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その次の日の放課後となり、いつもの面々は、いつもどおり四人揃って学校を出た。
……と、そこで。
「にゃははっ! ごめんね、みんな。おいら、今日はどうしても用事があって、一緒に行けないんだ!」
孝徳がそう言って両手を合わせた。
「ほほう、珍しいのぉ。恋人などはどう考えてもおらぬじゃろうし、家の手伝いってところかの?」
なんとなく不満顔の真綿ちゃんが、意地悪口調で言い放つ。
その様子から察するに、真綿ちゃんはここ最近の四人揃っての下校時間を、かなり楽しんでいたようだ。
「余計なお世話だっての! っと、急がないといけないんだった! ほんと、ごめん。とにかくみんな、気をつけてね!」
孝徳くんは真綿ちゃんのツッコミに応対しつつも、素早く片手を上げ、校門を出て自分の家の方向、すなわち真綿ちゃんの家とは反対方向に走り去っていった。
「なんじゃなんじゃ、孝徳のやつ。慌ただしい男じゃのぉ」
「ふふっ、そういう日だってあるでしょ」
「あははは、そうだね。毎日わざわざ遠回りしてくれてるんだしね」
まだ不満そうにしている真綿ちゃんを、紗月ちゃんと勇授くんがなだめるようにそう言うと、ふたりはさっさと歩き始めた。
真綿ちゃんも、慌ててそれに続く。
「三人だけじゃと、なんかちょっと、寂しく感じてしまうのぉ」
歩きながらも、真綿ちゃんはまだ不満げな様子。
「あははは。真綿は、孝徳がいないと寂しいんだね」
「ふふっ。密かに想いを抱いていたのかしら?」
「なっ、なにを言うのじゃ、おぬしら! べつにわらわは、そういうつもりでは……!」
ひとり減っても、真綿ちゃんがからかわれる対象だというのは変わらないらしい。
そんなふうに喋りながら、三人は通学路を歩いていく。
やがて、あまり人通りもない、細めの路地が続く地域へと差しかかった。
曲がり角が見えたところで、紗月ちゃんが目で合図を送ると、勇授くんは黙って頷き返す。
そこは十字路になっていた。
その十字路を曲がった瞬間。
紗月ちゃんと勇授くんが行動を開始した。
「……っ!? なんじゃ? むぐっ!?」
真綿ちゃんの体を、紗月ちゃんと勇授くんのふたりがかりで抱え上げる。
驚きの声を上げようとする真綿ちゃんの口は、勇授くんが手で塞いだ。
続いてふたりは、十字路の少し先にある細い路地へと、真綿ちゃんを抱えたまま滑り込む。
その細い路地の手前には電柱が立っていて、十字路からでは、ぱっと見そこに通路があるとは思えないだろう。
一瞬にして、周囲は静寂に包まれた。
と、十字路から顔をのぞかせるサングラスの男の姿があった。
当然そこにいるはずの三人の姿が、いきなり消えていた。
サングラスの男はさすがに焦った様子で、隠れることも忘れ、きょろきょろと辺りを見回し始める。
三人は、十字路を左に曲がったはずだ。
それなのに、曲がった先には人影が見えない。
実際には、電柱の陰に隠れた細い路地に、三人は身を隠しているわけだけど。
サングラスの男にしてみれば、ターゲットを見失ってしまったという状況にしか思えないはずだ。
もし真綿ちゃんを狙っているのだとすれば、そのターゲットを見失ったら慌てるに違いない。
そう考えて、勇授くんたちはこういった行動に出たのだ。
サングラスの男にとって想定外の事態は、さらにもうひとつ用意されていた。
「えいやっ!」
「うわっ!?」
突然サングラスの男に、なにかが覆いかぶさる。
それは、大きな網だった。
たまらず地面に倒れる男。
「おいこら、観念しろっ!」
飛び出してきたのは孝徳くんだ。
孝徳くんは勢いに任せて、網に絡みつかれてもがいている男の上へとのしかかる。
隠れていた細い通路からは、勇授くんと紗月ちゃんも飛び出してきた。
「ふふっ、しっかり白状してもらうわよ。真綿ちゃんを狙ってたわよね? 誰の差し金?」
「あははは。正直に言わないと紗月ちゃんが本領発揮しちゃうから、覚悟してね」
サングラスの男は慌てた様子ではあったものの、そんなふたりの声を受けても、なにも喋ったりはしなかった。
その暗いサングラス越しの瞳は今、どんな色を映しているのか。
などと考えていると、取り残されていた真綿ちゃんがようやく細い路地から出てきて、現状を目の当たりにする。
勇授くんと紗月ちゃんに鋭い視線で見下ろされ、網を全身に巻きつけられた上から孝徳くんにのしかかられているサングラスの男。
その光景を見た真綿ちゃんは、こう叫んだ。
「ガロ!」
ガロ。
はて、どこかで聞いた、というか、見たような気がする――。
三人はそう思っただろう。
そしてすぐに思い出した。
真綿ちゃんに送られていた調査報告のメールの差出人の名前が、ガロだったことを。
つまり、このサングラスの男は、真綿ちゃんの家の使用人だったのだ。
使用人というよりは、真綿ちゃんに専属でついているボディーガードと言ったほうがいいかもしれない。
真綿ちゃんが小さい頃からずっと、外出する際には少し離れた場所に隠れ、見守っていたらしい。
真綿ちゃんが危険にさらされたりしない限り人前に姿を現すこともないため、幼馴染みである勇授くんですら、そのボディーガードを見たことはなかった。
ちなみにこの人の本名は、阿部雅路というらしい。
小学生の頃の真綿ちゃんが、名前の漢字を見て「ガロだ!」と言ってから、ずっとそう呼ばれているのだそうな。
「そうでしたか。ガロさん、勘違いでこんなことをしてしまって、すみませんでした」
紗月ちゃんが素直に頭を下げる。
「いや、わたしも少々油断しておりましたから。それに、不意打ちとはいえ、とんだ失態をお見せしてしまいました。真綿さんが路地に連れ込まれたことにも気づかず、守れなかったわけですし、まだまだ精進しなければなりませんな」
サングラスをかけた上にヒゲをたくわえ、黒いスーツに身を固めるガロさんは、その威圧的な見た目とは裏腹に、とても優しい喋り方で答えた。
野太く渋い印象の声質ではあるものの、不思議と恐怖は感じない、安らかな響きを持った声だった。
「それにしても、ガロを打ちのめしてしまうなんての。驚きじゃ」
「あははは。でも、真綿が狙われてるってわけじゃなくて、よかったよ」
「ふふっ、そうね」
「にゃははっ! こんなボディーガードさんがついてるなら、おいらたちも安心していられるね!」
ガロさんというボディーガードの登場により、みんながみんな、表情を緩めていた。
気を抜いてしまっていた、と言い直してもいいだろう。
確かに、真綿ちゃんにボディーガードがついていると知ったのだから、それも頷けるのだけど……。
そんな状況はそう長く続かないなんてことを、このときのみんなが知る由もないのだった。