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あと六十二本... 「フジツボ」

 怖い話と言っていいのかわからないが、爺さんから聞いた不思議な話なら一つ知ってる。


 俺の体験談?

 いやぁ……俺そういう、幽霊がらみの怖い体験ってした事ねぇんだよ。ちょっと怖めのオニーサンに絡まれかけたとかならあるんだけど、そういうのじゃないだろ?

 ほらな。やっぱり。


 爺さんってさ、今でこそ俺の地元に住んでるけど、昔は海の近くに住んでたらしい。戦争の前って言ってたから、よくわかんねーな。とにかく疎開とかする前の話らしい。古い漁師町だったらしいんだけど、そうはいっても整備とかは進んでなくて、渡し船とか観光でしか使ってないようなアレ、ああいう小せぇ船に乗って地引網するみたいな。

 だから、海っつっても海岸があって、岩場があって、みたいな所だった。それで、子供の時は海岸が遊び場みたいな感じだったんだとさ。


 岩場の方には小さなカニやらが生息してて、たまに貝を採ってきて夕飯に使ってたりもしたらしい。でも、さすがに海岸の全部を知ってるわけじゃなかった。爺さんも年上の兄弟やら仲間やらと遊ぶ時に色々聞いていて、いつか自分だけが知ってる場所を見つけたかった。


 その頃、海岸に出かける子供の中には戻ってこない者がいた。

 噂は色々とあったが、沖に流されたのだろうという事で大概の意見は一致していた。当時は子供もたくさんいたが、働き手が減る事と、食いぶちが減る事を天秤にかけていた。もちろん悲しくはあったろうけどね。

 だが、不思議な事に死体がは一つとしてあがらなかった。

 遠くに流されたのだという話があがっていたが、捕まえて外国に連れて行かれたのだという噂もあったのは、当時の世情から考えても当然だった。死体があがらないという事を考えても、捕まえられたと考える方が自然だった。どこかにスパイがいるんじゃないかと、思い込みの激しい者が犯人捜しまで始める始末だった。


 海岸でも、人のこないような奥に行ってはいけないと言われていた。何が起きているにせよ、あまり喜ばしいことではない。

 ただ、当の子供――爺さんを含む子供たちは――魅力には勝てなかった。

 子供たちは、スパイがいるなら自分達が捕まえてやるという気概もあった。半冒険みたいにして海岸を毎日探検していた。そもそも、日々違うものが見つかる海はずいぶんと魅力的だったらしい。


 爺さんはその日も岩場の間を器用に乗り越えていき、初めて見るものは無いかと目を凝らした。何度か行きつ戻りつしている間に、不意に洞穴があるのを見つけた。あんなところに洞穴なんてあったのか。

 爺さんはそこを自分の秘密基地のようにしようと思ったそうだ。戦争も激しくなってきたけれど、その頃の爺さんはそれほど深刻には考えてなかったようで、よくも悪くも子供だったと言ってたよ。

 …話を戻そう。

 洞穴は暗くてじめじめしていたが、その分想像力を掻き立てられた。普段砂浜で見つける物とはまた違った生物が生息していそうだった。奥の方は暗くて見えなかったが、壁際に手をついて少しずつ進んでいった。

 それほど奥行きはなさそうだが、海水が徐々に削ったような所だった。今は真ん中を裂くように浅く水が張って、満潮時には半分ほど海水に埋もれてしまうような場所。それでもまるで自分だけの場所を見つけたように嬉しかったらしい。

 爺さんはその時灯りを持ってなかったが、少しずつ奥へと進んだ。

 目が慣れていく。

 海に逃げ遅れた微かな魚の気配。

 あちらこちらに潜んでいる多足の虫。

 足元には見たこともない白い石がいくつも落ちていた。

 どこかから落ちてくる水滴。

 水滴が水面に落ちて波紋となって反響する。

 恐怖心と、それを上回る好奇心とで奥へ、奥へ。

 ひょっとしたら、子供を誘拐する外国のスパイは本当にここに紛れているのではないかと思った。

 ふっと、壁になった岩ではない奇妙な物に触れている事に気付いて、思わず手をひっこめた。

 ……そこには、小さなフジツボがびっしりと壁に貼りついていた。まだ小さなフジツボの群集は、少しだけ気味が悪く見えたものさ。不気味ではあるが、害はない。爺さんは再び壁に手をついて歩きはじめた。


 そうするうちに――しゅるしゅると、何事か音が聞こえた。


 蛇でもいるんじゃなかろうか。

 海にいるなら、ウミヘビだ。

 そんな事を思いながら、音の正体を確かめてやると思った。

 爺さんはとうとう一番奥へとたどり着いた。ごくりを生唾を飲む。奥にあったのは、灰色の岩だった。モンシロチョウの卵のような形をしていたが、色は似ても似つかない。上部には暗い闇があった。穴が開いてたんだよ。大きさは爺さんがすっぽり入れてしまいそうで、その左右にも上に穴の開いた巨大な灰色の卵のようなものがあった。

 それ自体がごつごつとしていて、そこにもフジツボらしきものがびっしりとくっついていた。

 いったいこれはなんだと考えてから、爺さんは意を決してその大きな岩に近づいた。そうして手をかけて、裸足のまま岩を登ろうとした。足の下のフジツボの感触も忘れて、ようやく中へと入ろうとしたその時だ。

 岩に開いた穴から奇妙なものが飛び出した。巨大な嘴か爪のようで、爺さんが来るのをわかっていたようだ。穴にぴったりとはまるサイズの大きさで、驚いて岩から落ち、尻餅をつく。

 地面で触れた白い石を闇雲に掴み、目の前で起こった信じられない出来事に目を見張った。長い石を武器代わりに迎え撃とうとしたとき、それが何かの骨だと気付いた。思わず体が震える。どうしてこんな所に、骨がたくさん落ちているんだ、それも――海水の中に目を凝らせば、割れた頭蓋骨のようなものまであるじゃないか!

 こいつが子供を喰っていたんだと、爺さんは確信した。

 何故そう思ったのかはわからないけど、とにかくこの巨大なフジツボ紛いの化け物しか考えられなかった。

 爺さんは持っていた骨を投げつけ、岩場で滑りながら、膝から、額から、傷だらけになって血まみれになっても元来た道を走った。


 爺さんは命からがら洞穴から逃げかえった。どうやって家にまで辿り着いたのか、記憶からすっぽり抜け落ちてしまっているようだ。家に迎えられた時に、いったい何があったのかと騒ぎになったのは覚えているらしい。それから、大人たちが松明を持ってどこかへ出かけて行った事も。

 後からお前の見たのは夢だったのだときつく言われた。他の子供たちには言うな、お前は夢を見たんだとな。爺さんは反論しようとしたが、その時の大人たちの蒼褪めた顔を見て、何かを悟った。


 これで俺の話は終わり。


 嘘みたいな話だって?

 俺もそう思ってるし、そう思いたいよ。

 でも腑に落ちないのは、どうして大人たちは子供の言う事を信じて、どこかへ――多分、その洞穴へ――出かけて行ったんだろう? ひょっとしたら、爺さんには内緒にされた何かがあるのかもしれない。

 暗闇の向こうには人間の想像を超えたものが育ち、潜んでいると――よく言っていたんだ。

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