表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/100

あと五十二本... 「最終バス」

 最終バスには、まだ乗客が何人か乗っていた。

 まったく、バスに間に合ったはいいが、残業でこんな時間になるのなんて初めてだ。社会人ってヤツの深淵が見えてきそうで恐ろしい。


 それでもほとんど空席だった。辺りを見回すと、イビキをかきながら眠りかけているオッサンのハゲた頭や、くたびれたような中年のサラリーマンや、化粧の濃い目のOLらしき女が見えた。

 オレは一番後ろの広い席の端に座りこんだ。さて、何をしようか。そういえばソーシャルゲームの次のイベントはいつからだったか、今日からだったかと考えながら、鞄の中からケータイを取り出す。バスがガタンと音を立て、イビキをかいていたハゲたオッサンが妙な声を出した。どうやら起きたらしい。リーマンは手を挙げ、ビー、と停止ボタンを押した。

 視線を戻そうとして、ふと反対側にもう一人誰かが座っているのに気が付いた。

 いつからそこにいたんだろう、と思わず目を留めると、彼女も気付いたのかこちらを向いた。慌てて会釈をする。

 女の子もまた、会釈をしながらオレに向かってにっこりと微笑む。


 ……か、カワイイ。


 顔も悪くないし、いまどきそこらにはいないような、清楚だがお茶目そうな女の子だ。プリーツのロングスカートで、シャツにカーディガンを羽織っている。真ん中で留めているが、姿勢もいいせいか、より胸が強調されている。……おお、と思わず軽く覗き込むように見つめてしまったあと、慌てて前を向いた。

 バスは停留所につき、リーマンとOLが降りて。もう乗ってくる客はいないようだ。バスの中はオレと女の子と中年のオッサンだけになった。またイビキが聞こえる。どうやらまた寝かけているようだ。ゲームのイベントはまだ始まっていなかった。予告の日程を確認すると、明日からのようだ。電池も減ってきたし、そろそろスマホに変えたい。スマホはスマホで電池の減りが早いみたいだが……。オレは溜息をついてケータイをしまうと、鞄を抱えたまま窓に目をやった。暫くは黙っていたが、やる事もないとそれはそれでヒマだ。

 目的の停留所まではまだ先だし、オレはなんとなく女の子の方を向いて言った。


「あのー…お仕事ですか?」


 下心が無かったとは言えない。というより、下心が四割…いや、五割、六割……、とにかくこんな子と隣り合わせになったのだから、せっかくだし声をかけてみたくなったのだ。

 女の子はオレを見て、少しびっくりしたような顔をした。


「あ、いや、こんな時間まで大変だなぁって。女性の一人歩きとか、気を付けてくださいよ」


 オレは取り繕いながら言い換えた。

 ファ~ア、と間抜けな声がした。中年のオッサンがまた起きたらしい。まったく、まだ他に客はいるっていうのに、品がないんだよ、品が。


「ありがとうございます」

「ああ、いや…」


 声もカワイイ。顔に似合ってというのか、


「あ、えっと……どこで降りるんですか?」

「この先の茶屋ってトコです。貴方は?」


 運転席側の電光表示で確認すると、オレの降りる茶屋ノ下の次が茶屋だ。ここはゆるやかな坂の上と下のようなもので、それほど大きく離れてはいない。


「偶然ですね。実は同じなんですよ」


 オレは思わずそう言った。女の子はちょっと嬉しそうだ。これはひょっとして脈アリなんじゃなかろうか。いやいや、焦るな焦るな。

 グゴォ、と大きな声がした。ああもう、うるさいな、あのオッサンは。少しだけ気分を害したが、大したことじゃあない。


「あのう、それじゃもしよろしければ……」


 オレが言いかけると、今度は車内放送が入った音がした。ノイズのような音がする。


『後ろのお客さん、どこまでですかね?』

「えっと、茶屋です」

『わかりました、茶屋ですね』


 運転手はそういうと、ブツンと放送を切った。声を張り上げたオレと対照的に、女の子はキョトンとした顔で見ている。オッサンのイビキ声も聞こえているはずだが、どうやら運転手側からはオレ一人しか見えないらしい。

 それとも、オッサンと女の子はこのバスの常連客か何かなのだろうか。


「同じ停留所みたいだし、よろしければ途中まで送りますよ。一緒にいきません?」

「一緒にいっていただけるんですか?」

「ええ、女性の一人歩きって、やっぱり危ないし」


 茶屋の表示が出た辺りで、オレは停止ボタンを押す。ビー、と独特の音がする。昔はとにかくこれを鳴らしたくて仕方なかったなぁ、とどうでもいいことを思い出した。女の子のルートによっては遠回りになるかもしれないが、それでもかまわなかった。

 やがて停留所につくと、シュウウと音がしてバスが停車した。ガタンと音がして、バスの運転手側の入口が開く。

 オレは、他に客がいたんだぞ、と印象付けるために、女の子を先に降ろす事にした。レディーファーストにもなるしな。だが、運転手は胡乱な目でこちらを見ただけだった。オレが憤慨する間もなく、運転手は車内放送のスイッチを再び入れた。


『お客さん、次、茶屋ノ下ですよ。起きてください』


 ステップを降りる後ろで、運転手の声が聞こえた。やっぱりあのオッサンは常連客だったらしい。どうも運転手は降りる停留所を熟知していたようだ。しかしオレだって、あんなオッサンと一緒に降りるくらいなら女の子と降りたい。

 バスは行ってしまった。


「それじゃあ、どっち方面ですか?」


 女の子に尋ねると、おもむろに片手に触れてきた。

 下心よりも、ぎょっとするほど冷たかった。顔が、見えない。バスの中ではあんなに良く見えていたのに。


「……ありがとう、うれしい……」


 冷たい手を見下ろすと、血まみれで真っ赤だった。

 オレは茫然として女の子を見た。


「ずっと、待ってたの……一緒に、逝ってくれる人」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