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次の日、真綿ちゃんは昨日のことを、言われていたとおりみんなに相談した。
みんなといっても当然ながら、孝徳くんと紗月ちゃんのふたりなのだけど。
教室移動の多い日だったため、なかなか話す機会が持てなかったものの、どうにか昼休みに話し始めたところで、真綿ちゃんのいつにない真剣さに気づくいつもの面々。
茶化したりもせず、真綿ちゃんの話を少し聞き始めた段階で、紗月ちゃんはこうつぶやいた。
「これは、じっくり腰を据えて話し合ったほうがよさそうね。学校だと、その春歌さんっていう先輩が聞いているかもしれないわ。本人じゃなくても、仲間の人にスパイさせる可能性だってありえるし……」
「うん、そうだねっ。よっし、それなら放課後、みんなで勇授の家に行って作戦会議だ!」
「あはははは。どうしてぼくの家なんだろう~? ま、いいけどね」
孝徳くんの提案、というか強制にも、勇授くんはいつもの笑い声を返すだけだった。
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辺りに視線を巡らせ、警戒しながら通学路を歩く、怪しい四人組。
ま、学ランとセーラー服に身を包んでいるのだから、さほど目立ったりはしないだろう。
もっとも、真綿ちゃんが口を開いたら、目立ってしまうのは免れない。
それはみんなもわかっていて、勇授くんの家に着くまで喋らないよう、真綿ちゃんに念を押していた。
ちなみに、喋ったら一回ごとに一枚ずつ問答無用で服を脱がす、と紗月ちゃんが勝手にルールを決めていた。
さすがに文句を言う真綿ちゃんだったけど、紗月ちゃんは容赦ない。
今からスタートよ、と紗月ちゃんが宣言すると、真綿ちゃんもしぶしぶながら口を閉じた。
いくら真綿ちゃんといえども、どうやら紗月ちゃんが本気らしいということは、その鋭い目を見てわかったようだ。
勇授くんだけは、わかっているのかいないのか、いつもどおり笑っているだけだったけど。
いつもと比べるとかなり静かな下校風景。
ただ、真綿ちゃんが口を閉ざしていても、今日は勇授くんの他に、孝徳くんと紗月ちゃんもいる。
というわけで、警戒しながらも、真綿ちゃんを除いた三人でお喋りしつつの下校となっていた。
「昨日はこの辺りで、春歌さんって人に会ったのよね?」
こくん。
質問されても、律儀に言われたことを守って、返事は首を縦に振るだけの真綿ちゃん。
もし喋ってしまったら、紗月ちゃんのことだし、「ふふっ、誘導尋問にかかったわね」とか言って、約束どおり服を脱がしにかかるかもしれない、などと考えているだろう。
「ちっ……」
なにやら紗月ちゃんが小さく舌打ちする音が聞こえたような気もしたけど、聞かなかったことにしておこう。
「にゃはははっ! でも、ほんとなのかなあ?」
「う~ん。どうだろうねぇ」
「ほら、今ここで話すのも危険かもしれないんだから。勇授くんの家に急ぎましょう」
自分から話題を振ったはずなのに、そうのたまう紗月ちゃんに、はいはい、わかりました、と服従の声を発する男子二名。
いつもは激しくうるさい真綿ちゃんの陰に隠れて目立たないけど、やっぱり紗月ちゃんも結構な女王様的立ち位置にいるのかもしれない。
☆☆☆☆☆
「みなさん、いらっしゃいませです。お兄ちゃんのお友達と、恋人と、愛人のかたですか?」
お菓子類が盛りつけられたお皿と全員分のティーカップを乗せた大きなトレイを両手に抱えながら、女の子が勇授くんの部屋に入ってきた。
この子は、勇授くんの妹だ。
唯夢という名前で、小学校四年生。メロンをかたどった飾りがついたゴムで髪を束ね、サイドテールにしている。
見るからに子供らしくて可愛らしい印象の女の子だ。
それにしても、いきなりのその発言はどうかと思うのだけど……。
