第11話 最初の接触
クリストール歴2019年2月23日<トライデン騎士領 ギルデア>
翌朝
いつも通りの時間に目が覚めると、メアリーは俺の腕枕でまだ眠っていた。
昨夜、初めてなのに何度もしたから相当疲れたのだろう。ギリギリまで寝かせてあげよう。
それにしても、メアリーの寝顔はホントに可愛いな。最初に会った時は、衝撃的な場面だったから、容姿まであまり気にすることはなかったが、本当に美人だ。しばらく、このまま寝顔を眺めていよう。若干腕は痺れているけど、そこは我慢しよう。
ん?これなんだろ?腕枕をしていない方の手に何か黒い板が握られていた。光沢のあるツルツルした掌サイズの薄い板で、触った感じは木でもないし、金属でもなさそうだ。材質を確かめる為に光沢のある面を触っていると、突然板が輝き初めた。
「うわっ!」
咄嗟に手から板を放し、ベッドの上に板が落ちる。
なんだよこれ、なんで光ってんの!?魔法的なやつ!?
『もしもーし。誰かそこにいますかー?』
誰か、しゃべった。確実にこの部屋の中でしゃべった。この部屋には俺とメアリーしかいないし、誰かが隠れていることも考えられない。そして、明らからにこの板から声が聞こえた気がする。
『あのー、誰かいたら返事してくださーい。もしもーし。』
考えにくいことだが、やはりこの板から声が聞こえるような気がする。でも、そんなことあり得ないだろ!どうか考えてもそれはない!
『あれ、おかしいなー。人がいるところに送ったはずなんだけどな。もしもーし。』
いや、ない。ないだろ。ないないないないないない。それはない。
「ギル様、誰と話してるんですか?」
謎の声に反応してメアリーが起きた。メアリーにも確実に聞こえてるみたいだ。
『あっ、今だれかの声が聞こえましたね。誰かいるんですね?あの、すいません、返事してくださーい。』
「はい。なんですか?」
『あー、良かったー。これ1台しか送れないのに、人のいないとこだったらどうしよかと思いましたよ。あっ、すいません、私は菊池と言います。失礼ですがお名前を教えていただけませんか?』
「メアリー・オルセンです。もしかしてこの板が話してるの?」
『板?あっ。そうです。その板を通じて遠くからお話しています。』
「凄いですね。この板。私の事は見えてたりするんですか?」
『それは大丈夫です。こちらから勝手にそちらの様子を見ることはできません。』
「ちょっと安心しました。」
ちょっとォォォォォ!!この子この板と普通に会話しちゃってるよォォォ!!
「ちょっと待ってくれ、いや、板が話すって。え?どうなってんのこれ?」
『他の方もいらっしゃるんですね。私は菊池と言います。宜しくお願いします。』
「あぁ、ギルフォード・スペンサーです。宜しくお願いします。って違うだろ!ホントはどこに隠れてるんだ!?」
『そちらの世界にもノリツッコミってあるんですね。少し感動しました。あっ、話が逸れてすみません。それで、その板なのですが、こちらの世界の道具でして、遠くにいる人と話をしたり等色々できる便利なものなんですよ。だから、決して隠れているとかではありませんので心配しないでください。』
「えっ、もしかして違う世界の人なんですか?」
『はい。パラレルワールドって言うんですけど、そちらと同じように人が暮らしていますよ。』
「ギル様!凄いですねこれ!違う世界の人とお話ができちゃうんですね!」
「これ本当に違う世界の人と話せてるのか?」
『はい。もちろんです。私もそちらの世界の方と話すのは初めてで、かなり興奮してますよ。』
「一体、これはどうなってるんだ?」
『複雑な機械ですので、細かいことは実は私にもわかりません。けど、使い方はとてもシンプルなので、使う分には支障はありませんよ。』
「そこまではわかったけど、何でここにコレがあるんだ?」
『はい。コレはドリームフォン、略してドリホと言いまして、別の世界の方とお話ができる以外に、物を送ることができます。このドリホを使って私達は交易をしたいと考えておりますが、ドリホを送る相手を選べないもので、たまたまスペンサーさんと、オルセンさんがいる場所に届いたのです。』
「すっごい偶然ですね!」
「確かに凄い確率だな。」
『はい。そんな奇跡みたいなご縁なので、是非取引をさせてもらいたいんですが、少し話を聞いてもらえませんか?』
菊池はまず俺達にドリホの使い方を説明してから、菊池は2杯のコーヒーを送ってきた。恐る恐る飲んでみたが、今まで飲んだコーヒーより格段に美味しかった。そして、俺達にも何か送って欲しいと言うので、近くに置いてあったダガーナイフを送ってみた。
菊池はダガーナイフに興奮して、これを譲って欲しいというので、プレゼントすることを伝えると凄く喜んでいた。
信じがたいことではあるが、目の前にいきなりコーヒーが現れたり、こちらにあったダガーナイフが消えて、菊池の元に届いたことは確かな事実であった。
この大陸にも自称魔法使いを名乗る人達はいるが、詐欺師か頭が可哀想な人という印象しかない。だから、俺は魔法なんてものは信じていなかったが、今目の前で起きた出来事は、子供の頃に読んだ魔法使いの本を思い出させた。菊池にも魔法使いなのかと聞いたが、魔法ではなく“科学”だと言っていた。そして、かなり興奮気味に、こっちの世界には魔法があるのかと聞かれたので、俺は見たことが無いと伝えると、一気にテンションが下がっていた。
