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あと七十八本... 「はなして!」(漢字変換可)

「あそこの空き地って、ちょっと前に火事があったところだよね」

「え? ……うん、確かそうだったね」


 チエが指さしたところを見ると、空き地の入口に黄色いテープが張られていて、人が入れないようにされていた。

 あそこは以前ホテルがあったのだけれど、火事で焼失して全部取り壊してしまったのだ。繁華街に程近い、ホテルや五階建てのビルばかりの一角にぽっかりと穴が開いたようで、どことなく違和感がある。


「あそこだけ何もないってのもなんかおかしいよね。また何か建てるのかな」

 あたしが言い終わる前に、チエはシィッと口の前に指を立ててこう言った。

「あんまり見ちゃ駄目だよ」

「……え?」

「あそこ、前も幽霊が出るホテルだって噂あったでしょ。あそこにさ、まだ突っ立ってるんだよね。今はあっちの方向いてるけど……」 


 チエは声を潜めて続けた。あたしは、ふぅん、とだけ答えておいた。

 ……自分から言い出したのにすぐこれだ。この癖にもいい加減うんざりしていた。

 チエは中学に入ってから知り合ったメンバーの一人だった。入学式の時、私が一人でぼーっとしているときに声をかけてきたのだ。でも付き合いはじめて数か月も経つと、チエは少しばかり見栄っ張りなところがあるのを感じてきた。どういうわけか私にべったりなのも。極め付けがこれだ。いわゆる不思議ちゃんというか、霊感があると言いふらしてある事ない事言ってくるのだ。おまけにあたしたちの通う学校には幽霊の噂があって、その女の子が見えるとか立ってるとか言って、よくあたしたちを怖がらせた。怖がるのも余計につけあがらせるだけだ、と気付いたのは、あたしが最後だった。


 それもあったせいか、最近じゃ私もチエと同類に見られてしまったらしい。事情を知らないクラスメイトたちの何人かは既に遠巻きにあたしたちを見ていた。ただ、サヤだけはそれがわかりきってるみたいで、事ある毎ににやにやしながら、「チエとうまくいってるんでしょ」とか「レズ」とかすれ違いざまに言ってくる。それも教室じゃなくて、廊下とか人通りのないところでわざわざ言ってくるのだ。あたしだって意味くらいわかる。これ以上最悪にならないうちになんとかしないと。


 ある日、チエは学校でいつものように話し出した。あたしはその時友達と、朝テレビで見た占いの話をしていた。七時五十分くらいになると、色々なニュース番組でいっせいに朝の占いをやり始めるのだ。番組によって星座だったり血液型だったり色々だったけど、みんなそれぞれお気に入りのニュース番組の占いを見ていた。チエはやってくるなり、そんな占いは嘘っぱちで、自分が買った本に出てくる占いの方がずっと当たってるとか、そんな話をした。チエの占いはタロットカードで、確かにちょっと惹かれるところはあったけど、別に何を信じようと勝手だと思った。あたしはチエにもわかるように溜息をついたけど、チエは気が付かなかった。

「そういうの、やめた方がいいよ」

 あたしはチエに言った。

「なんで?」

「なんでって、楽しくないでしょ」

 そう言ったけど、チエは相変わらずきょとんとした顔で、わかってないみたいだった。

 そのうちにベルが鳴って、友達は自分の席に戻ってしまった。チエのせいで朝から気分が悪い。二時間目の理科室移動の時も、あたしはチエが来る前にすぐさま用意をして理科室に向かった。サヤが意味ありげにこっちを見ていたのを無視して、一日中チエを避け続けて家に帰った。ケータイを見るとチエからのメールが入っていた。

『今日のあたしの占いだと、マイちゃんすっごく良い事あったでしょ?』

 勘弁してほしかった。少なくともチエの占いとやらは間違ってると言ってやりたかった。メールはまだ続いていたけど、あたしは読まずに電源を切った。

 次の日、あたしはすぐにチエを人の少ない階段の踊り場まで連れていった。サヤもいないし、ちょうど良かった。


「ねぇ、チエさぁ、なんでいつも嘘ついたりするの」

 あたしはできるだけ、イライラしているのがわかるように言った。

「え? 何ソレ。嘘とかついてないし」

 チエは理解してないみたいで、笑っていた。

「すぐ幽霊がいるとか嘘つくでしょ」

「嘘じゃないよ。だっているんだもん」

「だからそういうところがさぁ……、ねぇ、そういう事言うのやめた方がいいよほんとに。ほんとにいるんだとしてもあれこれ言うのってまずいんじゃないの。そういうのほんと嫌だし、聞きたくないから。それに占いがどうとかっていうのも、あたしが何見てようと別にいいでしょ。前から思ってたけど、そういうのもういいから。現実見なよ。直さないなら、あたし友達やめる」

