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「みつき先生、いったいなに用じゃ!?」
「あはははは。真綿はこんな強制的な呼び出しにご立腹みたいだね」
噛みつくような勢いの真綿ちゃんと、いつもどおりといった感じの勇授くん。
真綿ちゃんが怒っているのは、言うまでもなく一目瞭然だったけど。
ともかくふたりは、みつき先生の呼び出しに応じて、体育館まで来ていた。
ふたりと先生、そして孝徳くんと紗月ちゃんは、体育館のステージ袖にいる。
ステージ袖から階段を下りると、そこにはドアがある。ドアの横には、なにやらダンボール箱が積み上げられていた。
今みんながいるのは、そのすぐ前だった。
みつき先生はおもむろにドアの鍵穴にカギを差し込む。
ガチャリ。
カギの外れる音がして、みつき先生がドアを引くと、その中からはホコリっぽい空気が流れ出してきた。
「ここ、あまり使われてないんだけど、倉庫になってるんですよ」
その先生の言葉どおり、それほど広くはない部屋の中に、雑然とダンボールやら予備の椅子やら照明機材やらが詰め込まれているようだった。
ドアの外にあったダンボールは、倉庫に入りきらなかったものを積み上げてあるだけなのだろう。
「それで、悪いんだけど中野さんと藤原くん、ふたりでこの中を整理してもらえるかしら? ダンボールも開けて、いらないのがあったら捨ててくださいね」
「な……っ!? どうしてそんなことを、わらわたちがやらねばならぬのじゃ!?」
さすがに文句が出る。
「いえね、今度ある合唱祭のときに、いろいろと機材を運び込むみたいなの。でも置き場所もそんなに多くないし、この倉庫も使いたいって話になってね。先生のクラスの分担ってことになってたんだけど、忘れてたんですよね~」
なにやら言い訳がましく説明するみつき先生。
「だ……だからといって、なんでわらわと勇授なのじゃ!? それに、孝徳や紗月もおるではないか!」
「別の分担場所もあるから、先生たちはそっちに行かなくちゃいけないんです。というわけで、中野さんと藤原くん、ふたりでここをお願いね!」
文句を飛ばし続ける真綿ちゃんに、先生は有無を言わさぬ勢いでまくし立て、一方的なお願いを伝える。
拒否しようものなら、やはりペナルティーが課せられるに違いない。諦め顔に変わるふたり。
「あはははは。真綿、あまり先生を困らせても悪いし、頑張ろう」
「……むぅ……。しょうがないのぉ。なぜわらわが、こんな疲れそうなことをせねばならぬのじゃ……」
さらに勇授くんからも諭された真綿ちゃんは、ぶつぶつと不満をこぼしながらも倉庫に入っていった。
☆☆☆☆☆
「げほっ、げほっ!」
「あははは、すごくホコリっぽいね、ここ」
「笑いごとではないわ! いくらなんでも、ひどすぎるじゃろう!?」
文句たらたらではあっても、手は動かしている真綿ちゃん。
意外とそれほど嫌そうに見えないのは、勇授くんとふたりきりだからなのだろう。
倉庫の中は物が溢れてごちゃごちゃしているため、自由に動き回れるほどのスペースもない。
そのおかげで、自然と体が触れ合ったりなんかもしているみたいだし。
ちなみにこの倉庫に窓はなく、そのままでは真っ暗だった。
電気を点けてはみたものの、蛍光灯が二本あるうち、一本は切れていた。
その上、積み上げられたダンボールがその蛍光灯の近くにまであるせいで、光が遮られてしまい倉庫の中はかなり薄暗い状態。
ホコリっぽいし、閉めきるわけにもいかない、ということで、ドアは開けたままだった。
と、突然――。
バターン!
「きゃあっ!」
大きな音を立てて、ドアが閉まった。
もっとも、ドアが閉まったことより、真綿ちゃんのなにやら可愛らしい悲鳴のほうが驚きのような気もしたけど。
「あははは。真綿が女の子になってる」
「も……もともと女の子じゃ!」
勇授くんにいつもどおり蹴りを入れつつ、真綿ちゃんはドアノブへと手をかける。
もちろん、閉まったドアをもう一度開けようとしたのだ。
きっと、ドアを開けた状態で止めていたストッパーが外れただけと、高をくくっていたのだろう。
でも……。
「おや?」
ガタガタ、ガタガタ、ガタガタガタガタガタガタ!
