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「わらわはずっと、勇授のことが好きだったのじゃ」
「あはははは。うん、さっきも聞いた」
みんな落ち着いたところで、微かに頬を染めながら再び放たれた真綿ちゃんからの告白の言葉に、勇授くんはいつもどおりの笑い声を返す。
さっきは自分も好きだと答えてくれたのに、と一瞬カチンときているようだったけど、真綿ちゃんは構わずに話し続ける。
ずっと――それこそ幼稚園くらいの頃からずっと、勇授くんのことが好きだった真綿ちゃん。
一緒にいるのが当たり前だと思っていた。
そんな小さな頃のことだから、それが恋愛感情だなんて考えもしなかった。そういった感覚すら、まだなかったのだろう。
でも真綿ちゃんは、小学校三年生になったとき、勇授くんと別々のクラスになってしまった。
隣の家なのだから、それまでと変わらずに仲よくしてもよかったとは思うけど、まだ幼い真綿ちゃんには、普段から近くにいないだけで遠い存在のように思えた。
クラスの友達から一緒に帰ろうと誘われて断るのも悪いという思いもあり、ほとんど勇授くんと会わない日々が続いた。
その結果、真綿ちゃんは自分の気持ちに気づく。
勇授くんのことが好きだという気持ちに。
勇授くんのほうから話しかけてくれれば、真綿ちゃんだって同じクラスだった頃と同じように楽しく話せたかもしれない。
だけどそれもなかった。勇授くんはあまり自分から積極的に行動するようなタイプではなかったからだ。
結局、そのまま二年の月日が流れた。
五年生となり、再び同じクラスになれた真綿ちゃんは、二度と後悔はしたくないと、自分から勇授くんに話しかけた。
その前の晩、真綿ちゃんはこんなことを考えていた。
――もし同じクラスになれたら、精いっぱい頑張ろう。そうだ、インパクトも大切だろうから、なにか強く印象に残る方法を探そうかな。
真綿ちゃんはそんな理由で、女王卑弥呼の生まれ変わりだと主張し、自分のことを「わらわ」と言うようになったのだ。
……いくら好きな男の子の印象に残るためとはいえ、方向性としては微妙かもしれないけど。
ともかく真綿ちゃんは、直接好きと言うのは恥ずかしくて無理だったものの、毎日勇授くんのそばに行って、ひたすらいろいろと話しかけるようになった。
毎日楽しく勇授くんとお喋りできる。
それだけでも充分に満足だった。
ただ、ちょっとはっきりしないというか、つかみどころがない勇授くんの性格のせいもあって、恋人、という雰囲気にはどうしてもならない。
真綿ちゃんとしては結構必死に頑張ってアピールしていたつもりだけど、勇授くんは激しく鈍感だった。
さすがに三年間も毎日のように会って仲よくお喋りに興じ、クラスメイトからも「あのふたり、できてるよね」などとささやかれるようになっているというのに、いまだに手も握っていない状態では、真綿ちゃんとてイライラしてくる。
スキンシップがあるとすれば、勇授くんのとぼけた発言にツッコミを入れるときくらいだった。
――ここはひとつ、大がかりな作戦を立ててでも、一気に進展したいところじゃのぉ。
そんなふうに考えた真綿ちゃんは、下準備を整えて今回の作戦に打って出た。
作戦は、中学二年生になったそのときから、始まっていたのだ。
お手伝いさんだと言っていたガロさんだけど、どうやら真綿ちゃんの家の私設警備隊とでも言うべき存在だったようだ。
大金持ちのお父さんを護るための警備隊のうち、数人は真綿ちゃんやお母さんの警護にもあたっていたらしい。
その中で、真綿ちゃん担当だったのが、ガロさんだった。
真綿ちゃんはガロさんに頼み、いろいろと調査してもらっていた。
作戦の大まかな流れ自体は真綿ちゃんが考えたようだけど、細かく作戦を練っていくことができるはずもない。
実際にはガロさんが調査結果も踏まえつつ、真綿ちゃんの作戦を練り固めていったという感じだった。
真綿ちゃんが卑弥呼の生まれ変わりだと言い張っていることを知っていたガロさんは、それも利用しようと考えた。
そこで出てきたのが、大化の改新の立役者たちだ。