 自分から友達をやめるなんて言った事はなかった。少しだけ自分の発現に胸が痛んだけれど、チエはきょとんとしたままだった。

「マイちゃん何言ってるの? あっ、わかった。私に嫉妬してるんでしょ。私が幽霊見えるから」

 頭の中が真っ白になって、絶句した。

 まさかチエがここまで自分に浸りきってるなんて。

「……もういいよ、あたしにこれ以上つきまとわないで」

 あたしはぽかんとするチエを置き去りにして、そのまま教室に戻った。サヤがにやにやしながら、チエと喧嘩したの、と言ってきたのを無視した。見られていたんだと思うと、頭が痛かった。


 バカみたい。幽霊がいるとか言い出すチエもそうだけど、サヤもそうだ。サヤの方は明確な悪意があるから始末に負えない。大体、あたしにばっかり構ってないで本人に聞けばいいのに。

 その日もチエを無視し続けて帰ろうと思ったのに、わざわざ部活の部長会議に出席して遅くなったあたしを、チエは階段のところで話しかけてきた。しかもあたしは部長じゃなく、たまたま家の用事があった部長の代わりに出ただけだ。それだけなのに、チエは待っていたらしい。この執着心を別の事に使ったらいいのに。


「あ、いたいた。ねー、昼間の話なんだけどさ」

「……もう話す事、無いんだけど」

「そんな事言わずにさ、話してよ! なんか言いたい事あるんでしょ、友達じゃん」

「もうどいてよ」

 あたしはチエを無視して行こうとしたときにぎょっとした。チエの向こう側にサヤがいたからだ。こんな時まで邪魔してくるの、サヤ。あたしが立ち止まった理由をチエは勘違いしたらしい。話したいんでしょう、という顔で笑っていた。


「ほら、ここで話せないならどっか行く?」

「だから、あたしはもう話す事ないんだって!」


 あたしは意を決して、チエの横を通り抜けて階段を駆け下りた。サヤの隣を通り過ぎる時、その手があたしの肩にかかった。

 まぁ待ってよ。

 サヤはやっぱりにやにや笑いながらこっちを見ていた。


「サヤ、あんたもいい加減にしてっ」


 あたしがサヤの手を振りほどくと、チエが目を丸くした。何かわぁわぁ言ってるみたいだったけど、あたしはもう知らない。あたしは気付かないふりをして、階段を駆け下りた。

 けれど、なんだかひどくとんでもない事をしでかしたような気がしてならなかった。

 下駄箱に辿りついて素早く靴を変えようとしたところで、不意に視線を感じて振り向くと、すぐそばにサヤがいた。


「やめてよ、あんたもなんでいつもついてくるの」


 あたしも帰るから、とサヤはにやにやしながら言った。クラスメイトなんだから、それは当然の事だ。でも、別にサヤはあたしが退かないと取れないはずはないからだ。あたしは何も言わずに、出入り口に向かう。すごい力で肩をぐいっと掴まれて、バランスを崩しそうになった。


「やめてよ。離して!」


 振り払ったサヤの手は、ぎょっとするほど冷たかった。あたしは逃げるように玄関に向かって走った。あそこを出てしまえばサヤから逃げられると、何故か思った。

 後ろから突き刺さるようなサヤの悪意の意味を、あたしは知ってる。サヤはあたしが明日も学校に来る事を知っているんだ。

 またあしたね。

 サヤが後ろで手を振っている。もう嫌だ。にらみつけてやろうと後ろを振り向いたとき、あたしは嫌な予感の正体に気が付いた。チエがきょろきょろと下駄箱まで降りてきていた。サヤが退きもせずに突っ立っているところに突進して、すぅっとその体をすり抜けた。サヤがあたしを見て笑っている。どうして気付かなかったの、という顔で嘲笑っていた。そうだ。どうしてサヤはいつも、見てないところであたしの事情を知っていたんだろう。


 本当に幽霊が視えていたのは。

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