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「それでは、これで帰りのホームルームを終わります~。みなさん、車に気をつけて帰ってくださいね~!」
なんとなく小学校っぽいような気がしなくもない言い方と仕草で、みつき先生が生徒たちに手を振る。
と、そのとき。
ふと思い出したかのように、というより、本当に今思い出したのだろう、先生は慌てて話しかけてきた。
真綿ちゃんと勇授くんの席に集まって、いつものように雑談を開始しようとしていた面々に向かって。
「そうでした。中野さんたち! ちょっとお話があるんですけど、職員室まで来てもらえますか?」
先生からの呼び出し。
というと、たいていは悪さをして説教される、なんて場合が多いだろう。
「あはははは。呼び出しを食らうなんて、真綿、なにをやらかしたの? 遅刻? 忘れ物? 先生への暴行?」
ゲシッ!
昼間にも聞いたようなセリフを吐いた勇授くんは、真綿ちゃんから容赦のない蹴りを食らっていた。
呼び出しを食らっているというのに、あくまでマイペースなふたりだ。
「にゃはははっ! 相変わらずだなぁ! それにさ、真綿ちゃんだけじゃなくて、おいらたちも呼び出されてるんだよ? なんだろうね~、わくわくするよっ!」
「呼び出し……、つまりはタイマンってことね。ふふっ、いいわ。受けて立ちましょう」
……マイペースなのは、残りのふたりも一緒だったようだ。
「あ、あのねえ……。まったく、あなたたちは……。え~っと、詳しくは職員室で話しますけど、呼び出し、というわけではないですよ? ただ、少しだけ気になったので……。とにかく、先生は先に行ってますから、あとで必ず来てくださいね?」
みつき先生は若干ため息まじりにそう告げると、すたすたと教室から出ていった。
☆☆☆☆☆
「それで、どういったご用件でしょうか? やはりタイマンですか?」
「違います!」
職員室で自分の席に座って待っていたみつき先生の前に立つやいなや、紗月ちゃんが先生をからかう。
ま、それもわからなくはない。なんだかこの先生、からかってほしそうなオーラを発しているし。
もちろん本人は、「そ、そんなことはありません!」と、どもり気味に否定するだろうけど。
「こほん!」
軽く咳払いをしたあと、みつき先生はこう切り出した。
「あなたたち、なにか悩みごとがありますよね?」
お……おお~。
この先生、とても頼りない感じだと思っていたけど、さすがに教師の端くれとでも言うべきか、しっかりと生徒たちの様子は見ていたみたいだ。
もともと随分とおかしな集まりである真綿ちゃんたちグループだというのに、その変化に気づけたのは讃えてあげるべきかもしれない。
ともかく、真綿ちゃんたち四人も顔を見合わせる。
最近起こっている、春歌ちゃん絡みの出来事。
そのせいで真綿ちゃんはガラにもなく思い悩んでいた。
周りが気を遣い、いつもどおりのバカ騒ぎになっていることも多かったけど、それでも先生には気づかれていたのだ。
思い悩んでいる理由まではさすがにわかっていないとしても、驚きを隠せない様子の四人。
そんな真綿ちゃんたちに、みつき先生はさらに言葉を続ける。
「なんでも言ってください! 成績の悩みでも、身体的な悩みでも、恋の悩みでも! ぜひ……ぜひ先生に、教師らしく相談に乗らせてください!」
言いながらどんどんとテンションが高まっていったのだろう、先生は身を乗り出し、両手を合わせて懇願するように迫ってくる。
あまりの勢いに気圧される四人。
勇授くんがなにか言おうとはしたものの、すぐに口をつぐんでいた。
真綿ちゃんが三年生の女子生徒に狙われているらしい、ということを正直に相談しようとしたに違いない。
だけど、巻き込んでしまうと先生にも危険があるかもしれない、とでも考えたのだろう。
残りのみんなも、それぞれに考えを巡らせ、口を閉ざしているようだった。
そんな中、真綿ちゃんだけは、ちょっと違っていた。
「い……言えるわけないじゃろう!」
ダッ!
真綿ちゃんはそう叫ぶと、いきなり駆け出し、その場から逃げるように職員室を飛び出していった。
「真綿!」
「中野さん!?」
素早く追いかけたのは、勇授くん。真綿ちゃんを追いかけ、続いて飛び出していく。
それに対してみつき先生は、あまりに突然で椅子から立ち上がることもできず、空しく伸ばした手で空気をつかむのみだった。
「にゃははっ! なにが言えるわけないなんだろうね~?」
「ふふっ、真綿ちゃん、真っ赤になってたわ。さすがね」
残りのふたりは、口々にそう言うだけ。
と――。
「うふふふふふ」
みつき先生がいきなり笑い始めた。
「あれは完全に、恋する乙女の反応ですね! 燃えてきました! 教師生活四年目、そろそろわたしの本領を発揮するときですよね!」
椅子から勢いよく立ち上がり、拳をぐっと握りしめたみつき先生の瞳は、言葉どおりメラメラと熱く燃えているように思えた。
まぁ、熱く、というよりは、暑苦しく、と言ったほうがいいかもしれないけど。
そんな先生の様子を見た孝徳くんと紗月ちゃんは、さぞや呆れていることだろう……なんて思うのはもちろん大間違い。
「にゃははっ! 先生が燃えてる~! 教育は爆発だ~って?」
「ふふっ、面白くなりそうね。さすがだわ」
ふたりはやっぱり、いつもどおりだった。
「それで、先生。具体的にどうするつもりなんですか?」
「うふふふふ、まぁ、見てなさい」
いつもの弱気で頼りないみつき先生からは考えられない、見ようによっては狂気に満ちているとも思える笑みを浮かべながら、そうピシャリと言いきる。
先生はまず、職員室の一角へと向かった。そこにはマイクと放送設備があり、校内のスピーカーから声を流すことができるのだ。
ボタンを押し、ボリュームのツマミを上げると、みつき先生はマイクに向かって声を響かせた。
「二年二組、中野真綿さんと藤原勇授くん。二年二組、中野真綿さんと藤原勇授くん。至急、体育館まで来てください。なお、呼び出しに応じない場合は、ペナルティを課しますので、覚悟してください。繰り返します。二年二組、中野真綿さんと――」
そう、校内放送での呼び出しを敢行したのだ。
呼び出しに応じない場合は、ペナルティを課す。
そこまで言われてしまったら、誰も無視なんかできないだろう。まだ学校内にいれば、という前提条件が必要ではあるけど。
「呼び出し……はいいとして、どうして体育館なんですか?」
「うふふふふ、作戦のためよ。それじゃ、行きましょうか!」
みつき先生は孝徳くんと紗月ちゃんにそう言うと、職員室の後ろ側の壁にかけてある中から、ひとつのカギをつかみ取り、さっさと職員室を出ていく。
「にゃはははっ! ま、行こうかね!」
「ふふっ。当然よ。最後まで見届けなきゃ」
ふたりは楽しそうに含み笑いをこぼしながら、急ぎ足で先生を追いかけていった。