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鮮やかな夕陽に染まった小道を、ゆったりと歩く若いふたり。
下校時間となり、真綿ちゃんと勇授くんは並んで歩いていた。
普通の男女だったら、とってもいい雰囲気になるシチュエーションだろうけど……。
「う~む、登下校というのは足が疲れるものじゃのぉ」
「あはははは。真綿はちょっと重いから、足に負担が――」
ゲシッ!
相変わらず、学習能力のない勇授くんが、真綿ちゃんの蹴りを食らっている。
「重くなんかないのじゃ!」
「あはははは。だったら、お姫様抱っこでもしてみようか?」
「ぬおっ!? い……いや、じゃがそれは、さすがに恥ずかしいしじゃの……」
「あはははは。やっぱり重さを正確に当てられたら、恥ずかしいよね」
「そ……そういうことではないわ! というか勇授、おぬし、抱きかかえたら正確な体重がわかるのかや?」
「え? 普通わかるでしょ?」
「普通はわからぬわ! やはり勇授は、変わった奴じゃのぉ」
「あはははは。真綿にだけは言われたくないなぁ」
う~ん、なんだろうか、この会話は。
いつもどおりではあるけど、このふたり、もうちょっとこう思春期の男女らしい会話に発展しないものか……。
真綿ちゃんと勇授くんは、いつもこうやって一緒に登下校している。
家が隣同士だから、べつに不思議なことではないとは思うけど。
中学生くらいになると、たとえ家が隣でも、一緒に帰ったら周りから冷やかされてしまうと考え、疎遠になったりするのが普通かもしれない。
でも、このふたりに関して言えば、そんな心配はなさそうだ。
真綿ちゃんはなにを言われたところで知ったこっちゃないだろうし、勇授くんはなにを言われたところで「あはははは」と笑っているだけだろう。
なんというか、どこをどう考えても、お似合いとしか言いようがない。
ところで、よく一緒にいる孝徳くんと紗月ちゃんが見当たらないのは、家の方向が違うからだ。
校門を出たところで、真綿・勇授組と孝徳・紗月組に分かれる。
孝徳くんと紗月ちゃんは、さすがに隣同士ではないものの家が近いらしいから、こちらも同様に幼馴染みだったようだ。
そう考えると、孝徳くんと紗月ちゃんという組み合わせも、結構お似合いなのかもしれない。
ちなみに四人とも、部活には入っていない。
この中学校では部活は自由参加となっているため、所属していない生徒も少なくないのだ。
「疲れたのじゃ~。家はまだかのぉ~」
「まだ半分だよ。とりあえず、お姫様抱っこ、しとく?」
「するわけなかろう!」
相変わらずの声を響かせ合いながら、真綿ちゃんと勇授くんは通学路を歩いていく。
そのとき。
そんなふたりの目の前に突然飛び出し、腰に手を当てて仁王立ちで行く手を遮る人影があった。
「ん? キミ、どうしたのかな?」
それでも焦った様子を見せない勇授くんが、軽く首をかしげながら、その人影に話しかける。
すると人影は右手を前に上げ、勇授くんの隣に立つ真綿ちゃんをピッと指差す。
「あなたに用はありませんわ! あたしはこちらの子に用がありますの!」
それは、真綿ちゃんたちと同じ中学校の制服に身を包んだ女の子だった。
リボンの色が真綿ちゃんと違うのは、学年が違うから。彼女はどうやら、三年生のようだ。
「わらわに用じゃと!? いったいなんじゃ!? わらわはおぬしなど知らぬぞ!? というかまずは名を名乗れ!」
真綿ちゃんたちは二年生だから、相手は先輩ということになるはずだけど、もちろん真綿ちゃんが敬語なんて使うはずもない。
いつもどおりの高圧的な口調でまくし立てる。
「あら、そうですわね。申し遅れました、あたしは蘇我春歌と申します。本日はご挨拶に伺いましたのよ」
真綿ちゃんのあんな言葉を受けたにもかかわらず、女の子はなにやら丁寧な口調で答える。
こんな感じの丁寧口調だと、自分のことを「わたくし」とか言って「おほほ笑い」が似合いそうなイメージだけど、「あたし」という言い方をしている彼女。
なんとなく、違和感を覚えなくもない。
「あはははは。腰に手を当てて仁王立ちでご挨拶?」
「勇授は黙っておれ!」
いつもの笑い声を添えてではあったものの、状況的には正しいと思われるツッコミを入れた勇授を、真綿ちゃんは一喝して静めた。
そして一歩前に出て、春歌と名乗った先輩と対峙する。
「春歌とやら、いったいわらわになんの用なのじゃ?」
「そうですわねぇ……、それはまだ、秘密にしておいたほうが面白いでしょうか。あくまで今日は、ご挨拶に伺っただけですし」
真綿ちゃんが詰め寄るも、まったく怯むことなく、含み笑いを浮かべて答える春歌ちゃん。
「それでは、またお会いしましょう」
サラリと長く瑞々しい黒髪を揺らめかせながらきびすを返すと、春歌ちゃんはふたりの前から優雅に歩き去っていった。
「おーっほっほっほっほっ!」
なんだかとっても堂に入った感じの笑い声を響かせながら――。
ふむ。やっぱり「おほほ笑い」はするんだね。