240歳なんてのはその筆頭だ。右上に四角く表示されている芸人がちょっと笑っていた。ネタのつもりなのか、一応実在する名前はあまりないようにしているのかわからないが、それでも全体的な雰囲気で気付かないようにされているのは流石だ。


 オオサカ・タロウ(83)、イイジマ・キシン(35)、ホクカイ・ミチコ(1)、トットリ・サオカ(53)……


 明らかに作ったのが分かる名前に笑いながら、テレビを見つめる男の演技が中途半端にうまいせいで、少なからず引き込まれた。

 最後に「お悔やみを申し上げます」と流れるテロップが流れる。再び画面が変わって、テレビを見ている男を斜めから見下ろすようなアングルになる。


『もしかしたら、あなたの名前も……』


 ナレーションがおどろおどろしく恐怖心をあおる。やがてブツンとテレビが消えるようなエフェクトが流れた。これで終わりかと思っていると、不意にもう一度ノイズが流れてこんな景色が現れた。

 白黒で、さっきのVTRと似たり寄ったりの映像だ。ギャグ交じりだったのに、よくやると思っていると「臨時放送」という言葉が現れた。中々恐怖を煽る演出だと思いながら、影山はテレビに見入った。やがて臨時放送の文字が上に流れたが、今度の文字は違っていた。



 今日の××××…



(今日の……なんだ?)


 文字化けしたようにまったく見えなかった。

 それが上に流れたかと思うと、名前が一つだけあらわれた。



 カゲヤマ・トシユキ



 たったそれだけだった。

 カゲヤマトシユキ。影山敏之。

 他でもない、影山自身の名前だった。

 妙にぞっとした。こういったものは適当な名前を入れ込んだりするのだろうが、さすがに自分の名前を見るのは気持ちのいいものではない。先ほどのVTRに出て来たテレビを見る俳優が驚くとか、そういう事もなかった。

 唐突に画面がブツンと切れると、もうスタジオに戻っていた。いやぁ怖かったですねぇ、などと芸人がコメントしている。


『そういえば、今の臨時放送に出て来た名前あるじゃないですか。アレ、途中デーモン・サトウとか流れたでしょ? スタッフは真面目に作ってくださいよ!』


 テレビでは、芸人からのツッコミにスタジオが笑っている。


『いやほら、それはさぁ、実在する名前とかにね? 配慮してるんだから』

『それより、ピンクさん82歳とかやりすぎでしょう』

『今のはネタを探す時間だったの?』


 影山にはそういったギャグが一切耳に入ってこなかった。誰もカゲヤマ・トシユキについて言及しない。何故、唐突にそんな名前が流れたのか。

 畳に突いた掌に、急にくすぐったいような感覚がする。


「なんだっ」


 小さく叫んで手を離すと、そこには小さな蜘蛛が這っていた。

 影山はどうしても、その蜘蛛を潰す気にはなれなかった。

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