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「わらわは、おなかがすいておるのじゃ! なにか持って参れ!」
いつものように、いつものごとく、いつもながらに、真綿ちゃんが騒ぎ出した。
さてさて、今日はどうしたというのだろう?
ま、今が三時間目終わりの休み時間ということを考えれば、おおかたの予想はつくというものだけど。
「あはははは。ダメだよ、真綿。今なにか食べたら、給食が食べられなっちゃうでしょ?」
真綿ちゃんのわがままに、いつものように、いつものごとく、いつもながらに、勇授くんがなだめ声をかける。
「むぅ、しかしじゃな、わらわはもう、おなかペコペコなのじゃ! 餓死したらどうしてくれるというのじゃ?」
「あはははは。真綿は、ちょっとやそっとのことじゃ死なないと思うけどね」
「こら勇授! 失礼であろう!? このデリケートでか弱いわらわに向かって!」
「あはははは。ま、いいけど。とにかくさ、ダイエットだとでも思えば、いいんじゃないかな? 最近おなかが少しぽっこりしてきてるわけだし」
「ぬあっ!? なにを言うか! ぽっこりなどしておらん! わらわはスマートなのじゃ!」
「あはははは。上のほうもね」
「ぬおっ!? 勇授、おぬし、人が気にしてることを、よくもぬけぬけと……!」
なんだかんだと、いつものような言い合いに発展する。
真綿ちゃんは怒りのせいで、おそらく本人も無意識のうちに立ち上がると、眉をつり上げながら勇授くんを見下ろす感じになっていた。
でもまぁ、それももちろん、勇授くんの作戦なのだろう。
休み時間は十分しかないし、こうして話しているうちに、おなかがすいているという話をうやむやにしてしまおうという魂胆なのだ。
……きっと……。
「あはははは。気にしてたんだ、真綿。だけど、中二の今でそこまで平らなんだから、この先も変わらないんじゃないかなぁ?」
「うぐっ!? そそそそ、そんなことはない! わらわは絶賛成長期じゃ! きっと、きっとこれからなのじゃ!」
「あはははは。結果は二、三年後くらいにはわかるかな? そのときが楽しみだね」
「くぅ~! 悪あがきだと言わんばかりのそんな目で見るでない! うき~~~~っ!」
「あはははは。卑弥呼様がお猿さんになってるよ」
……ほんとに作戦なのかは、怪しいところかもしれない。
ま、結果として真綿ちゃんが空腹を忘れ、なにも食べずに休み時間を乗りきることができるのなら、どちらにしても同じことだけど。
「にゃははははっ! お猿さんの真綿ちゃんも、可愛いね~!」
「ふふっ、勇授くんとの夫婦漫才は、いつ見ても楽しいわ」
おっと、ここでようやく、孝徳くんと紗月ちゃんも乱入してきたみたいだ。
もっとも、もう休み時間も残り少ないのだけど。
「紗月! わ……わらわと勇授は、主人と下僕の関係じゃと、何度言ったらわかるのじゃ!」
真綿ちゃんは紗月ちゃんの言葉に反応して、いつもながらの焦り声をわめき散らす。
もちろん心の中では、夫婦と言われるのも悪い気はしないのぉ、などと思っていたりするのだろうけど。
と、そんな真綿ちゃんの横でいつもどおりの笑い声を上げながら、勇授くんがこんなことを言った。
「あはははは。でもぼくは、夫婦でもいいかなぁ、なんて」
「なっ!? ゆゆゆゆゆゆ勇授! そっ、そそそそそ、それは、まことか!? 本心なのじゃな!?」
その言葉を聞いた真綿ちゃんは真っ赤になって、勇授くんの肩をがしっとつかんで揺さぶりながら、歓喜の笑みを懸命に抑えつつ聞き返す。
いやあ、なんというか、心の中がだだ漏れになってるよね。
ただ勇授くんのほうは、べつに深い意味はなく、冗談でそう言っただけのようで。
「え? 冗談だよ? だいたいまだ年齢的にも夫婦にはなれないし」
きっぱりとそう言い放つ。
「うぐあっ……!」
ボカボカボカボカドカバキグシャ!
勇授くんが真綿ちゃんからどつき回されたのも、自業自得というものだろう。
……ちょっぴり、最後の音が痛々しそうだった気はするけど。
「にゃははははっ! 勇授は勇授で、いつもどおりだね~! よっ、鈍感大王!」
「ふふっ、夫婦漫才から、どつき漫才にバージョンアップしたようね。さすがだわ」
ふたりの会話をさらに聞き続けていた孝徳くんと紗月ちゃんは、再びそんな感想を漏らす。
どちらの感想も、微妙に、というかかなりおかしいと思うのだけど。
鈍感大王って、いったいなに?
どつき漫才だと、バージョンアップになるの?
というか、なにがさすがなの?
ともあれ、このふたりを含めた真綿ちゃんグループには、ツッコミを入れ始めたらキリがないのだけど。
キーンコーンカーンコーン……。
そんなことを言っているうちに、休み時間は終わりを告げる。
真綿ちゃんの最初の願いは、叶うことなく立ち消えてしまったようだ。予想どおり。
「うあ……、すっかり忘れておったのじゃ……。仕方がないのぉ。勇授、授業をサボってなにか食べものを手に入れて参れ!」
「あはははは。冗談は顔だけに――」
ドゲシッ!
真綿ちゃんの容赦ないひざ蹴りは、勇授くんの顔面を直撃していた。
「にゃははははっ! 今日も平和だね~!」
「ふふっ、勇授くんの鼻血は、蹴りの影響かしら? それとも真綿ちゃんのバンツが見えていたからなのかしら?」
「なぬっ!? み……見えてしまっていたのか!? 恥ずかしいのじゃ……!」
「あはははは。真綿のなんて、興味ない――」
ドガッ!
「それに、そんなの今さら恥ずかしがることないでしょ? 真綿の場合、存在そのものが恥ずか――」
ゴキッ!
「にゃはははっ! 何度打たれても立ち上がる! 勇授、カッコいいぞ!」
「ふふっ、そうね。ゾンビみたいで、カッコいいわ」
…………。
ま、なにも言うまい。
「あの~……。みなさん、そろそろ席に着いてください~……」
そんな中、みつき先生はいつの間にやら教室に入ってきていたらしい。
教卓から微かに顔を出して、おずおずと生徒たちに声をかけるみつき先生の声が、教室の片隅だけで空しく響いている。
結局この時間、授業が開始されたのは、それから五分ほどあとのことだった。