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あと八十八本... 「寒い…」

 あの病院の事? よく覚えてますよ。


 当時は大きい病院っていうとあそこぐらいでね、結構な数の看護婦がいたの。あ、今は看護士というのだったのよね。まぁいいわ、看護婦の方が慣れているから。

 それで、あたしもその一人。通うのにちょっと不便だったから、泊まり込みで患者さんの面倒を見たりねぇ。

 今から考えると、よくあんな事できてたって思うわよ。ほらあそこ、周りになんにもないから夜も余計暗くてね。見回りに行くのも怖かったわ。


 消灯しちゃうと、ナースセンターぐらいしか電気がついていなかったからね。非常口はいつでもわかるようになっていたけれど…。それでもほら、夜に患者さんの具合が急変することもあるし、絶対に看護婦は欠かせない存在だったのよ。

 あたしはあの病院は結構長い事いたけれど、ちょっと変わった事は多かったわね。


 え? …そうねぇ…、いいわよ、教えてあげる。

 …って言っても…それほど怖いかどうかはわからないけどね。


 私の看護婦時代のお友達なんだけれど、この子がどうにも「わかる」人だったみたいでね。

 別に幽霊を見たとか突然言い出すような子じゃあなかったわ。むしろそういうのとは縁が無かったようなの。むしろ、もっと…現実的というべきかしらね。仕事も一生懸命にやっていたし、けっしておかしなことを言い出す子じゃなかった。


 だけどどういうわけなのか…、病院内でだけ、もうすぐ死ぬ人がわかったみたいなのよ。

 なんだかそういう人の近くにいるととても寒くなるんですって。


 最初のうちは何なのかよくわからなかったらしいけど。

 その病院にね、ええと…名前は忘れちゃったけど、入院中のおばあちゃんがいて。その子いわく、まだまだ元気そうだったんですって。お互いに知った仲ってわけじゃないけど、自分のところの患者さんだから、それなりに話す事はあった。

 けれど、その日に限って、お話している最中になんだかひどく寒気を感じたらしいの。いったいなんなのかわからなくて、何か上に羽織るものを持ってこようかと、おばあちゃんと別れた。だけど、いざ何か着ようとナースステーションに入った途端、さっきまでの寒さはどこかにいってしまった。

 結局気のせいかと思って、また仕事に戻ったんですって。

 そうしたら、その日の内にそのおばあちゃんの容体が急変して、日付が変わる前に亡くなってしまったらしいの。


 もちろん、それだけならただの偶然って事もあるわよね。もちろん彼女も気付いていなかった。

 でも別の日に、今度は違う科の患者さんとすれ違った時、また寒気を感じた。寒気といっても、どこかから風が吹き込んだような寒さじゃなくて…、なんて言ってたかな。頭から冷や水を浴びせられた後の、全身が震える時のような寒さ。それが何度も続けば、寒気を感じた人が死んでしまうって事にようやく気付いたみたいよ。

 でも、本人にはどうしてそうなるのかまったくわからなかったみたい。


 それでもなんとかしてあげたかったんでしょうね。

 ある時から、寒気を感じた人に対して、積極的に話しかけたり、なにか異変は無いか聞きに行ってあげたりって事をしてたみたい。私たちから見れば熱心だなぁとしか思わなかった。でも彼女は必死だったのね。なんとかしてあげたいって。

 それでも、駄目だったけどね。


 寒さは感じるし、彼女は「死ぬこと」がわかるのに、救えないのをすごく悔しがっていたみたい。その時には私たちはこの話を聞いてなかったから、単純に彼女がそういう性格なのだと思っていた。

 彼女にとってはかなりの苦痛だったでしょうね。


 …彼女はね、答えを出す事ができなかった。

 どうしても死んでしまう事が回避できないのなら、どうしようもないってね。その頃に私は彼女のこの話を聞いたけれど…、私も、どうすればいいのかわからなかった。

 今なら、もしかしたら…とも思うけれど、もう遅いわね。


 結局、彼女は結婚して病院を辞めてしまったけれど、どこか清々しい顔をしていたようには思うわ。


 …ねぇ、覚えておいて。

 どんなに怖い話が溢れていたとしても、この世で人の死んでいない土地なんてものは無いんじゃないかしら。病院というのはね、人の生と死に密接にかかわっている場所なの。人が死ぬ場所でもあるけれど、人が生まれる場所でもあるのよ。不思議よね。その中で、彼らの生きざまを見なさい。それだけでもとても勉強になるから。

 もし看護婦…看護士さんになるつもりなら、それだけは覚えておいて。


 あたしからは、それだけ。

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