プロローグ2 スペンサー兄弟編
2023年1月3日にリライトしました。リライト前より読みやすくなったはず!
クリストール歴2023年2月13日<トライデン騎士領 首都グレース>
カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!
東の空が白み始めたころ、まだ薄暗い屋内訓練場で二人の若者が木剣で打ち合いをしている。
金髪の若者が相手の木剣を弾いて、弾いた勢いを利用して腹に蹴りを入れる。そして、蹴り飛ばされて尻もちをつく相手の喉元に木剣を突き付けた。
「兄さん、もう終わりかい?」
「うるさい!お前が無駄に強過ぎるんだ!今日の訓練はもう終わりだ!」
「はいはい。そういえば今朝は父上が一緒に朝食を食べるから、7時に食堂に集まるように言っていたね。」
「あぁ、父上と食事をするのは3カ月振りだな。きっと来週おまえの高等騎士学校の卒業式があるから、進路のことで話があるんだろう。」
「どうせ僕も兄さんと同じ、騎士団に入ることになるんだし、わざわざ進路の話なんてしなくてもいいのにね」
「まぁ、一応節目だからな。俺も姉上も騎士団に入る前には、父上からお話があったから同じだろ。」
二人は木剣を片づけ、汗で汚れた服を着替えてから食堂へ向かう。
弟のラルフ・スペンサーは17歳とまだ若年でありながら、トライデン騎士団領の中でもトップクラスの実力を持っている。剣術、馬術、槍術、格闘術では大人達でも彼に勝てる騎士は片手で数える程しかいない。
しかし、生まれ持ってドエスのラルフは木剣の練習試合でも相手の腕を骨折させるなど、必ず相手を負傷させるので、兄であるギルフォード以外では誰も彼との試合を避けるようになった。身長は165㎝、髪の色は金髪で栗色の瞳の白人美少年だが、性格に大きな問題があり、騎士学校にも友達が一人もいない。最近では兄以外と会話することも稀である。しかし、一部のマダム達からは密かに「ドエス王子」と呼ばれ、絶大な人気がある。
一方、兄のギルフォード・スペンサーは剣術等においては同じ19歳の騎士団員の平均より少し上くらいの実力しかない。そのため、弟には訓練でも一度も勝ったことがなかった。しかし、弟想いの良い兄でありラルフがボッチにならないように、騎士団の任務以外の時間はほとんど弟と一緒にいる。
身長は168㎝、髪の色は栗毛で栗色の瞳の白人、弟ほどではないが彼もぎりぎりイケメンのカテゴリには入り、穏やかな性格もあって、女子からの人気もそこそこある。ただ、ラルフといつも一緒にいるので必然的に周囲からは距離を置かれ、同年代の友達は少ない。
スペンサー兄弟の住むトライデン騎士領は、騎士団が統治する国家であり、3人のグランドナイトらによる合議制で国家を運営している。
グランドナイトの任期は5年で、現職の13騎士団の13名の騎士団長の中から、18歳以上の国民による投票によってグランドナイトが選任される。
トライデン騎士領は、約200年前にトライデン王国の国王と王位継承権者が突如全員失踪し、国が混乱している最中に、唯一組織的に行動できた国王直属の13名の騎士団長が率いる騎士団が中心となって混乱を収束させ、王家が戻るまで騎士団による暫定統治を行っている。
とはいえ、200年経った現在でもトライデン王家は戻っておらず、その間に旧王国時代の貴族制度は撤廃し、騎士団が統治する軍事国家となっているのが現状である。
また、グランドナイトは国王による任命によってのみ選ばれていた旧王国時代からの制度を撤廃し、王家失踪後は国民投票によってのみ選任されるようになった。現在この世界で唯一直接選挙制度を導入している国でもある。
軍事国家であるトライデン騎士領は、常に戦争に備えて優秀な騎士を確保しなければいけないことから、騎士の子供以外の商人や農民の子供でも8歳~12歳の間に3年間は騎士団立初等学校に通うことが義務付けられており、全国民に教育を受ける機会を設けている。
才能がある子供は初等騎士学校を卒業後に中等騎士学校に進むことができ、卒業見込みの学生は騎士団への入団試験を受けることができる。また、中等騎士団の中でも特に優秀な成績を収めたもののみが卒業後に高等騎士学校に進むことが可能である。そこで3年間幹部騎士になることに特化した訓練を受け、高等騎士学校を卒業したものは、幹部候補として騎士団に入団することが可能になる。また、騎士団に入れなかったものにも救済措置として、中等騎士学校を卒業していれば国境警備隊への入隊は可能となっている。
農家では初等騎士学校に通う年齢の子供でも、貴重な働き手であるのであるので、学校に通わせるのは相当に厳しいことではある。しかし、子供が騎士学校に通っている間は税金が1割減額になり、才能があって騎士団に入団すると、騎士団からの親権者に助成金が出るので、ほとんど不満は上がらない。
現在、ギルフォードは騎士団員として働いている。ラルフは高等学校の3年生で、1週間後には高等学校を卒業し幹部候補として騎士団に入団する予定となっている。
