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「ちょ……っ! 紗月っ! なななな、なにをしておるのじゃ!?」
「なにって、脱がしてるのよ? 脱がなきゃ、着替えられないでしょ?」
「それはそうじゃが、どうしておぬしが、わらわの体操着を脱がすのじゃ?」
「う~ん…………、趣味?」
「ぎゃあっ! 変態! 近寄るでない!」
「もう、つれないなぁ。女の子同士の脱がしっこなんて、なんでもないじゃない。真綿ちゃんは、勇授くんとだって脱がしっこしてるんでしょうに」
「そそそそそそそんなことするわけなかろう! あやつは下僕じゃと、どれほど言ったら……」
「はいはい。それはいいから、腕を上げてよ。脱がせられないじゃない」
「やめろと言うておるじゃろうが~!」
女子更衣室から、なにやら怪しげな会話が聞こえてきていた。
その前の廊下を通りかかる生徒は、またか、といった顔をして足早に去っていく。出てきた彼女たちと鉢合わせして、余計なことに巻き込まれるのを防ぐためだ。
もちろん、当事者であるふたりを除く、更衣室の中で着替えている女子も、目を合わせないようにしながら静かに着替えていた。
中学生ともなると、体育の授業は男子女子で別々となる。
だから、いつでも一緒にいる真綿ちゃんと勇授くんであっても、体育の時間までは一緒にいられない。
体育の他に、男子は技術科、女子は家庭科と、違う授業になっている時間も、ふたりは離ればなれになってしまう。
それは学校という集団生活の中にいる以上、仕方がないことなのだけど。
真綿ちゃんは今でこそさすがに諦めているものの、中学に上がったばかりの一年生の頃は、「わらわは勇授と一緒にいたいのじゃ!」とわめき散らし、男子と一緒に体育の授業を受けようとして、女性体育教師にズルズルと引きずられて戻っていく、といったことが何度もあった。
とても真綿ちゃんらしいエピソードではあるけど、中学生になっても全然落ち着かない彼女は、ある意味貴重な存在なのかもしれない。
それはさておき、疲れ果てたような顔で女子更衣室から出てくる真綿ちゃんと、なぜか鼻歌まじりのご機嫌な様子で出てくる紗月ちゃん。
いったい中でなにがあったのか、興味はあるけど……ここは触れないでおこう。
当然ながら、ふたりはしっかりと制服に着替え終えたあと。ふたりとも、体操着は布製の巾着袋に入れているようだ。
「……紗月、おぬしはほんとに、そっちの趣味があるのかや?」
「ふふっ、ご想像にお任せするわ」
並んで廊下を歩いていくふたりの会話は、やっぱり怪しい様子だった。
「にゃははっ! 真綿ちゃん、紗月ちゃん、やっほぉ~!」
と、廊下の向こうから歩いてくるのは、言うまでもないかもしれないけど、孝徳くんと、そして、
「もう着替え終わったんだね。ぼくたちは、これからなんだ。孝徳のせいで、先生にふざけすぎだって怒られててね」
いつもながらのちょっとぼけ~っとしたような笑みを浮かべている勇授くんだった。
「むう、ひどいなあ、勇授! それじゃあ、おいらだけが悪いみたいじゃんか!」
「あはははは。実際そのとおりでしょ」
「む~……。でも、反論できないと自分でも思うおいらでした! にゃははははっ!」
バカげた会話を交わしながら、廊下の角を曲がる。
その先にあるのが、二年二組の教室だ。
真綿ちゃんは彼らふたりと一緒に廊下の角を曲がり、はたと気づいた。
「ちょっと待つのじゃ! おぬしら、今から教室に戻って、着替えはどうするつもりじゃ!?」
「え? そりゃあ、教室で着替えるんだよ? いつもどおりにねっ!」
そう、この中学校には、女子更衣室はあっても、男子更衣室はない。
プールのある建物にはさすがにあるのだけど、プールの授業があるとき以外は、カギがかかっていて入れない。
というわけで男子は、女子が更衣室に向かったあとの教室で着替え、体育が終わったら速やかに教室に戻って、女子が帰ってくるまでに着替える、というのが常だった。
勇授くんと孝徳くん以外の男子は、すでに教室で着替え済みだろう。
「なにを言うておる! わらわたちも今、教室に帰るところじゃぞ!? それにもう、他の女子たちも半数以上が戻ったあとじゃ!」
真綿ちゃんは微かに顔を赤らめながら、そんな怒鳴り声を上げる。
つまり、今から教室に戻って着替えたら、ふたりの着替えシーンを拝見する羽目になる、ということだ。
いやまぁ、目を逸らしていればいいだけなのだけど。
そこはそれ、年頃の男女なわけだし、同じ教室内で着替えなんかしていたら、いやでも気になってしまうものだろう。
「え~? でも、ぼくたちだって、着替えなきゃダメじゃん」
「トイレとかで着替えればよかろう?」
「ええ~? でもさ、そろそろチャイムも鳴っちゃうよ~?」
「す……少しくらい遅れても、構わないじゃろう? 体育の後片づけで遅くなったとか言えばいいじゃろうが!」
「えええ~? 嘘をつくのはよくないよ~?」
などと、真綿ちゃんVS孝徳くんの言い争いが繰り広げられる。
と、勇授くんが果敢にもその戦いに乱入してくる。
「あははは。真綿はどうしてそんなことを気にするの? ぼくたちはべつに、着替えを見られたってあまり気にしないよ? 全部脱ぐわけでもないんだし」
「全部脱がれてたまるか!」
「ふふっ、真綿ちゃんは、勇授くんは自分だけのものだから、他の人に見られるのは嫌だ、って言ってるのよ」
「にゃははっ! なるほど、そうかそうかっ!」
「ち……違うと言うに!」
「あはははは。ぼく、物扱いだ」
……廊下でも騒がしい、いつものメンバーだった。
そんな中、無情に響くチャイムの音。
「あ~……」
「あはははは、間に合わなかったみたいだね」
どうやら勇授くんと孝徳くんは、体操着のまま授業を受けることになりそうだ。