-3-
さて、真綿ちゃんがこんなふうになってしまったのは、今をさかのぼること三年前、彼女たちが小学校五年生のことだった。
そう、それ以前は、真綿ちゃんはこんな喋り方をしていなかったのだ。
とりあえず、一旦その頃まで時間をさかのぼってみることにしよう。
幼馴染みだった真綿ちゃんと勇授くんは、幼稚園の頃から小学校二年生まで同じクラスで、当然のようにいつでも一緒にいたわけだけど。
三年生に上がったふたりは、違うクラスになってしまう。
真綿ちゃんたちが通っていた小学校――今通っている中学校のすぐ隣にある、三沢原山第二小学校――では、クラス替えがあるのは二年ごとだった。
そのため、それから二年間、真綿ちゃんと勇授くんは離ればなれになってしまった。
家は隣なのだから、クラスが違っても仲よく遊んでいたってよかったとは思うのだけど。
初めて違うクラスになったのが相当ショックだったのか、その頃の真綿ちゃんは、なかなか勇授くんに会いにいくことができなかった。
登下校の時間くらい、一緒にいてもよさそうなものだけど、それすら気が引けていたようだ。
今だったら問答無用で、勇授くんの首根っこを引っつかんででも一緒にいようとするだろうけど。
当時の真綿ちゃんは、ちょっと内気なところもある普通の女の子だったのだ。
そうやって離ればなれになっていた二年間を経て、ふたりは五年生でまた同じクラスとなった。
「あっ、真綿、おはよう。同じクラスだね」
にこっ。
真綿ちゃんの心を代弁すると、澄み渡った青空のような爽やかな笑顔を向けながらそう話しかけてきた勇授くんに、神様が幸せの時間を与えてくれたとまで感じたらしい。
ただ、真綿ちゃんはそれまでの二年間、ほとんど会えなかったあいだにも、ずっと勇授くんのことを考えていた。
もっと積極的に話したい。
今度同じクラスになれたら、絶対に自分から勇授くんに寄り添って、二度と離れないようにしよう。
そんな決意を胸に、五年生のクラスが発表される始業式を迎えた。
想いの力があまりにも強かったからだろうか。
真綿ちゃんは、覚醒した。
「そうじゃの! これから二年間、勇授はわらわとずっと一緒じゃ! というか、中学生になっても、それ以降も、ず~っと一緒にいるのじゃ! よいな!?」
以前よく話していた頃の真綿ちゃんとは、かなり違った感じの喋り口調に、さすがの勇授くんといえども一瞬呆然としていた。
でもすぐに、
「あははは。うん、もちろんだよ」
笑顔に戻った勇授くんは、そう言って真綿ちゃんを見つめ返していた。
☆☆☆☆☆
「わらわは、女王卑弥呼の生まれ変わりなのじゃ!」
そう言い始めたのは、この小学校五年生からだった。
「あ~、なるほど~。だからそんな喋り方になってたんだね~。あはははは」
真面目な顔のまま、どう考えてもイカれているとしか思えない妄言を叫ぶ真綿ちゃんに対して、微妙に軽いというか空気のように薄い笑い声を漂わせながら、勇授くんはそう言って答える。
声を潜めたりなんてしていないから、クラスメイトにも会話は筒抜けだ。
そこかしこで、ふたりにチラチラと視線を向けながら、ひそひそとなにやら話している姿が確認できた。
「なにあれ? 卑弥呼の生まれ変わりって……」「マジかよ? あいつ、頭おかしいんじゃないか?」「ふふっ……。ちょっと興味あるわ……」「う~ん、やっぱり、あまり近寄らないほうがいいのかなぁ……」「あんな奴がクラスにいるなんて。二年間、大変そうだ……」「にゃははっ! でも、退屈しないですみそうだよっ!」「見てる分には面白いかもしれないけど、下手に関わると面倒なことになるかも……」
口々に勝手なことを口走るクラスメイトたち。
その中に、密かに孝徳くんと紗月ちゃんもまじっていたりしたのだけど。
否定的な意見を言うクラスメイトが多かった中、肯定的な言葉を挟んでいたのが、そのふたりだった。
とはいえ、孝徳くんと紗月ちゃんが真綿ちゃんたちと仲よくなるのは、もうちょっと先のことになる。
クラスメイトから微妙な視線を受け、ひそひそと噂される日々。
だけど、真綿ちゃんも勇授くんも、まったく気にする様子はなかった。
ふたりはこの頃から、普通とはちょっとずれた雰囲気を持っていたということだろう。
「わらわは女王じゃからの。なんでも思いどおりになるのじゃ!」
「あはははは、そうなんだ~」
「そうじゃ。勇授とまた同じクラスになれたのも、わらわが願ったからなのじゃ!」
「あはははは、それは光栄だなぁ~。でもそれなら、どうして三、四年は違うクラスになっちゃったのかなぁ?」
「あ……揚げ足取りは禁止じゃ!」
「あはははは」
ともかくこうして、真綿ちゃんの女王卑弥呼生活が始まったのだ。