閑話休題
食堂の広さは20畳ほどで、食堂の中心に12人掛けのテーブルが一つ置かれている。それ以外の家具やシャンデリア等の装飾のないシンプルな内装となっている。しかし、シンプルなデザインのテーブルと椅子ではあるが、材料の木材はウォールナットを使用しており、かなり高価なものである。
ギルフォードとラルフが食堂へ入ると、テーブルの一番奥に二人の父であるローワン・スペンサーが、その一つ手前の右側の席には母のサラ・スペンサーが既にテーブルに付いて待っていた。ローワンの斜め後ろには執事のオズワルドが立っている。食堂には他に給仕が一人待機し、二人が席に付くのを待っている。
ギルフォードとラルフは一番入口から手前の席に二人並んで座る。給仕が食事を並べるのを待って、ギルフォードが話し始める。
「父上、母上おはようございます。お待たせしたようで、大変申し訳ございません。」
「うむ、気にするな。今朝も朝稽古御苦労。お前たちと朝食を食べるのも久しぶりだな。今日はソフィーも呼んだのだが、騎士団の仕事でどうしても来られなくてな。」
「姉上とは半年近くまともにお会いしていなかったので、とても残念です。そういえば姉上はまた武功を立てられたと伺っております。」
「うむ。2週間前のウェストハネス共和国との国境付近での衝突で、ソフィーは1個騎士中隊を率いて国境線を5㎞押し上げた。今は新しい国境線の防衛陣地構築で、こちらにはしばらく戻れないとのことだ。」
ローワンは、普段は騎士団で鬼のローワンとも呼ばれ、存在するだけで周囲に緊張感を与え続けるような男であった。しかし、本人は全く気付いていないのだが、娘のソフィーの話になると、顔の筋肉が弛み、嬉しさを隠しきれないどこにでもいる娘が可愛い父親の表情になる。ギルフォード達もそれを理解しているので、なるべくローワンと話すときは姉上の会話以外はしないようにしている。
「さすがは姉上、もう10年以上膠着状態だったウェストハネスとの国境を、たった1個中隊で5㎞も押し上げたのですね。」
「このニュースも時期にグレース中に広まるであろう、そうすればまた国民にソフィーの人気が上がり、ソフィーの代でスペンサー家悲願のグランドナイトになることも夢ではない。」
「はい。姉上は騎士団でも断トツの武功を持っておりますし、弟である私から見ても容姿端麗、頭脳明晰ですので、間違いなく国民からの支持も得られるでしょう。既に非公式ではありますが、若手の武官を中心に姉上の派閥も結成されていると伺っております。」
ギルフォードの話をローワンは相変わらず弛んだ表情で頷きながら聞いていた。
スペンサー家は騎士団長を排出している家柄であったが、目立った功績を上げるものもおらず、国民からの人気も薄く200年間一度もグランドナイトを輩出したことがない。
しかし、それはスペンサー家に限ったことではなく、歴代のグランドナイトは、旧王国時代の近衛騎士団長の家系であるヘレン・テイラーのテイラー家と、旧王国時代から代々第一師団長を務めるラッセル家の2家が3席の内2席を独占し、残り1席を11人で争うという体制が続いている。ただし、その1席もテイラー家とラッセル家の娘の嫁ぎ先などが選ばれることが多く、この2家と縁戚関係がない騎士団長からは、過去に数例した選ばれた実績がない。
例えば、2家以外の騎士団長が自ら戦争で武功を立てて、一時的に国民からの人気が上がりグランドナイトに選ばれたこともあるが、1代限りしか続かず、結局はテイラー家とラッセル家のどちらかがグランドナイトに選ばれる。
また、旧王国時代は男性しか騎士にはなれなかったが、軍事国家になったトライデン騎士領では幾多の戦争を繰り返し、失った兵力の補充が難しくなった為、女性にも騎士になることを認めて、安定した戦力を維持することに成功している。
女性が騎士になれるようになってからも、20年程は女性の騎士団長が誕生することはなかった。しかし、テイラー家で男の子が生まれないまま当主が死亡し、止むを得ず女性が当主になり、騎士団長に就任したところ、主に女性の国民からの支持を得て、すぐにグランドナイトに選ばれることとなった。
それからは他の騎士家でも女性も当主にすることが増え、現在は13家ある騎士団長の騎士家のうち3家は女性の当主である、ちなみに今のグランドナイトであるヘレン・テイラーも27歳の女性で、騎士としての実力には欠けるが内政重視の政策と、明るい性格と美しい容姿で国民から絶大な人気を得ている。
閑話休題
「そこで、ラルフのことなのだが・・・」
ラルフはギルフォードとローワンの会話には全く興味がなさそうに、朝食を食べ続けていたが、父の発言で一同はラルフに視線を送った。さすがにラルフも食事の手を休め、ローワンを見る。
「先日、ラルフのことで話があると、俺のところに高等騎士学校の校長が訪ねてきた。」
「僕のことですか。わざわざどんな御用だったんですか?」