さらに驚いたことに、世界はここと、菊池のいる世界以外にも複数存在していることがわかった。そして、菊池の所属する組織の決まりで、ひとつの世界にひとつしかドリホを送ることができないのだそうだ。だから、今ここにあるドリホがこの世界で唯一のドリホということになるらしい。
菊池の世界はこちらよりも500年以上文明が進んでおり、こちらで買えないものや、こちらでも売ってはいるが高価なものを安く売ってくれるということだ。
金は菊池の世界でも価値があるらしく、こちらからの支払いは基本的に金で行わなければいけない。宝石や美術品等とも交換できるようになると言っていたが、菊池の組織で一度鑑定をしなければいけないので、当面は金のみでの取引にすることにした。
このドリホを操作するだけで商品の購入が可能で、ドリホに表示されている“Dream Shop”と書かれた絵を指で触ると、日用雑貨、薬、衣料品、食品、本、家電、武器、防具等のカテゴリ別の一覧が表示される。武器という文字を指で触ると、更に細かく分類され、ナイフ、ハンドガン、SMG、アサルトライフル、スナイパーライフル、ハンドボム、特殊武器等の文字が並んでいるが、ハンドガンの文字を触ってみると、“準備中”の文字が表示された。
ちなみに、ドリホの光沢のある面を“液晶”、最初に液晶に表示されている絵のことを“デスクトップ”、デスクトップの中に表示されている小さい絵のことは“アイコン”、アイコンに触ることを“タッチ”、アイコンにタッチすると切り替わる絵のことを“ページ”と呼ぶことを教わったので、次からはそう呼ぶことにする。武器の種類や使い方については、販売が開始したら教えてくれるそうだ。
次に本のアイコンをタッチすると、また細かくカテゴリ分けされていたので“軍事”をタッチした。すると、本の表紙の絵がずらっと並び、絵の下に価格と“個数”“注文”というアイコンが表示されている。この個数のアイコンの左側は空白になっているので、そこに必要な個数を入れて、注文のアイコンをタッチすると、商品が購入できる。
試しに“ロシア陸軍の戦闘訓練”という本を購入してみる。個数の空白に“1”と入れて、注文のアイコンをタッチするとページが切り替わり、“お支払金額は1/10オンス金貨1枚です。金貨を用意してカメラを向けてください。”という表示が出てきた。
“カメラ”というのは目に見えているものをドリホに取りこんで表示させる機能のことで、液晶の裏側にある穴を向けて“撮影”というアイコンを押すだけで、そこに映し出されたものをドリホに入れることができる。ちなみに、カメラで撮影したものは“写真”と呼ぶらしい。
俺は1/10オンス金貨を1枚、シーツの上に置いて撮影すると、一瞬画面が白くなり、1/10オンス金貨が消えた。すると画面には“ご入金を確認しました。商品をお送りしますので、カメラを平らな場所に向けてください。”という表示が出てきたので、その通りにすると、表紙に“ロシア陸軍の戦闘訓練”と書かれた本が現れた。
菊池からは商品の購入方法の他にドリホの他の昨日の使い方を教わり、こちらから菊池と連絡を取る方法もわかった。
「悪いんだけど、そろそろ宿を出発する時間だから、落ち着いたら連絡します。」
『あ、それは忙しいところ、すみませんでした。最後に、まだ武器の販売はしてませんが、サンプルを送りますね。一緒に送る使用法方を読んでから使ってください。』
「わかりました、ありがとうございます。」
『それでは、また。』
菊池からマカロフPMを受け取り、通話を終了する。
「なんか、凄いことになっちゃいましたね。」
「ああ、とりあえずこのことは俺達の秘密にしておこう。」
「ラルフ様にも言わないんですか?」
「ラルフとオズワルドには言うけど、他に聞かれたらマズイから、タイミングを見て話そう。」
「わかりました。あ、もう出なきゃいけない時間ですね!急ぎましょう!」
「とりあえず服を着ようか。」
「アッ!!」
急いで服を着て、胸ポケットにドリホを入れ、マカロフと一緒に送られてきた箱、説明書はメアリーの鞄に入れてもらい、宿屋の外に出ると、既に俺とメアリー以外は整列して待っていた。エマはラルフの後ろに立っているが、昨日より少し元気そうだな。
「兄さん、遅い!」
「すまん!寝坊した!」
「昨日はずいぶんお楽しみの様でしたからな。」
オズワルドすげぇニヤニヤしてるな。こういうところは本当にただのオッサンだな。
オズワルドはスルーすることにして、昨日打ち合わせの通り、盗賊討伐に参加した兵士達を前に並ばせて、一人ずつ1/2オンス金貨を渡すと、予想外の特別手当に大喜びで俺とラルフにお礼を言ってきた。
「今後も良い働きをしたものには、惜しまずに手当を出す予定だ。今日貰えなかったものにもチャンスはあるから、これからも宜しく頼むぞ。」
「「「「「はい!!!」」」」」
俺達の一行は、酒屋に寄ってオズワルドの酒を買ってから、街の西側の関所で簡単な入国手続きを済ませて、アルゴ自由都市同盟の領土に入った。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
とうとう、物質転送システム搭載のスマホ登場しましたね!
まだ、時系列的にドミトリーの研修が終わってないので、武器の販売は準備中になってます。
ご意見、ご感想、誤字脱字等なんでも結構ですので、ご感想頂けると幸甚です。
明日も21時に投稿予定なので、宜しくお願いします!