あと六十七本... 「おしいれ」
祖母が死んだという一報が入り、私は祖父母の家に数年ぶりに訪れる事になった。
祖母は祖父が死んで以来、誰かが引き取るかどうかという話も持ち上がっていたが、結局田舎の家に一人で住み続けていた。
最近は葬儀場を借りるのが普通だが、呼ぶ人数も少ないし、土地の人間だからと、祖母の家で葬儀をする事になった。
そんな祖母の家を、私はどうしても受け入れられなかった。
それは子供の頃からそうだったし、今もそうだ。ただ、それがどうしてなのかはわからない。別に二人が嫌いなわけではなく、親との関係も良好で、帰り際にお小遣いをくれるのも嬉しかった。
けれど、どういうわけか家の中だけは嫌だった。中でも、押し入れは苦手だった。
大人になった今考えると、多分、夜中になると真暗で怖いとか、なまじ大き目の和風の家だったから、一人でトイレに行くのが怖かったとか、そういう事だと思っている。特に押し入れは真っ暗だったから、その向こうに得体のしれない何かを想像していたのかもしれない。だから祖父母は好きだが家には行きたくない、という妙な印象を持っていた。
ひょっとしたら自分自身でさえ覚えていない頃に何か悪戯でもやらかして、閉じ込められたんだろうか。でも、そんな事があれば後々までからかわれそうだったから、やっぱり真暗なものが怖かったのかもしれない。
どうしても仕事が抜けられず、家に着いたのは通夜が終わった後だった。久々に逢う両親と会話を交わし、大きなったねぇ、と声をかけてくれた親戚の何人かに挨拶をした。今日は家に泊まる手はずになっていたので、部屋の手配をしてもらっている間に、祖母に挨拶する事にした。棺の窓を開け、飾られた写真よりもほんの少し老いた祖母に手をあわせると、私は広い和室に通された。
「部屋、用意しといたでね」
母にありがとう、と礼を言って荷物を下ろすと、そういえば以前も此処で良く寝ていたのだった、と思い出した。何か感慨深いものがあるし、何もかもが違って見えた。
電気をつけて明るくはなっていたが、どことなく不安がぬぐえない。
一体何がそんなに不安なのか、考えてみてもわからない。
祖母が死んだ事で多少動揺しているのだろうと、私は風呂に入って早々に寝ころんだ。久し振りの和室。
真暗な部屋に目が慣れてくると、段々近くの物が見えるようになってきた。疲れもあるはずなのに、なかなか寝付けない。遠くで聞こえていた話し声も今は聞こえなくなっていた。
日に焼けたタンスの上の、色あせた赤い着物の和人形。硝子戸の中の木彫りの熊の置物。古い書体でタイトルの書かれた数冊の古い本。古い鳩時計。何年も張り替えていない、下に花柄のある色あせた障子。その上に掛かっている、七福神の額縁。ヒモの伸びた円形の照明。赤茶けた色の天井。傾きかけた家の、少しだけ開いた押し入れ。
私はじっと開いたままの押し入れを見つめた。まるでその向こうに何かがいる気がして……。もう寝てしまおうとしたとき、暗闇に慣れた目がそれを捉えた。
押し入れの闇の向こうから、見開いた目がじ…っと私を見ていた。
私は祖父母の家が嫌いだった理由をようやく思い出し、やがて小さな悲鳴をあげた。




