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ひそひそひそ……。
校舎内のとある一角、人なんてまず通らないこの場所で、なにやらひそひそと話し合う声が微かに響いていた。
屋上へと出るためのドアは、安全上の理由から普段はカギがかけられ、閉めきられている。
だから階段を上った先にあるそのドアの前のスペースは、隠れてなにかするには絶好の場所と言えるのだ。
時間は昼休み。
素早く給食を食べ終えた四人の生徒たちが、いそいそとこの場所に身を潜めた。
言うまでもなくそれは、真綿ちゃん、勇授くん、孝徳くん、紗月ちゃんの四人だった。
「わらわはあのあと、いろいろと調べさせてみたのじゃ」
いつもは大声で喋る真綿ちゃんも、さすがに他の三人の雰囲気に呑まれているのか、ひそひそと小声でそう言った。
真綿ちゃんがそのことを最初に教室で切り出したとき、紗月ちゃんが素早く場所を変えようと提案した。
昨日の作戦会議で決めたとおり、慎重になっているからだろう。
そこで、四人はこの場所までやってきていたのだ。
「調べさせた? 真綿ちゃんって、ご両親と三人暮らしのはずだよね? もしかしてご両親にまで命令とかしてるの?」
「あはははは。真綿の家は大金持ちだから。お手伝いさんとかもいるんだよ」
孝徳くんの疑問に、勇授くんが答える。
だけど普通、お手伝いさんというのは家事なんかを手伝うものだと思うのだけど。
「ともかくじゃな、調べさせた結果が、さっきメールで届いたのじゃ」
「ふふっ、ケータイの持ち込みは禁止されてるのに、校則違反も怖れないなんて。さすがね」
「あはははは。でもほとんどみんな、持ってきてない?」
「にゃははっ。持ってる人は、だいたいそうかもだね~。具体的に言うと勇授以外全員?」
「あはははは」
「話の腰を折るでない。ともかくじゃの、これがそのメールなのじゃが……」
真綿ちゃんは意外なほど可愛いデザインの携帯電話の液晶画面をみんなに見せる。
差出人 : ガロ
件名 : 調査結果
メール本文 :
先日頼まれた調査の結果について報告します。
史実にあるとおり、大化の改新の引き金となった乙巳の変にて、
中大兄皇子が中臣鎌足とともに蘇我入鹿を暗殺しましたが、
どうやらそれには裏があったようです。
中大兄皇子は女王卑弥呼の子孫、
そして蘇我入鹿は卑弥呼を暗殺した家臣の子孫だったのです。
どうやら、先祖の記憶が残ったまま生まれてしまうことが、ごく稀にですがあるようで、
このときの中大兄皇子と蘇我入鹿もそうだったと、ある筋から情報を得ました。
卑弥呼の記憶に影響された中大兄皇子が、自分を殺した家臣の子孫である蘇我入鹿に
恨みの念を募らせ、暗殺するまでに至った。
それがこの事件の真相だったらしいのです。
「にゃははっ、真綿ちゃん、いったいなにを調べさせてたの……?」
「黙って続きを読むのじゃ」
突然日本史の授業で出てくるような名前を目にして思わず疑問を口にした孝徳くんを、真綿ちゃんは素早く一喝し、メールの続きを見せる。
真綿さんは女王卑弥呼の生まれ変わりだと言っていますが、
それはこのときの中大兄皇子と同じ状況なのかもしれません。
なぜなら真綿さんは、中大兄皇子の子孫にあたる家系だからです。
それは中野、という名字からも、その痕跡がうかがえるかと思います。
また、中臣鎌足、すなわちのちの藤原鎌足の子孫にあたるのが、
藤原勇授くんのようですし、その上、暗殺された蘇我入鹿の子孫は、
真綿さんの前に現れたという、蘇我春歌さんのようです。
春歌さんという人が女王卑弥呼の家臣の生まれ変わりだと言っているのならば、
さらにこの辺りの記憶も残っているということが考えられます。
そうであれば、恨みの念を持っていたとしても不思議ではないでしょう。
記憶が完全に残っていなかったとしても、潜在意識の中で無意識のうちに
影響を与えてしまう、つまり、なんとなく真綿さんを見て、理由もわからずに
怒りが湧き上がってくる、といったこともあるかもしれません。
こちらで調査は続行しますが、くれぐれも気をつけてください。
「……というわけなのじゃ」
「う~ん……。これって、本当なのかしら?」
さすがに信じられない、といった様子で、紗月ちゃんが眉をしかめている。
それも当然だろう。
大化の改新に関わった歴史上の人物が真綿ちゃんたちの先祖で、その過去の記憶を引きずって恨まれているのかもしれない、だなんて。
「どうじゃろうのぉ。わらわにもわからぬ。じゃが、ガロの調査の腕は確かなはずじゃ」
「そのガロって人は、お手伝いさんなの?」
真綿ちゃんの言葉に、孝徳くんは再び疑問をぶつけた。
「ん……、まぁ、そんなもんじゃ。わらわのことを、ずっと可愛がってくれておる」
いまいちはっきりしない受け答えだったものの、今はそんなことを気にしている場合でもないだろう。
「とにかく、追加の調査結果を待ちつつ、今まで以上に慎重に行動する必要がありそうね」
紗月ちゃんが結論をまとめ、みんなが黙って頷くのと同時に、昼休み終了五分前を知らせる予鈴が鳴り響いた。