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あの娘(こ)は電波か本物か  作者: 沙φ亜竜
第1話 わらわは、卑弥呼(ひみこ)の生まれ変わりじゃ!
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-4-

「ここはわらわのテリトリーじゃ! なんぴとたりとも、通ることは許さぬ!」

「あのなあ! こっちには日直の仕事があるんだから、わけのわからないこと言ってないで、そこをどけって!」


 またいつものように、真綿ちゃんのわがままが始まったようだ。

 黒板消しを持った日直の生徒の前で、真綿ちゃんが仁王立ちになって通せんぼをしている。

 真綿ちゃんが立っているのは、ベランダへと出るドアの前だった。


「なにを言うておるか! わざわざわらわのテリトリーを侵害することもあるまい? 教室の後ろ側のドアからだって出られるであろう?」

「アホか! 黒板の前からベランダに出るのに、なんで後ろまで行かなきゃならないんだよ!」

「じゃが、後ろの黒板にだって黒板消しはあるのだぞ? それも一緒に綺麗にすべきではないか? そのためにはほら、一旦教室の後ろまで行くことになるではないか!」

「後ろの黒板消しなんて、ほとんど汚れないっての! だいたい、どうして前のドアが中野のテリトリーになるんだよ!?」

「わらわの席は一番前じゃ。ならば、机と椅子のある場所から教室の前の壁までが、わらわのテトリーになるのが道理というものじゃ!」

「んなわけあるか! だったら教卓前の席の山本は、教卓も含めて黒板のところまでテリトリーなのかよ!? 教卓に先生が立ったら、テリトリー侵害か!?」

「うっ……! そ……そうじゃ! 紗月には、教卓に立った先生を葬り去る権利があるとも言えるのじゃ!」

「くっ、こいつ、なにがあっても非を認めないつもりかっ……!」

「わらわに非などない! わらわが世界の法律じゃ!」

「はいはい、真綿。どうどう~」


 子供のような言い争いが続いていたのを、ようやく勇授くんが止めに入る。

 十中八九、というか百中九十九、真綿ちゃんが悪いということも、しっかりわかっているのだろう。

 勇授くんはいきなり真綿ちゃんをなだめる言葉をかけていた。


「こら勇授、なぜいきなり後ろから羽交い絞めにする!? 放せ! 放すのじゃ!」


 おっと、なだめるだけではなくて、強制的に押さえつけていたようだ。

 さすが勇授くん。真綿ちゃんの扱いに慣れている。真綿ちゃんマスターだ。

 背後から女の子を羽交い絞めにするなんて、普通だったら許されないことかもしれない。

 でも、このふたりは普通ではないのだ。


 もっとも、勇授くんはともかくとして、羽交い絞めにされている真綿ちゃんのほうは、顔を真っ赤に染めているように見える。

 羽交い絞めとはいえ、男子にいきなり抱きつかれているような状況なのだから、そりゃあ恥ずかしくて赤くもなるというものか。

 ま、真綿ちゃんの場合、もうちょっと別の想いが影響している、というのもあるだろうけど。


 きっと勇授くんはそれを見ても、怒って真っ赤になってるな~、としか思わないはずだ。

 なぜなら勇授くんは、とてつもなく鈍いからだ。


 それはともかく、勇授くんは羽交い絞めにした真綿ちゃんを引きずって無理矢理席に座らせると、


「浜村くん、どうぞ。通っていいよ」


 と言って、日直の男子に道を勧める。


「あ……ああ。ありがとな、藤原」


 突然場が静まることになって呆然としながらも、浜村くんはどうにかお礼だけ述べてベランダへと出ていく。


「もごごごごごごごごご……!」


 そのあいだ、羽交い絞めにしながらも、前側に回していた右手で真綿ちゃんの口を塞いでいた勇授くん。

 暴れる真綿ちゃんを、完全に押さえ込んでいた。

 ひ弱そうな見た目だというのに、実のところは結構な力持ちのようだ。


 いや、ここは、真綿ちゃんが女の子らしく非力だから簡単に押さえ込めた、と言っておいたほうがいいだろうか。

 ……今さら、って気もするけど。


「もごごごご……、こら勇授! 口を塞ぐな! 息苦しいであろう!?」


 口を塞いでいた勇授くんの手のひらを、どうにかこうにか振り払い、真綿ちゃんがわめき声を上げる。


「にゃははっ! 口を塞ぐなら、どうせだったら勇授の口で塞いでほしかったとかっ?」

「ふふっ。さすがね。もうラブラブで見ていられないほどだわ。……もちろん、じっくり見るけど」


 と、突然ふたりの友人、孝徳くんと紗月ちゃんが話しかけてきた。


「あはははは」


 そんな言葉を聞いても、勇授くんはいつもの笑い声を漂わせるだけだった。


「な……っ!? わ……わらわは、べつにそんな……! だ……だいたい、わらわと勇授は、主人と下僕の関係じゃと、何度も言うておろう!?」


 一方の真綿ちゃんはまたもや真っ赤になって、汗を飛ばしながら慌てた声を響かせる。


「……じゃが、口で塞いでもらえたほうがよかったというのは、確かなのじゃが……(ぼそぼそ)」


 なにやら小声でつけ加えてはいたけど。

 言うまでもなく、鈍感な勇授くんの耳に届くはずはなかった。


「そういえば、ちょっと聞こえてきたんだけど、わたしって教壇に立った先生を葬り去る権利があるの?」

「うっ……! そ……そうじゃ……!」


 微かにイタズラっぽい笑みを浮かべながら放たれた紗月ちゃんの言葉に、真綿ちゃんは声を詰まらせながらもそう答える。

 女王卑弥呼だと言い張っている真綿ちゃんには、間違いだったとか嘘だったとか、そういった答えは意地でもできないのだろう。


「にゃははっ! それじゃあ、次の先生、殺っちゃってよ! おいら、英語苦手だからさぁ! それに、ヘルプミー! って叫んでるところも見てみたいしね!」

「ふふっ、そうね。真綿ちゃんに言われたので葬り去ることに決めました、って宣言してから、先生を亡き者にするわね」


 紗月ちゃんのイタズラに、孝徳くんも悪乗りしてくる。そしてそれに、さらに乗っかる紗月ちゃん。


「ぬな……っ!? いや、じゃが、やはりその、先生にもわずかばかりの人権というものがあるのじゃからして、かわいそうだし、やめておくのがよいと、わらわは思っておるのじゃが、その……」


 内申書のためといった理由もあるのか、やっぱり先生に対しては猫をかぶりたいのだろうか、真綿ちゃんはおろおろしながら、ぼそぼそと言い訳の言葉をつぶやいていた。


「あはははは。真綿ってやっぱり、真綿だなぁ」

「な、なんじゃその言い方は~!?」


 いつもの笑いをたたえながらの勇授くんのツッコミに、真綿ちゃんは再び大声で文句の言葉を叫ぶ。

 三沢原山第二中学校二年二組の教室は、今日もとっても賑やかだった。


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