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すたっ……。
真綿ちゃんが立ち上がり、スカートについたホコリを払う。
そのまま、一歩一歩、ゆっくりと歩き出した。
「真綿!」
止めようとする勇授くんの腕を、真綿ちゃんは振り払う。
「止めるでない、勇授。わらわに任せるのじゃ。唯夢ちゃんは、わらわが助け出す。なに、心配はいらぬ。わらわは、卑弥呼の生まれ変わりなのじゃからな!」
そう言い放ち、真綿ちゃんは勢いよく駆け出した。
いまだにナイフをかざし、唯夢ちゃんを抱きかかえたままの春歌ちゃんに向かって。
あまりの勢いに、春歌ちゃんの対応が一瞬遅れる。
その隙を見逃す真綿ちゃんではなかった。
一気に間合いを詰めると、真綿ちゃんは素早く春歌ちゃんに飛びかかる。
「な……なんですの? 真綿さん、危ないですわよ!?」
その春歌ちゃんから不意にこぼれた言葉。
ナイフを持っていながらも、唯夢ちゃんを、さらには他の誰をも、傷つけるつもりはなかったということだろうか。
ただ、そんなことはお構いなしに、真綿ちゃんは抵抗する春歌ちゃんに激しくつかみかかる。
「きゃっ!」
唯夢ちゃんが短く悲鳴を上げる。
抵抗していた春歌ちゃんのひじがぶつかったのだ。
だけどその拍子に、唯夢ちゃんは春歌ちゃんの腕からすり抜けることができた。
「唯夢ちゃん、今だよ! こっちに来て!」
「は……はいです!」
孝徳くんの呼びかけに、唯夢ちゃんが頷いて駆け出す。
「くっ……、逃げられてしまいましたわ! それもこれも、あなたが悪いのですわ!」
「うるさいのじゃ! わらわは、おぬしなどに負けはせぬ!」
取っ組み合いのケンカに発展していた春歌ちゃんと真綿ちゃんは、お互いに激しい怒号を飛ばし合っていた。
――と、そのとき。
「うっ!?」
真綿ちゃんが胸の辺りを手で押さえて、うめき声を発する。
ボタボタボタ……。
なにか……赤い液体が、薄汚れた地面に広がる。
――それは、血!?
「あ……あたしが悪いんじゃ、ないですわよ!? あなたが無茶苦茶につかみかかってくるから、そうなったのですわ……!」
真っ青な顔でそう叫びながら慌てて後ずさる春歌ちゃんの手から、赤く染まったナイフがこぼれ落ちた。
カラーン……。
乾いた音を立てて、ナイフは床を転がる。
「ま……真綿っ!」
勇授くんが間髪を入れず真綿ちゃんのもとへと駆け寄る。
角度的に、ナイフが真綿ちゃんの胸を貫いた光景は、勇授くんには見えなかった。
とはいえ、血溜まりが広がり、春歌ちゃんの持っていたナイフが赤く染まっている現状を考えれば、なにが起こったのかは一目瞭然だった。
「ゆ……勇授……!」
身をひねって勇授くんのほうを向き、両手を伸ばすと、ふらつく足取りで彼のもとへと向かおうとする。
勇授くんは、すぐに真綿ちゃんのもとへたどり着いた。
倒れ込む体を、しっかりと抱きとめる。
「真綿っ! しっかりして! 大丈夫!?」
勇授くんの腕の中で、真綿ちゃんは苦しげな笑みを浮かべる。
「わ……わらわなんかを……心配して、くれるのかや……?」
乱れた呼吸を吐き出しながらも、震える声でそうつぶやいた。
「当たり前だよ! 無理して喋らないでいいから! 大丈夫だから! ね?」
ぎゅっ……。
勇授くんの気遣いを今まさに全身に感じ、真綿ちゃんは彼の背中に両腕を回し、力を込める。
「わらわは、勇授のことが、ずっと好きじゃった……」
ちょっと恥ずかしげに頬を染めながら、控えめに告白の言葉を紡ぎ出す真綿ちゃん。
続けて、
「勇授は、どうかや……?」
上目遣いの視線を向け、尋ねる。
「ぼくも……、真綿のことが好きだよ」
それは素直な言葉のさざ波となって、唇から自然と流れ出していた。
そこでふと、勇授くんは怪訝な表情を浮かべる。
「あ……あれ? ナイフで切られたはずなのに、血が出てない?」
そう。
あれだけの血が出ていたはずなのに、真綿ちゃんの制服にはその血の跡も、ナイフで切り裂かれた跡もなかったのだ。
ぎゅ~~~~~~~っ!
突然、真綿ちゃんはよりいっそう腕に力を込め、強く勇授くんを抱きしめ始めた。
「もう離さないぞよ!」
「え? え? え?」
困惑する勇授くんと、そんな彼を思いっきり強く抱きしめている真綿ちゃん。
「よかったね、真綿ちゃん」
ふたりを見下ろし、にっこりと笑っているのは、真綿ちゃんをナイフで突き刺したはずの春歌ちゃんだった。
「え? え? ええ?」
さらには、スーツの男たちまでもが、
「真綿さん、おめでとうございます」
などと言いながら、ふたりのそばに集まってきていた。
「え? え? えええ~~!?」
なにがなにやらまったくわからず呆然としている勇授くんと、満足顔で勇授くんに抱きついている真綿ちゃんを、今この場にいる残りの全員が取り囲み、そしてふたりに穏やかな笑顔を向けていた。