「うむ、おまえは中等学校では、かなり優秀な成績だと聞いてはいたが、素行にかなりの問題があるようだな。おまえの担当についた教官が、3名も続けて学校を辞めて、2度と剣を握ることができなくなったらしいな。」
高等学校2年の頃、日頃から態度の悪かったラルフを、騎士団長の子息ということで大っぴらに叱りつけるわけにもいかない担当教官が、考えたあげく模擬戦闘訓練と称して授業中に他の生徒の前で懲らしめてやろうと思ったが、その模擬戦闘訓練の中でラルフはあっさりと教官を打ち負かし、生徒の見ている前で立ち上がれなくなった教官の顔面を靴で踏みつけた上に、全裸にして泣きながら土下座をさせた。16歳の学生にそこまでされて、プライドをずたずたに引き裂かれた教官は、翌日から学校に来ることはなかった。
その後も格闘術の教官や槍術の教官がラルフに挑んだが、結果は同じで汲み取り式便所の便槽に放り込まれたり、全裸で四つん這いにさせて首輪を付けて学校の廊下を歩かされたり等々の超ドエスっぷりを周囲に見せつけたおかげで、高等学校ではギルフォードが卒業してからは、ラルフに近づくものは一人もいなくなった。
「まぁ、心当たりはたくさんあります。」
「高等学校の校長から申し送り事項としてそれを聞いた、騎士団の事務局長が真っ青な顔で私のところにお願いに来た。騎士団長の子息である上に、成績優秀者のおまえを入団させない訳にはいかないということで、入団と同時に自由都市同盟アルゴの自治都市の1つ、クラテスにある大使館に武官としてに赴任させたいと言ってきた。今回は入団直後の国外任務ということもあって、通常の給金の他に毎月15万カロスの特別手当と、支度金として300万カロスも出す。」
※1
トライデン騎士領のあるカロス大陸の経済は金本位制の貨幣経済で、兌換可能な金貨の種類は4種類(純度99%以上)
1オンス金貨(約30g)、1/2オンス金貨(約15g)、
1/4オンス金貨(約7.5g)10/1オンス金貨(約3g)
金の価値が1g5,000カロスとして1/10オンス金貨で15,000カロス
1オンス金貨だと10倍の150,000カロスになる。
※2
貨幣の種類は10カロス銅貨・50カロス銅貨・100カロス銅貨・500カロス銅貨・1000カロス銅貨・5000カロス銅貨の6種類がある。
「僕にそんなに払うなんて、騎士団も気前が良いですね。」
「我がスペンサー家は金には困っていないうえに、騎士団長の子息を他国に出すのも危険があるので断るつもりではあったが、おまえの素行を聞く限り、このまま国内に残すと悪い噂がさららに広がり、スペンサー家の支持派閥も黙っていないだろう。そこで、事務局長に1つ条件を付けてこの提案を飲んだ」
「僕の大使館勤務はもう決定事項なんですね。まぁ、姉上の足を引っ張りたくないので、僕としては構いませんよ。ちなみに父上はどんな条件を出したんですか?」
「うむ。ラルフの保護者代わりにギルフォードも同じ条件で赴任させろと言ったら、事務局長はあっさり飲んだ。おまえ達には将来ソフィーを支えられるよう国外で色々と学んできてもらう。ギルフォード、よいな?」
ラルフが少し不安そうな顔でギルフォードを見ている。ラルフとしても唯一の自分の理解者である兄と離れるのは嫌だった。
「はい、父上。私もラルフのことが心配でしたので、むしろ私からもお願い致します。」
その場にいた一同が安堵の表情を見せる。
「そうであったか。さすがは我が息子、向こうでは兄弟助け合って生活するように。」
「「はい!」」
「知ってのとおり自由都市同盟アルゴは軍隊持たない。そこで、包括防衛条約によって、トライデン騎士団が駐屯しているのは知っているな?」
「はい。」
「今回おまえ達が行くクラテスには、我が第7騎士団所属第3歩兵中隊と第6歩兵中隊が駐屯している。クラテスでのことはクラテス駐屯隊隊長のバーナードに任せてあるから、向こうに到着次第まずは駐屯地を訪ねるといい。それと俺との連絡役にオズワルドも同行させるが、身の回りのことはなるべく自分達でするように。出発は1週間後だから、それまでに準備をしておけ。」
オズワルドが一歩前に出て笑顔で二人に話かける。
「若様達とご一緒できて私はうれしゅうございます。お二人が生まれたときからずっとお側におりましたので、私はお二人だけで外国に住むのは心配で、旦那様に無理を言って同行させてもらえることになりました。」
二人はオズワルドの元に近づき、それぞれオズワルドと握手をする。
「ありがとう、オズワルド。オズワルドが一緒なら僕達も助かるよ。ね、兄さん!」
「そうだな、これからも宜しく頼むよ、オズワルド」
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
設定部分が長くて申し訳ございません。次話からは少しテンポも上げて話が進みますので、次話以降も宜しくお願い致します。
明日は21時頃に投稿予定です。