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「わらわは、女王卑弥呼の生まれ変わりじゃ!」
真綿ちゃんは、そう言い張っている。
だからこそ、あんな高圧的な喋り方をしているのだ。
クラスメイトたちはもちろん、「なに言ってんだか、この電波女」的な冷めた視線で見ているわけだけど。
たまにさっきの男子生徒のように突っかかってくる者もいる。
いつものことだとわかってはいても、さすがにあんな喋り方で人を見下したような態度を取られたら、思わず怒りに我を忘れてしまっても不思議ではないだろう。
そんなとき、真綿ちゃんをいつでも守っている、というかフォローしているのが、さっきも男子生徒のこぶしを受け止めた、あの勇授くんだった。
生まれたときから家が隣同士だったふたりは、いわゆる幼馴染みというやつだ。
小さい頃から気づけばいつでもそばにいて、常に一緒に遊んでいる仲だった。
もう、そばにいるのが当たり前、という感じになってさえいるだろう。
ふたりは同じ幼稚園に入り、同じ小学校に通い、同じ中学校に入学した。
小学校に在籍している頃には違うクラスとなったこともあったけど、中学二年生の今では同じクラスとなっている。
教室内でも自然と一緒にいることが多くなり、いつも仲よくお喋りしている……というよりも、じゃれ合っている、と言ったほうがいいのかもしれない。
周りから見れば、それはさながら夫婦漫才のように息のピッタリと合った、誰にも邪魔のできないふたりだけの世界、という印象だった。
喋り方は変わっていても、それを気にするふうでもない勇授くんと、文句を言ったりはしながらも、勇授くんに絶大な信頼を寄せているとしか思えない真綿ちゃん。
どう考えても、お似合いのカップルとしか言いようがないのだ。
本人たちは今のところ、お互いにただの幼馴染みとしか思っていないみたいだけど、将来的にはいつの間にかくっついていたりするのだろう。
というか、しつこいようだけど、ボクとしてはそうなってもらわなきゃ困るのだ。
「ふ~、歴史の授業というのは、どうしてこうもつまらないのじゃろうか」
チャイムが鳴って教師が教室から出ていったのを見計らい、真綿ちゃんはため息まじりの言葉を吐き出す。
傲慢な物言いをする真綿ちゃんではあるけど、教師に対してはさすがに遠慮があるようだ。
いくら女王卑弥呼の生まれ変わりを自称する彼女でも、停学とか退学とかになったら困る、という考えはあるのだろう。
「真綿、卑弥呼の生まれ変わりだとか言っておきながら、歴史は苦手?」
「あのな、勇授。当たり前じゃが、わらわがもともと生きておった時代には、邪馬台国も過去の歴史ではなかったのじゃぞ?」
「あ~、なるほど。確かにそうだね~。あははは」
「むぅ、勇授! ちょっとわらわをバカにしておらんか!?」
「え? そんなことないよ~。あはははは」
「その軽い笑いが、なんかムカつくのじゃ!」
「あはははは。でも卑弥呼様は、ムカつくなんて言葉は使わないと思うな~」
「うっ! それは、その……、郷に入りては郷に従えというやつじゃ! 時代に合わせて臨機応変に対応するのが、女王としての務めなのじゃ!」
「はいはい、わかったわかった」
「ぐあ~! その態度がムカつくと言うておるのじゃ~~~!」
そんなやり取りを、恥ずかしげもなく続けているふたり。
もちろんクラスメイトは、生温かい目で遠巻きに見ているわけだけど……。
「にゃははっ! 勇授と真綿ちゃんは、相変わらず仲がいいね~!」
「ふふっ、ほんとね。ちょっとうらやましくなっちゃうくらい」
そんな勇授くんと真綿ちゃんに、ふたりのクラスメイトが近づいてきた。
他のクラスメイトたちとは違い、このふたりだけはさほど気にすることなく、勇授くんと真綿ちゃんの世界に足を踏み込んでくる。
「なにを言うておる! わらわと勇授は、主人と下僕の関係じゃ! 勘違いするでない!」
「あはははは」
きっぱりと言いきる真綿ちゃんにも、勇授くんはお馴染みの笑い声を上げるだけ。
「にゃはははっ! 勇授は勇授で、笑ってばっかだし! ま、いいけどさっ!」
この、にゃははと笑っているほうは、天童孝徳くん。
非常に明るいのだけど、少々適当な性格。笑い声だけじゃなく容姿もなんとなく猫っぽい感じで、八重歯がチャーミングな可愛い系。
といっても、名前からもわかるとおり、男子生徒だ。
ただ、中学生だというのに小学生と見まごうばかりの背の低さ。
女子から可愛いと言われて頭を撫でられたりするたびに、「やめろ~! おいらは子供じゃないやいっ!」と、まだ声変わりをしていなさそうな声で叫ぶ。
その声を聞いた女子たちは余計に、「きゃ~、かっわい~!」と声を大にして騒ぎ出す結果となるのだけど。
「あまりよくないと思うな。勇授くんはもうちょっと自己主張したほうがいいと思うよ? 嫌なら嫌って、ビシッと言わないと。……あ、でも、嫌じゃないのかな? ふふっ」
そして、控えめながらもはっきりと意見を示しているこの子のほうは、山本紗月ちゃん。
声は小さいし、若干地味な印象を受けるため、とてもおとなしい女の子というイメージで見られがちなのだけど。
意外と芯の通った、しっかりとした子でもある。
真綿ちゃんは自分のことを女王卑弥呼の生まれ変わりだなどと言って、高圧的で見下したような態度を取る。
触らぬ神に祟りなし。
そう考えているほとんどのクラスメイトは、真綿ちゃんに対して積極的に話しかけたりはしない。
例外なのは、幼馴染みの勇授くんを除けば、この孝徳くんと紗月ちゃんのふたりくらいだった。
そんなわけで、教室内では自然とこの四人で一緒にいることが多くなっていた。