歴史の授業で誰しも聞いたことがある名前ではありつつも、それほど正確なデータとして残っているわけでもなく、真実を詳細まで完全に知ることはできない。
歴史なんて結構、そんなものだったりするけど。
そういったところを利用したのだ。
真綿ちゃんが中大兄皇子の子孫で、勇授くんが中臣鎌足の子孫で、などといった話も全部デタラメのでっち上げ。
当然ながら、春歌ちゃんが蘇我入鹿の子孫だということも暗殺された記憶を受け継いでいるということも含めて、そのデタラメ話の一部だった。
春歌ちゃんは真綿ちゃんのいとこだった。
もっとも、同じ町内に住んでいるのに、あまり会うことはなかったみたいだけど。
それでも年に数回くらいは会っていたし、携帯電話の番号も知っていた。
真綿ちゃんはその春歌ちゃんに協力をお願いした。
それだけではなく、孝徳くんや紗月ちゃん、さらには勇授くんの妹である唯夢ちゃんも協力者だった。
じっくり時間をかけて、舞台の土台を固め、最終的な作戦に出る。
自分が死にかけているといった極限状態を作り上げ、勇授くんの本音を聞き出そうという作戦を。
そのために、春歌ちゃんはずっと敵役を演じてくれていた。
さっき真綿ちゃんに「よかったね」と話しかけたときの様子からすると、普段はあんな喋り方――丁寧だけど少し人を見下したような喋り方なんて、していないのだろう。
真綿ちゃんをナイフで刺した(マネをした)ときに流れ落ちた血も、もちろんニセモノの血のりだ。
それから、春歌ちゃんが従えていた黒いスーツの男たちは、真綿ちゃんの家の施設警備隊の人たちだった。
その中には、同じような格好の人たちばかりで気づかなかったけど、実はガロさんもまじっていた。
「やあ、みなさん。どうも」
ガロさんは一歩前に出ると、みんなに頭をかきながら声をかけていた。
☆☆☆☆☆
「と、まぁ、そういうわけだったのじゃ。……勇授、みんなで寄ってたかって騙したような感じになってしまって、悪かったの」
すべてを白状した真綿ちゃんは、控えめな声でそう言って締めくくった。
一瞬の間。
そして、
「改めて言うぞよ。わらわは……勇授、おぬしのことが大好きじゃ」
勇授くんの目を見据えながら、はっきりとした声で三度目の告白の言葉を口にした。
それを聞いた勇授くんの今度の答えは――。
「あはははは。今さらなに言ってるんだか」
「え?」
キョトンとした表情で聞き返す真綿ちゃん。
「だってほら、約束したでしょ?」
「ええ?」
「結婚しようって。覚えてないの?」
「えええ!?」
衝撃の事実を受けて、真綿ちゃんの驚きの声が響く中、
「……幼稚園の頃の話だけど」
勇授くんはそうつけ加えた。
幼稚園の頃、真綿ちゃんの家に行っていつもどおり庭で遊んでいるときに、こんな会話があったらしい。
「おおきくなったら、あたしをおよめさんにして!」
「うん、いいよ」
「ぜったいだよ!」
「うん。おとこににごんはないんだよ!」
まだよくわかっていない幼い頃の、他愛ない会話、といった感じだったろう。
現に真綿ちゃんは、まったく覚えていないようだった。
でも勇授くんは、しっかりと覚えていたのだ。
「あらあら、この子たちったら。どこでそんなことを覚えたのかしらね、ふふふ」
真綿ちゃんのお母さんが楽しそうに幼いふたりを見つめている姿が思い浮かぶ。
一方、そんな昔のことを聞かされた真綿ちゃんは、いつもの強い口調で言い返していた。
「ア……アホか、おぬしは! そんな昔の約束を、勇授は守ると言うのかや!?」
焦り声とともにツバをまき散らしながらも、嬉しそうな表情はまったく隠せていない真綿ちゃん。
「あはははは。うん。だって、男に二言はないんだよ」
ぼっ!
勇授くんが答えると、真綿ちゃん一気に真っ赤になっていた。
「し……仕方がないの、わらわも腹を決めるとしよう。法律で許される歳になったら、おぬしのお嫁さんになってやってもいいぞよ!」
自分から告白したはずなのに、真綿ちゃんはやっぱりいつもどおりということか、そんな上から目線の物言いで返事をする。
「うん」
にこっ。
そんな真綿ちゃんに、勇授くんは優しく微笑み返す。
ふたりの様子を、周りのみんなが温かな視線で見つめていた。




