悪の中の、道理を探せ
街は夜の闇に染まりつつあった。岩切たちを乗せた車は、北山会本部に到着した。車から降りた岩切らは、地下一階のフロアへと向かった。
「会長も、頭を下げに大忙しだな。責められることなんてしてないんだが」
印西が、岩切の後を付いていく。岩切が乱暴にドアを開けた。
「御苦労様です!」
子分たちの声が響いた。机に荷物を置くと、岩切は疲れきったように椅子に腰掛けた。印西と柳岡も、ソファーに腰を下ろした。
「で、その仕事って何だよ?」
印西が言った。
「福仁会のしたっぱを殺した、禄燕会傘下湯口組の、神野ってやつの始末だ」
柳岡が淡々と言った。子分が三人の前にお茶を出した。
「殺しか。面倒なことばかりだな」
印西がお茶をすすった。
しばらくして、子分の一人が前に出てきた。
「兄貴、山岡のやつ、これを置いて勝手に出ていきました」
岩切の前には、小さな紙包みのようなものが差し出されていた。
「・・・・・・・・ふっ・・・・またかよ・・・・・・・・」
岩切の言葉には力が無かった。
「どうした?」
印西が岩切の方を向いた。「会から勝手に逃げやがった」
「な、何?」
印西が声を強めた。
「知らないのか?最近、勝手に出ていくやつが多いんだぜ」
柳岡が言った。
「これで四人目だ。俺も無理には引き止めない」
岩切がそう言うと、柳岡がにやついた。
「向こうにも事情があんだろ」
岩切の目には力が無かった。
「いや・・・・・ちょっと待てよ。指置いて、顔も合わせずに出てくのかよ」
印西は納得がいかない様子だった。
「ほんと、しつけのなってないチンピラだよな。あいつらには何を言ってもムダだ」
岩切はまるで他人事のようだ。
「おまえ、自分が何をやったか分かってんのか?」
印西が声を荒らげた。
肝心の岩切はただ黙っていた。
「おまえ、他人事のように言ってるけどな、おまえの部下のことだぞ!この会のことなんだぞ!そんなシケたツラしてんじゃねえ!」言い終わると同時に、印西は自分のお茶を岩切の顔にぶっかけた。
「ブッ」
とっさに岩切は口に入ったお茶を吹き出した。
柳岡が印西をなだめるような仕草をした。
「ふざけんな!」
印西の怒りはなかなか収まらなかった。
「言っただろ。俺は出ていくやつらを止めないって」岩切は冷静だった。
「会の下にいるやつらが出ていくんだ。会自体に問題がある。そういうことだ」「だからって簡単に了承しすぎだろ」
「じゃあなんだ?これがやくざの生き方なんです、辞め方なんですって教本でも作って教えるのか?そんなルール、今のチンピラどもに通じやしねえよ!」
岩切の目は真っ直ぐ印西を捉えていた。
印西は慌てて目をそらして、それから黙り込んだ。
「お前らだって気づいてんだろ。会の様相がおかしいってことぐらい」
岩切は部屋にいる全員に話しかけていた。
「辞めたきゃ辞めろ。破門状書いてやる。心配すんな。上はそんなこと、全く気にしてない様子だ」
岩切のこの言葉を最後に、誰も口を開かなくなった。
岩切たちが再び部屋に戻ってきた時には、夜はすっかり更けていた。再び部屋に入ってきた印西は、何やら怪しげな紙包みを抱いていた。岩切、印西、柳岡の三人が席につくと、テーブルの上に置かれた紙包みが、そっと開かれた。
「お前ら、ちょっと来い」印西が子分たちを呼んだ。「おおっ」
子分たちから感心するような声が上がった。
「本物だぞ」
印西が銃のパーツを手にとって、子分たちの前につきだした。
「東南アジアにいる龍光さんのところへ行って買ってきた」
柳岡がそう言うと、子分たちが何回かうなずいた。
「マシンガンは経験ないけど」
印西が言った。
「俺が向こうに行って教わってきた。簡単だ」
柳岡が眼鏡のズレを直した。
おもむろに岩切がマシンガンを手にとった。
「そうか、簡単か。的になりたいやつ、いるか?」
岩切がそう言うと、子分たちの顔が硬直した。
「冗談だよ」
岩切のその言葉で、子分たちの顔に安心したような笑顔が戻った。
「こいつで明日殺るつもりだ」
つぶやくかのように岩切は言った。
「俺と印西は拳銃で近くから狙う。柳岡と使い方覚えたやつはマシンガンで遠くから狙え」
岩切は言い終えると、ソファーに思いっきりもたれかかり、天井を少し見つめた後、目を閉じた。