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1-5 『温かな村』



くたくたになった身体に渇を入れ、腰巻きを籠に入て、近くの椅子にドカ、と音を立て力なく座る。


疲れた。


家族が亡くなり、率先して動く事をしなくなってから数年。

引きこもりの軟弱な体力を総一は恨んでいた。





「お、今日はお疲れな!ほれ、今日の分だ!」


「あ、ありがとうございますっ」


先程自分が開け、入って来た扉が開かれて総一は飛び上がるように立った。


そこに居たのは丸太のように太い腕を持つ中年のおじさんだ。


真っ白な白い歯を見せニカッと笑うそのおじさんは、筋肉の塊のような腕を総一へ向け伸ばす。


慌てて差し出した両手に数枚の銅貨が乗せられる。

このおじさんと見比べると、500円玉くらいの銅貨がおもちゃに見える。


手のひらに乗せられた銅貨をポケットに無造作に入れた総一の肩におじさんの手が乗せられる。


「そうそう、メリルちゃんから聞いたが、王都に行くんだって?何時になるんだ?」


「あ、……明後日には荷馬車が来るらしいので、それに乗せて貰い王都に向かう予定です」


僕の言葉に納得したらしいおじさんは何度か頷き、



「よしっ、明日はウチで飯食ってけ!御馳走を用意してやっからよ!」


「うぐっ!?……は、はい。楽しみにしてます」


バシンッ、と激しく叩かれ一瞬目の前が暗転しかけたが、総一は頷いて、その場を後にした。



「気ぃつけて帰れよ~!」


食堂の裏手から出た僕に、その食堂の亭主はぶんぶんと手を振り見送ってくれた。


大きな声なので、辺りの人にまで注目されてしまったが、その目は好奇の視線ではなく、温かい視線だった。



「アンタ、王都に行くんだって?気を付けるんだよ?」


樵の旦那さんを持つ恰幅の良いおばさんが近くを通った僕に声を掛けてくれた。


「はいっ。ありがとうございます」


軽く手を振りお礼を言うと、次は数人の子供達が僕に近づいて来た。


「にーちゃんにーちゃん、おうとってなにー?」


「ばかだなアリスは。おうとっていうのはでけー街なんだぞ?」


「そーなんだー。にーちゃんにーちゃん、おうとにいくのー?」


女の子と男の子のやり取りを見てクスリと笑った総一はウンと頷き足を止める。



「かえってきたらまたあそぼー?」


女の子の言葉に頷き頭を撫でてあげると、女の子がくすぐったそうに喜ぶ。



「なーなー、にーちゃんってへいたいになるのか?」


男の子が心配そうな目で見ているのに気づき、総一は出来るだけ優しく否定を答えた。


「そっか!にーちゃんはへいたいにいかないのか!。おれのにーちゃん、れいたいなんだけど、たまにしかかえってきてくれねーんだよ!あそべなくなるから、にーちゃんはへいたいにぜったいなるなよ!」


わかったわかったと男の子の頭を軽く撫で、手を振りながら歩き出す。


男の子と女の子が手を振って見送ってくれる。



嗚呼、良いな、コレ。



道行けば声を掛けてくれて気に掛けてくれる。


こんな些細なことに心が温かくなり、総一は笑みを溢す。


「よっ、聞いたぜ坊主、王都に行くんだって?」


「王都に行く前に顔出しなさいよ?」


「つか行くなって。折角仕事覚えさせたのによー」



打算の無い純粋な笑顔で声をかけてくれる人たちが居る。


それだけで、僕はこの世界の虜となった。


故に僕は知らなければならない。


唐突にこの異世界に来たのが、偶然か、否か。


そしてどちらであっても、『帰らない』方法を探すため。



僕は物語などに描かれる異邦人の枠を出て、



帰還しない方法を、模索していた。





僕が王都に行く事にしたのは、あの日。


イヴォルさんと初めて話した、あの日だった。





「な………え?…」


思わず言葉に詰まった。


この人は、どこまで知っている?…僕が、違う世界から来たのを知ってるのか?……………まさか、この人が僕を?


いや、そうでなくても何か手掛かりを知っているのかも知れない。


メリルさんのお陰で薄れていた、僕の本性、疑心にまみれた僕の本性が、浮かび上がって来た。


「ご安心を」


「っ!?」


「わしは、ソーイチ殿の味方ですじゃ」


優しい顔だった。


ニコリと笑ったイヴォルさんは、蓄えた白い髭を撫でながらフォッフォッフォッ、と嬉しそうに笑い出した。


「知ってるん、ですね?」


僕は既にイヴォルさんが関係ないと確信していた。


そして新たに確信した。イヴォルさんは、僕が遠い場所……異世界から来たと言う事を知っている。


僕は人を見る目だけはあると思う。何年も欲望を顔に張り付けた人たちを見てきた。だからわかる。イヴォルさんの顔は、悪い事を考える顔には、全く見えなかった。


「はい。知っておりますじゃ。何より、その髪と瞳が物語っておりますじゃ」


「え?」


僕は驚きのあまりイヴォルさんの言葉に絶句した。


髪と瞳の色が黒だと、何か可笑しいのだろうか?


僕が心の中で首を傾げると、イヴォルさんはそのしわくちゃの腕を組み、うーん、と呻き声を出しながら何かを考え始めた。


カチャカチャと、メリルさんが何かを用意してる音だけが聞こえる静寂の中、イヴォルさんが意を決したように口を開いた。








「煌めく黒き、髪靡き


深き闇抱く、瞳持ち」




それは祝歌のようであり、呪詛のようであり、総一の胸に深く刻み込まれた言葉だった。







「……え?」



ドクンと跳ねた心臓。まるで昔から知ってるような、そんな奇妙な感覚を覚えた。






「古くから言い伝えられている、童歌の一節ですじゃ。ソーイチ殿も黒き髪に黒き瞳と、童歌通りですからのぉ」


フォッフォッフォッと笑うイヴォルさん。

古くから童歌って言うと……昔に僕みたいにこの世界に現れた日本人が居るってこと?。



僕が押し黙ったのを見てイヴォルさんは苦笑する。



「もし、詳しく知りたいのであれば、王都を目指すとよろしいでしょう」


「え?………王都?」


「はい。テール王国の王都『オルフェシアン』には昔から『王立研究所』と言う機関がありまして、そこは様々な物、事の研究をしてるのですじゃ。」


イヴォルさんはそこで一旦言葉を切る。


「……そこでならば、あるいはソーイチ殿の知りたい事がわかるかも知れませぬ」



そう言ったイヴォルさんに追求する暇なく、メリルさんがお茶とお菓子を持って現れた。





短いくせに遅い更新。


次回からようやく物語が動き始めます。


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