英雄の死
止まない雨なんてない。明けない夜なんてない。
終わらない物語なんて、ない。
「――――――」
闇を切り裂いて降り注ぐ朝日が辺りを照らし始める中、小高い丘の上に一人の青年が佇んでいた。
青年の髪は珍しく夜を思わせる黒だった。
その身体に右腕は亡く、顔半分も吹き飛び、胸には身体を引き裂いたかのような大きな傷痕が見える。
その異形とも言うべき身体の青年は、日の光を浴びて、生命の息吹を感じさせる暖かな風に身を晒しながら、満足げに微笑んでいた。
首に巻かれた深紅のマフラーが、風に靡きバサバサと音を立てる。
左手の掌にある赤い、赤い宝石。それが、色を失うように崩れ行き、灰となって風に飛ぶ。
キラキラと輝きながら飛ぶ様は、彼の冷たくなった身体に、最後の鼓動を起こした。
「…………逝って、しまわれたのですね」
声にもならない声が、誰にとも聞こえず呟かれた。
自分自身にすら、その声は届かない。
まるで、彼の身体が壊れてしまったように身体がちゃんと動かない。役を成さない。
「最後に、陛下を見送れて、僕は幸せです」
声などない。掠れる息が口から漏れたのだ。
「貴女を………」
熱い。
青年は思った。なぜ、この氷のように冷えついた身体に熱が起ころうか。
もはや鼓動は止まり、いや、そもそもその鼓動で身体を巡る血すら青年の身体にはない。
身体中から吹き出し、彼の立つ地を赤く、赤く染めているからだ。
そして、頬に熱い何かが伝ったのを感じ、理解した。
嗚呼、そうか。……涙か。
熱い筈がない。そんなことはわかっている。誰よりも、自身が一番……。
しかし、彼は、熱くないわけない、とも思った。
何せ涙だ。 涙は、熱いものなのだ。
そして青年は最期に、過去に、想いをはせた。
今にして思えば、随分と遠くまで来たものだ。
思い出せる。鮮明に、刻名に。
熱き、熱い心で駆け抜けた。だから、想いをはせれた。
嗚呼、懐かしいものだ。
青年は身じろぎ一つせず突っ立っていた。
風に靡く髪や服を除き、身体は全く動いてなかった。
しかし、青年の口元だけが唯一、動いた。いや、動いたように見えた。
先ほどまでと同じく満足げな笑みは崩れず、亡き人の形見を、宝石を乗せていた掌、眺めたまま動かない。
「ソーイチ」
声が掛けられる。 少女の声だ。
既に意識無き身体が答えられるはずもなく、優しげに細められた瞳は何も写さず、仄暗い。
「お休み、……なさい」
声の主は答えを求めていないらしい。
咽び泣きもせず、涙の滴を溢すだけだ。
彼は旅立ったのだ。
その彼を、何故哀しみで送らねばならぬのか。
故に少女は満面の笑みに涙を濡らしながら、語り掛けたのだ。
「……英雄に……っ」
姿勢を正す。
軍に伝わる最高の敬礼をもってして、彼を送る。
「英雄達にぃっ――――」
声を張り上げる。
「捧ぐ!!!」
ザッ…っ!!
彼女を筆頭に、何千、何万もの『人間』達が彼女と同じ、それでいて様々な最高の敬礼を送る。
それは、何秒だったのだろうか。
いや、何分?何時間??
誰もが時を忘れ、英雄の死後に想いを馳せる。
どうか、世界を救った英雄に、安息を。
「勝鬨を上げよおおおおおおおおぉぉッッッ!!!!」
空を落とさん勢いで、彼らは空に叫んだ。
どうか、世界を救った英雄よ、幸せに。
キャラ、物語の見直しにより削除。新たに投稿しました。