「あはははは。唯夢、そんなんじゃないよ。この人たちは、ぼくのご主人様と悪友ふたりだから」
対する勇授くんも、なかなかに失礼な言葉で返答する。
「あはっ。お兄ちゃん、なんか、え~っと、学校生活だいじょーぶですか? ゆいむ、これでつかみはオッケーって思って、あんなふうに言っただけだったのに……」
……どうやら勇授くんと違って、なかなかしっかりした妹のようだ。
「ふふっ、唯夢ちゃん。お紅茶とお菓子、持ってきてくれてありがとう。それにしてもあなた、なかなかやるわね」
「いえいえ、そんなことないですよ、愛人のかた」
紗月ちゃんの言葉にも、微かに「にまっ」とした笑みを浮かべて答える唯夢ちゃん。
それを聞いた孝徳くんは、面白がってこんなことを言い出した。
「にゃはははっ! 愛人は紗月ちゃんのほうか! とすると、真綿ちゃんが恋人に認定された、ってことだよねっ!」
もちろん真綿ちゃんに対してニヤニヤした顔を向けながら。
「なぬっ!? そそそそそそんなこと……! わ……わらわは、べつに勇授とはそういう関係では、ないのだぞよ!?」
予想どおりというか、思惑どおりというか、真綿ちゃんは焦りの表情をありありと浮かべて否定する。
「そういう関係って、どういう関係ですか~? ゆいむ、わからないです~。教えてください、恋人のお姉ちゃん~」
「むむむっ!? いやその、じゃな、つまり、そういう関係というのはじゃな……」
すかさず繰り出された唯夢ちゃんからの質問に、真綿ちゃんは真っ赤になりながら、はっきりしない言葉をもごもごと繰り返していた。
からかわれてるというのに、まったく気づいていないのだろう。
それにしてもこの唯夢ちゃんって子、かなり小悪魔入っているようだ。将来が若干心配かもしれない。
「あはははは。こら唯夢、ぼくのご主人様をいじめちゃダメでしょ?」
「はぁ~い。それじゃ、ゆいむは退散しますね。みなさん、ごゆっくり~!」
勇授くんがさすがに見かねたのか、妹をたしなめると、唯夢ちゃんは明るい笑顔を振りまきながら部屋をあとにした。
☆☆☆☆☆
「……ま、そろそろ本題に入りましょう」
紗月ちゃんの宣言で、本来の目的――作戦会議が開始されることになった。
といっても、すでにかなり時間が経ったあとではあったのだけど。唯夢ちゃんが持ってきた紅茶とお菓子も、すべてなくなっているし。
ともかく、あまり遅くなるのも問題だと思ったのか、みんなはかなり足早に作戦を立てていく。
「春歌さんって先輩、裏切られた家臣の生まれ変わりって言ってるということは、かなり危険そうよね」
「そうだね、わざわざ向こうから真綿ちゃんに声をかけてきたわけだし!」
「やっぱり気をつけるべきだわ。もっと慎重にならないと……。そうね、これからは、なるべくみんなで一緒に行動するようにしましょう」
「学校の行き帰りも、ちゃんと守らないとだねっ。それじゃ、おいらと紗月ちゃんも毎朝真綿ちゃんを迎えに来て、帰りも家まで送ることにしよう!」
「それがいいわ。そうしましょう」
「勇授は今までも一緒だったけど、これまで以上にしっかりエスコートするようになっ!」
「あはははは」
「なるべくくっついて歩いたほうがいいね! 腕を組むとかさっ!」
「そそそそ、そうじゃの!」
「あはははは」
主に紗月ちゃんと孝徳くんのふたりで、話はどんどんと進められていた。
真綿ちゃんも自分を守ると言ってもらえているからなのか、珍しく否定の言葉を挟んだりもせず、素直に受け入れているようだった。
……若干、というかかなり、真っ赤になっているようにも見えたけど。
勇授くんと腕を組んで登校というのが、嬉しくも恥ずかしいのだろう。
対する勇授くんは、いつもどおり笑っているだけ。
幼い頃に真綿ちゃんのお母さんに言われたことを忠実に守っている、とも言えるわけだけど。
……それよりも単純に、勇授くんの性格、というだけな気がする。
そんなこんなで、さくっと作戦会議は終わりを告げたのだった。