真綿ちゃんがどんなにドアノブを回して押そうとも、びくともしない。
念のため引いてみても結果は同じ。
「こ……これは……!」
「あはははは。閉じ込められちゃったみたいだね~。そういえば、ドアの前にダンボールとか積んであったし、あれが崩れたのかな?」
青ざめた顔の真綿ちゃんに対して、勇授くんのほうは、やっぱりいつもどおりだった。
「こんなときに、なにをのん気にしておるのじゃ!? どうしていつもいつも勇授はそうなのじゃ!」
「あはははは。でも、焦っても仕方がないでしょ。ぼくたちがここにいるのはわかってるんだから、あとで先生たちが見つけてくれるよ」
真綿ちゃんはそんな勇授くんに怒りをぶつけるものの、当然ながら楽観的な答えしか返ってこない。
「あとでって、どれくらい待てばよいというのじゃ!? こんなホコリっぽくて狭くて薄暗いところで、しかも勇授なんかと一緒に、何時間も閉じ込められるなんて、わらわは嫌じゃ!」
「あはははは。嫌だって言っても、現にこうなっちゃってるわけだし。出口はこのドアだけなんだから、ここが開かない以上、助けを待つしかないでしょ?」
「それはそうじゃが……! あっ、そうじゃ! ケータイ!」
真綿ちゃんはポケットから携帯電話を取り出す。だけど、液晶画面を見てすぐに落胆の表情となった。
「ダメじゃ……、圏外……」
「あはははは。ぼくはケータイ持ってないしね」
「ぐぅ……、この役立たずめ! というか、勇授、くっつくでない!」
「え? でも、狭いからどうにも……」
「くっつくなと、言うておるじゃろう!」
「わっ、押さないでよ」
「う……うるさいっ! ……あっ」
ドン、ガタガタガタガタッ!
「うわっ!」
「きゃあっ!」
真綿ちゃんが暴れたことで、腕がダンボールにぶつかり、その拍子に積み上がっていたダンボールが、上のほうから順に崩れて落ちてきたのだ。
中身もばらまかれ、ふたりに襲いかかってくる。
そして。
「…………っっ!」
真っ赤になる真綿ちゃん。
その瞬間、
「ちょっと、大丈夫!?」
ダンボールが崩れた音を聞きつけたのだろう、先生たちが倉庫に飛び込んできた。
☆☆☆☆☆
「ごめんなさいね」
助け出された真綿ちゃんたちの前で、みつき先生が頭を下げる。
実は全部、みつき先生が仕組んだことだった。
途中でドアを閉めたのも先生たちで、さらに開かないように押さえつけていたのだという。
みつき先生は、ふたりに仲よくなってもらうためには、距離を縮める必要があると考えた。
というわけで、狭い場所にふたりで閉じ込める作戦を実行したらしい。
「あはははは。でも先生、どうしてぼくと真綿だったの?」
「……中野さん、先は長そうですねぇ」
「う……。な、なんのことやら、わらわにはわからぬのじゃ!」
文句を言いながらも、真綿ちゃんはなんとなく満足顔。
さっきダンボールが崩れたとき。
とっさに勇授くんが身を挺して、真綿ちゃんをダンボールから守ってくれていたのだ。
その際、床に仰向けで倒れた真綿ちゃんを庇った勇授くんは、彼女に覆いかぶさるような形になっていた。
とっさだったから、体勢を整えている余裕なんてなかった。
気づけば勇授くんの顔は、真綿ちゃんの顔のすぐ真横にあった。
重さも同時に感じることにはなってはいたものの、勇授くんの温もりを全身で感じていたため、真綿ちゃんはあのとき真っ赤になっていた。
だからこそ真綿ちゃんは今、ため息をつきながらも満足顔になっているのだった。
「にゃははっ! なかなか面白かったな~!」
「ふふっ、そうね。さすがだわ」
孝徳くんと紗月ちゃんも、面白い余興を見ることができたからか、満足げな笑顔を浮かべている。
そんな中、ただひとり、みつき先生だけが、
「やっぱりわたし、教師に向いてないのかしら……ぐすっ」
と半べそになっていた。