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繰り返し流れてゆく平穏な日常の中で、勇授くんがポツリとつぶやいた。
「う~ん、ほんとにぼくは真綿と恋仲になって、よかったのかなぁ……?」
教室内でみんなから冷やかされ、真綿ちゃんが真っ赤になって怒りを勇授くんにぶつけ、思いっきり蹴りを入れる。
そんないつもどおりの光景。
ただちょっとだけ違っていたのは、それが飛び蹴りだったことだ。
少し太ったとは言っていたものの、かなり小柄な真綿ちゃんは、当然ながら標準よりも軽い部類に入る。
それでも真綿ちゃんの蹴りは、勇授くんを吹っ飛ばすには充分な威力を持っていた。
ま、勇授くんがぼけ~っとしていたから、という理由もあっただろうけど。
勇授くんを吹っ飛ばしてしまった真綿ちゃんは、一瞬びっくりして心配の視線を向けてはいた。
だけど、すぐに勇授くんがいつもどおりの笑い顔を浮かべていたので、ほっと息をつき、今では冷やかしの言葉をかけてきた孝徳くんと紗月ちゃんに怒鳴り声をぶつけている。
その直後の、つぶやきだった。
マゾっ気があるとか言われていたけど、勇授くんはべつにそういうつもりでもなかったようだ。
もっとも、完全に否定はできないと思うのだけど。
勇授くんの場合、素直すぎる性格で、ついつい思ったことをそのまま口に出してしまうだけなのだろう。
変な喋り方でわがままな真綿ちゃんのすべてを、優しく受け止めてあげている勇授くん。
それなのに、こんなことをつぶやくなんて、驚きではあった。
勇授くんにも、普通の感覚ってものがわずかばかり残っていた、ということか。
さて、そんな疑問を漏らした勇授くんではあったけど。
「わ……わらわと勇授は、べつにそういうのではないのじゃ!」
「にゃははっ! でもつき合ってるんでしょ~? だったらもう、キスくらいしてたっておかしくないじゃんかっ!」
「ふふっ、そうね。わたしたちの前ではいつも痴話ゲンカしてるふたりでも、ふたりきりならラブラブなんじゃない?」
「そ……そんなことはないのじゃ! というか、痴話ゲンカとか言うでない!」
「にゃははっ! でもほら、結婚の約束までしてたじゃん! やっぱり痴話ゲンカでしょ?」
「ふふっ、そうね。さすがだわ」
「ち……違うと言うておるじゃろう!」
真っ赤になって怒鳴り散らしている真綿ちゃんの様子を、勇授くんはじっと眺めていた。
「ぬ……勇授、なにを見ておる! そうじゃ、おぬしからも、こやつらになにか言ってやるのじゃ!」
「あはははは」
真綿ちゃんから話を振られた勇授くんは、反射的にいつもの笑い声を返す。
そして、こう言った。
「真綿と一緒にいるとすごく楽しいよ。キスはまだだけど、でも近いうちに……」
「な……なにを言うておるか!」
ゲシッ!
いや、言い終わる前に再び吹っ飛ばされてしまっていた。
「あはははは」
またもや蹴り飛ばされ、机やら椅子やらにぶつかり、無様に倒れながらも、勇授くんはいつもどおりの笑顔。
「まったくおぬしは、変わらぬのぉ……。でも、そんなところも、好きなのじゃが……(もごもご)」
最後はほとんど聞こえないくらいだったけど、真綿ちゃんは恥ずかしそうにそんなことを口走っていた。
「……うん、これでいいんだ」
勇授くんのほうも、さっきの自問に、自答を得ることができたようだ。
恋愛の形は様々だというし、これが勇授くんなりの答えなのだろう。
客観的に見て、ちょっと心配ではあるけど……。
勇授くんは今後もケガが絶えなさそうだ。
ともあれ、藤原流とかいう拳法を会得しているようだし、大して痛手ではないのかもしれない。
……ま、末永くお幸せに。
さてと、そろそろ行こうかな。
きっと首を長くして待っているだろうし。
ボクはふたりのもとを去り、教室の窓から晴れ渡った青空へと飛び立った――。




