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放課後となり、真綿ちゃんはいつもどおり、勇授くんとふたりで通学路を歩いていた。
ふたりの家は学校から結構遠い。
校門から出てすぐの場所だとたくさんの生徒たちが歩いているけど、家が近づくにつれて学生の姿は徐々に少なくなっていく。
その代わりに、駅前商店街が近くなる分、買い物帰りの主婦だとかが増えてくるのだけど。
そんな通学路も、時間と偶然の産物として、たまにぱったりと人通りが途絶えたりすることがある。
今がまさにそのときのようで、真綿ちゃんと勇授くんの周りには、人っ子ひとり見えなくなっていた。
「む~……」
「真綿、まだ悩んでるの? ブサイクな顔が余計にひどくなってるよ?」
「お……おぬし、絶対にケンカを売っておるじゃろう!?」
いつもながらの怒鳴り声を響かせる真綿ちゃんだったけど、すぐに、
「む~……」
と、再びうなり声を上げ、勇授くんいわくブサイクな顔へと逆戻りするのだった。
「あはははは。真綿、そんなブサイクな顔して歩いてると、みにくいもの見せるな~とか言って変質者に殺されちゃうかもしれないよ?」
学習能力のない勇授くんは、またしても真綿ちゃんの逆鱗に触れるようなことを口走る。
だけど、このときばかりは真綿ちゃんの反応も違っていたようだ。
「殺される……。あ……、それじゃ! そうじゃった……、うむ、間違いないぞよ!」
「?????」
なにやら、謎はすべて解けた! とでも言わんばかりの納得顔を浮かべている真綿ちゃんと、疑問符を浮かべまくっている様子の勇授くん。
「勇授よ、わらわは思い出したのじゃ! 過去の……、忌まわしい事件を!」
☆☆☆☆☆
真綿ちゃんは、女王卑弥呼の生まれ変わりだ。
それは今までにも真綿ちゃん自身が何度も言っていた。
はたしてそれが真実なのか否かは、この際置いておくとしよう。
ともかく真綿ちゃんは、その卑弥呼だった頃の記憶を取り戻したというのだ。
もし本当にそうなら、日本の歴史にとってはものすごい大発見ということになるだろうけど。
ただ、どうやら真綿ちゃんが思い出したのは、ごく一部だけらしい。
その一部の思い出したこと、というのが――。
「女王卑弥呼だったわらわは……、家臣のひとりに、裏切られて、そして……、こ……殺されたのじゃ……。就寝中に忍び込まれ、そのまま……」
「…………」
さすがの勇授くんも、いつもの笑い声を漏らすことすら忘れ、真綿ちゃんの言葉を頭の中で反芻しているようだった。
「おーっほっほっほ! ようやく、思い出しましたのね!」
唐突に、高らかな笑い声が響く。
この声は……。
「蘇我春歌!」
そう、昨日も声をかけてきた三年生、春歌ちゃんだった。
それにしても真綿ちゃん、仮にも先輩である相手に対して、フルネームの呼び捨てだなんて。
真綿ちゃんらしいといえばらしいのだけど。
「そうですわ! それに、邪馬台国であなたに仕えていた家臣の生まれ変わりでもあるのです!」
そんな真綿ちゃんの態度を意に介することもなく、春歌ちゃんはそう言ってのける。
「な……なんじゃと!? そうすると、あのときわらわを裏切り、寝首をかいたのは、おぬしじゃったというのかや!?」
「おーっほっほっほ、そうですわね。もっとも、生まれ変わる前のことですから、あたし自身ではないですけれど。この歳で殺人犯になんてなりたくないですし」
春歌ちゃんはあっさりと認める。
はるか昔、女王卑弥呼を裏切って殺した人物。その生まれ変わりと称するこの三年生が、いったいどうして真綿ちゃんに近づいてきたのか。
いまいち理解できないところだ。
そんな話を知られたら、生まれ変わる前のことだとはいっても、逆に真綿ちゃんから恨まれてしまう危険性だってあるだろうに。
それとも、その当時と同じように、真綿ちゃんを殺すと宣言でもするつもりなのだろうか?
……というようなことを、どうやら勇授くんも考えていたようだ。
「真綿ちゃんを……殺すつもりなの?」
普段は見せないような真面目な険しい顔で春歌ちゃんを睨みつけながら、勇授くんは疑問をぶつける。
真綿ちゃんを守るように、さりげなく自分の身を春歌ちゃんとのあいだに滑り込ませていた。
頼りがいがあるかどうかは微妙なところだけど、真綿ちゃんを守るナイト様、といったところか。
でも春歌ちゃんは、勇授くんの言葉を軽く一笑にふす。
「ほほほ、殺人犯になんてなりたくないと、先ほども申し上げましたわよ? それに、そんな野蛮なマネ、このあたしがするとでも思うのですか?」
「で……では、いったいなにをしに、わらわの前にのこのこと現れたというのじゃ!?」
真綿ちゃんは間髪を入れず、大声を張り上げて怒鳴りつける。
いくら生まれ変わる前、ずっと昔の出来事とはいえ、家臣に裏切られて殺されたことを思い出したというだけでも、相当なショックだったはずだ。
ましてや、間違いないとまで言いきって納得顔だった真綿ちゃんなのだから、殺されたときのやり取りや、もしかしたら息絶えるまでの苦しみまでも思い出してしまったのかもしれない。
そんな状況であれば、自分を殺した張本人に対して怒りの念を持ってしまうのも当然と言える。
ただ、その声があまりに大きくなっていたからというのもあり、周囲には人が集まり出していた。
「おほほほほ、騒がしくなりそうですので、今日はこれくらいで引き下がらせてもらいますわね。それでは、ごきげんよう」
涼しい顔でそう言い残すと、春歌ちゃんは長いストレートの黒髪を揺らしながら去っていった。
あとには唖然とした顔の勇授くんと真綿ちゃんが取り残され、そんなふたりには通りがかりの人から訝しげな視線が向けられていた。