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春歌ちゃんは、真正面に向き合って立っていた紗月ちゃんを避けるように一旦斜め前に移動、そこからさらに地面を蹴って斜めに切り込むように飛ぶ。
そのまま足を伸ばし、飛び蹴りの体勢を形作った。
とっさに動いたのは勇授くんだった。
真綿ちゃんの前に身を挺し、庇うように身構える。
と、その目の前に、突如として割り込んでくる影があった。
ガシッ!
襲いかかってきた春歌ちゃんの蹴りを、両腕をクロスさせて受け止める。
それは孝徳くんだった。
「ここは、おいらに任せて!」
「おーっほっほっほ! あたしの邪魔をするなんて、おバカな人ですわね~。お望みどおり、あなたから始末して差し上げますわ!」
睨み合うふたり。
真綿ちゃんを背後に庇う勇授くんは、構えたままじりじりと下がって距離を取る。
当然ながら、背後の真綿ちゃんもそれに合わせてあとずさりする。
紗月ちゃんのほうも、すでに距離を取っていた。
春歌ちゃんと孝徳くんから少し離れた地面に、座り込んでいる。
……いや、距離を取ったのではなくて、逃げていただけみたいだ。完全に腰を抜かしているようだし。
冷静に言い合ってはいたものの、紗月ちゃんは口先担当だった、ということか。
もしかすると孝徳くんが飛び出したのは、無防備になった紗月ちゃんを守るため、という理由もあったのかもしれない。
そんな孝徳くんに、春歌ちゃんが襲いかかる。
手やひじを使った打撃技に、蹴り、ひざ蹴りなどをまじえ、隙あらば組みついて投げ技に持っていく構え。
打撃や蹴りを腕でどうにかガードし、組みついてくる隙は与えずに、素早く間合いを取る。
一進一退の攻防が繰り広げられていた。
戦い慣れした雰囲気をかもし出す春歌ちゃんに対して、孝徳くんはいまいち頼りない印象。
たまに足もとをふらつかせたりしながらも、間一髪で攻撃をしのいでいる。
機会をうかがい、時おり反撃に打って出るものの、それらはあっさりと受け止められてしまう。
明らかに孝徳くんが不利。
そう思える状況ではあった。
でも、どういうわけか決着はつくことなく、時間だけが流れる。
「おーっほっほっほ! すぐに沈めて差し上げるつもりでしたが、なかなかやりますわね。ですが、足がふらついていますわよ?」
「にゃははっ! そう見えるだけだよ! ……おいらは素早さが売りなんだからねっ! ……はぁ、はぁ」
あれだけ動いたのに涼しそうな顔で笑い声を響かせている春歌ちゃん。
それに対して、軽口を叩いて答える孝徳くんのほうは、息も上がって苦しそうだった。
「……春歌さんは、どうやら武術の心得があるみたいだね。しっかりとした隙のない構えと動きだ」
ポツリと、勇授くんがつぶやく。
思えば勇授くんはさっきから――春歌ちゃんが通学路で目の前に立ち塞がってから、ずっと黙っていた。
どうやら春歌ちゃんの様子をじっとうかがっていたようだ。
勇授くんの家は、昔、道場を開いていた。
父親が藤原流の拳法の使い手だったのだ。
そして勇授くんは、そんな父親に幼い頃からしごかれ、その藤原流拳法を身につけていた。
もっとも、のほほんとした勇授くんが、そんな拳法を実際に使うことなんて、ほとんどないのだけど。
ちなみに、安い料金で指導することをうたい文句としていたためか、父親の道場はつぶれ、かなりの借金が残ったらしい。
それを支えたのが、真綿ちゃんの両親だったというのだから、勇授くんがその子供である真綿ちゃんに頭が上がらないのも、当然の流れだったのかもしれない。
……ま、勇授くんと真綿ちゃんの場合、本人たちの性格のせい、という要素のほうが大きいような気がするけど。
と、それはともかく。
真綿ちゃんは勇授くんのつぶやきを聞き、質問を返した。
「孝徳のほうは、どうなのじゃ?」
「ん……全然なってないね、あれは。完全に、ど素人だよ」
返ってきた答えに、真綿ちゃんは青ざめる。
「そ……それじゃあ、マズいのではないか!?」
その言葉どおり、事態は悪いほうへと流れる。
孝徳くんが足をもつれさせ、地面に尻餅をついたのだ。
孝徳くんの目の前に、勝ち誇ったような表情の春歌ちゃんが立つ。
「よく頑張りました。ですが、ここまでですわね。さあ、覚悟なさい!」
余裕の笑みすら浮かべながら、最後の一撃を加えようと春歌ちゃんが動きを見せた、そのとき。
「孝徳!」
真綿ちゃんが突然飛び出した。
勇授くんが止める隙もなく、真綿ちゃんは孝徳くんに駆け寄ろうとする。
それを見た春歌ちゃんは、あっさりとその標的を変えた。
真綿ちゃんのほうへ!
もともと春歌ちゃんのターゲットは真綿ちゃんなのだ。それも当たり前だろう。
とっさの判断だったからか、さすがに中途半端な形ではあったけど、真綿ちゃんに体当たりをかます春歌ちゃん。
小柄な真綿ちゃんの体は、成すすべもなく吹き飛ばされてしまう。
春歌ちゃんは追撃の体勢に入ろうとしたものの、すぐにその動きを止めることになる。
倒れていた孝徳くんが春歌ちゃんの足にしがみついたからだ。
春歌ちゃんは、飛びかかろうとしていた勢いで、派手な音を立てながら転倒する。
一方、吹き飛ばされた真綿ちゃんは、勇授くんがしっかりと受け止めていた。
「くっ、この……、痛っ……!」
すぐに立ち上がって孝徳くんに反撃を加えようとはしたのだろう。
だけど、その春歌ちゃんの顔が歪む。
どうやら孝徳くんにしがみつかれて転ばされたときに、足を痛めてしまったようだ。
「……お……覚えてなさい!」
春歌ちゃんの状況判断は迅速だった。
一瞬で身を翻すと、少し足を引きずるようにしながらも、素早い動作で公園から飛び出していく。
孝徳くんと紗月ちゃんのふたりは地面に倒れたまま、そして勇授くんは、両腕で真綿ちゃんのことを抱きとめたまま、春歌ちゃんが逃げていくのを黙って見送った。
「真綿、大丈夫?」
真綿ちゃんのすぐ目の前から、勇授くんの気遣いの声が響く。
気遣い、だけでなく、息遣いも感じられる、そんな間近な距離だ。
抱きとめられているのだから、それも当然なのだけど。
「あ……ありがとう。褒めてつかわすぞよ」
真っ赤になりながらも、真綿ちゃんはそう言って勇授くんにしがみつく。
「あはははは。でも、褒めるなら孝徳のほうでしょ」
対する勇授くんのほうは、いつもどおりの笑い声を返すだけだった。