悪の中の、道理を探せ
某駅のホームに、一本の電車が到着した。降りてくる会社員や高校生の中に、夕日を背に受けながら歩く、数人の男たちの姿があった。つまらなそうな表情を浮かべながら、雑誌をゴミ箱にぶち込んだ男、彼の名は岩切良太。
「こんなもん書かれて黙ってるヤツの方がおかしいだろ?」
岩切は捨てられた雑誌を見つめながら、独り言のようにつぶやいた。
駅を出ると、彼らは真っ直ぐ外のトイレへと向かった。
「でも、とりあえず話がついてよかったな。会長も安心だろ」
印西が岩切に話しかけた。「どうだかな・・・・」
岩切は不満げな表情を浮かべた。
岩切と印西、済藤の三人がトイレの中へ入ると、そこには数人の不良高校生たちがたむろしていた。どうやらタバコを吸っているらしい。岩切が彼らを見つめ、軽く笑った。
「なんかタバコくせぇな・・・・」
岩切がそんなことを言うと高校生たちは立ち去り始めた。最後に出てきた高校生は、岩切の前で舌打ちをした。だが、岩切は黙ってにやけていた。岩切と印西は真っ直ぐ小便器に向かい、済藤は真っ直ぐ大の方へ向かった。
「これから、どうするんだ?」
印西が用を足しながら話しかけた。
「とりあえず会長にあいさつするしかないだろ。中村橋組のヤツが頭下げるとは思えねえしな・・・・」
岩切が答えた。
「まったく、面倒な仕事だな。ははっ」
印西は笑った。
二人が外で待っていると、済藤がやっと出てきた。
「済藤さん、手、洗いましたか?」
岩切が言った。
「お、おう」
済藤がとっさに答えた。
「おーい!岩切!!」
同僚の柳岡の声が聞こえた。
「おう!」
岩切たちが歩いていく先には、数台の黒塗りのベンツがあった。
「柳岡、お前が出迎えか」岩切が言うと、柳岡は静かに笑った。
「印西と済藤さんは後ろの車に、岩切はこっちの車に乗ってくれ」
柳岡が運転席に入った。
岩切が後部座席のドアを開けると、そこにはすでに白畑の姿があった。
「し、白畑さん!」
岩切がとっさに頭を下げた。
「お、乗れい」
「はい、失礼します」
岩切が乗車し、車は駅を離れた。
しばらくして、白畑が口を開いた。
「連絡受けたよ。上手くまとまったみたいだな」
「あ、はい」
「中村橋はどうなんだ?」白畑がそう言うと、岩切の目が泳いだ。
「中村橋もああ見えて、会長には気を遣ってんだよ」「あはぁ・・・・」
岩切は溜め息とも返事ともつかない反応を見せた。
「それでな、お前らにちょっとやってもらいたい仕事があんだよ」
「はい?」
岩切が驚いて隣を見ると、白畑は厳しい表情を浮かべていた。
「お前らが出かけてる間にな、福仁会のしたっぱと、禄燕会のしたっぱが小競り合いを起こしたんだよ」
「それで?」
「福仁会の方で死人が出た」
運転席の柳岡が、バックミラー越しにこちらの様子を伺った。
「禄燕会の湯口組のしたっぱが、廃工場で麻薬の取り引きしてたらしいんだ。買い手のあとをつけてた福仁会のやつらと喧嘩になって、湯口組側が発砲。三人ほど死んだらしい」
「北山会は関係無いっすよね・・・・」
岩切が言った。
「まあなぁ。本来なら話し合いで片が付くんだが、福仁会の梅竹会長は、禄燕会の傘下が薬で利益を得てるのが気に入らないらしい」「梅竹会長と禄燕会の廻田会長は、独立前から兄弟同然の仲らしいっすね」
柳岡が口をはさんだ。
「だからなおさら許せないってわけだ。それで、交渉を決裂させたく無いんだろう、ウチの会長に話が来たんだ」
「仕事って・・・・どんな仕事です?」
「発砲した、湯口組の神野ってヤツの始末なんだ」
岩切の表情が、わずかに強ばった。
「なるほど・・・・。やられたらやり返して解決ですか・・・・。手を汚すのは、俺らだけで十分ってわけですね・・・・」
岩切の言葉には、何かを押し殺したような苦味がこもっていた。