うさぎさんのなみだ
うさぎさんのなみだ
タナカアリサ
『う〜さぎさぁんのな〜み〜だ〜が、こ〜ぼ〜れお〜ちてゆ〜く〜』
一夜明けた寝床のアコの頭の中をある歌のフレーズがぐるぐる回っていた。
べったん! べったん! べったん!
昨夜から今朝にかけて、育児放棄ならぬ飼育放棄したアコのペット,ネズミのチャビットがゲージの中で跳ね回り苦しみ逝った。 アコは夜が明けて床から、その事実を確認するのが恐ろしかった。ただでさえ、ひきこもりのアコが布団から出るのは億劫なことだったのだが。
やっとの思いで、疲れきったチャビットのある意味安心しきった目の閉じている遺体に手をふれたのは、午後を過ぎてからだった。
信じられないくらい、アコの手の中でチャビットは軽かった。何もかも彼から奪ってしまったということなのだ。例え、ペットとはいえ、彼なりの生きる道を奪ってしまったんやとアコは激しく自身を責めた。
「チャビットの分もがんばって生きるんやで。」
アコの母が、チャビットの死にただ呆然とするアコにそう言った。
「一緒に埋めに行こうか。」
母の誘いにも応じられないアコだった。
お風呂に入る前、洗濯機に顔をうずめて泣き崩れたこともあった。
アコは、それから、チャビットの命を奪った自責の念から死にたくなった。ひきこもりで、生きる気力を失っていた彼女の背中をより強くその思いは押した。
『う〜さぎさぁんのな〜み〜だ〜が、こ〜ぼ〜れお〜ちてゆ〜く〜』
『な〜み〜だぁが、と〜まぁらな〜いの〜』
このまま窓の外のお空に溶け込んでしまいたい……。
やがて、ジメジメとした梅雨時の彼の死から、蒸し暑い夏が過ぎ秋がやってきた。
「誕生日、何がいいかわからんかってんけど、パズルやったらできる言うてたから。」
ある時、彼女の母がひきこもりのアコに 「なにやったらしたい?」 とたずねたことがあった。
アコは、 「パズル。」と答えたなとそういえば思った。
アコは、さっそくモクモクとパズルを始めた。夜型の彼女だったので深夜にその作業が行われたが、それでもある意味、彼女の心のリハビリといえるようなものになっていた。 できあがった。 愛らしい猫の姿のパズルだった。
夜が明けていた。 牛乳屋さんの自転車のベルがアコの住む団地の階下で鳴った。 死にたいという彼女の思いはどこかに消えていた。 何だか信じられないくらい彼女は清々しかった。
あのジメジメした夏の日、四畳半の部屋の寝床でふくらはぎから伝う汗が気持ち悪かったことや、上の階の若者がやたらとかけるパフィーの曲を聴いていた日々がウソみたいだった。 思いきって窓を開け放ってみた。 青空がどこまでも続いている。アコは清々しい気持ちだった。
「チャビットはお空になったんやね。」
見上げた大空は彼女にうなずいてくれた。