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「わらわを愚ろうするとは、失礼千万! そこになおれ、愚か者!」
いつものごとく、教室に響き渡る女の子の声。
可愛らしい声質だというのに、なんたる高圧的な喋り方だろう。
この子は中野真綿ちゃん。
ぱっと見だけなら、どこにでもいる普通の女の子っぽいのだけど。
普通の女の子ではないっていうのは、その喋り方からも明白だよね。
「な……なんだよ、中野! お前、なんでそんなに偉そうなんだよ!?」
愚か者呼ばわりされた男子生徒が、さすがに文句の言葉を叫び散らす。
ま、それも当然の反応というものか。
とくに都会というわけでもなく、田舎ってわけでもない、ここ、三沢山原町。
なにやら、沢で山で原でと、わけのわからないネーミングの町ではあるけど。どこにでもあるような静かな住宅街だ。
そしてその一角に存在している、三沢山原第二中学校。
その二年二組の教室で今、騒がしい言い争いが繰り広げられていた。
なんというか……子供らしくていいとは思うけど……。
それにしたって、あの喋り方はないだろう。
いやはやまったく、最近の若者っていうのは、礼儀がなってないな。
……と言ってしまうのも、ちょっと問題があるかもしれない。
なにせあの真綿って女の子には――。
「偉そうとはなんじゃ! わらわは本当に偉いのじゃ! 頭が高い!」
「ふざけんな! 泣かしてやろうか!?」
おっと、いつの間にやら言い争いがエスカレートして、今にも取っ組み合いのケンカでも始まりそうな雰囲気になってしまったようだ。
確かにあんなことを言われたら怒るのももっともだとは思うけど、それでも男子たるもの、女子に手を上げてしまうというのは、いささか教育がなっていないと判断せざるを得ない。
こぶしを振り上げて真綿ちゃんを威嚇し始める、怒り心頭の男子生徒。
おそらく彼は、いくらおかしな喋り方をしていても真綿ちゃんは女の子だから、暴力を振るわれると感じたら引き下がるだろうと、そう考えたに違いない。
でも、予想どおりというべきか、真綿ちゃんはやっぱり普通じゃなかった。
「はっ! 言葉で敵わなぬとすぐに暴力に訴える。なんと低俗な男であろう。汚らわしいのぉ。おぬしなぞと言い争いをしているだけでも、汚らわしさがうつってしまいそうじゃ。それ以上、近寄るでないぞ!」
「な……っ! てめぇ、許さねえ! 女だからって手加減しないからな! 歯ぁ食いしばれ!」
怒りで真っ赤になった男子生徒が、事もあろうに真綿ちゃんの顔面目がけて、鋭いパンチを繰り出す。
うわぁ……。
いくらなんでも、あんなのを食らったら、さすがにひとたまりもないだろう。下手をしたら、鼻の骨が折れてしまうかもしれない。
このケンカっ早い男子生徒は、ボクシング部所属だったりするわけだし。
プロじゃないにしても、一応トレーニングなんかもしている身の上で、ケンカにこぶしを持ち込むだなんて、やっぱり教育がなっていない。
だけどその男子生徒のこぶしは、真綿ちゃんの鼻っ柱を折ることはなかった。
折るどころか、ターゲットである真綿ちゃんの顔面にまで、届きすらしない。
顔面にぶつかる間際、パシッといい音を響かせて受け止められたからだ。
「やめなよ。こんなでも、一応女の子なんだから」
ここでようやく、王子様の登場だ。
彼は藤原勇授くん。
颯爽と登場したものの、なんだかパッとしない容姿で、細身だし、見るからに弱々しい。
頼りになるような存在とは、お世辞にも言えなかった。
とはいえ、そんな弱々しい彼でも自分を助けるためにこうして飛び出してきてくれたのだから、真綿ちゃんのほうもさぞや感謝していることだろう――と考えるのは、このふたりに関する初心者だけだ。
「一応とはなんじゃ! この無礼者! おぬしはわらわの下僕なんじゃから、もっと素早く行動せねばいかんじゃろう!? こんな愚か者なぞ、あらかじめ排除しておくくらいの気遣いは見せてほしいものじゃ!」
「あははは……、そうだね。ごめん、真綿」
なんというか、あまりにもひどい言われよう。
それなのに、対する勇授くんのほうは笑顔を崩さず、べつに自分は悪くないだろうに、素直に謝罪の言葉を述べる。
「真綿様と呼べと、いつも言うておろうが!」
バシバシバシ!
「あはははは……」
不条理な言われようの上に、頭への平手打ちを容赦なく食らいながらも、勇授くんはただ笑い声を上げるのみ。
「ちっ……。もういいや。おれの負けだよ。ったく、勇授もどうしてこんな電波女の肩を持つんだか」
「無礼な! わらわを愚弄するとは、失礼千万! おぬし、もう一度そこになおれ! 天誅を食らわ……もごごごごごっ!?」
さすがに呆れたのか、捨てゼリフを吐いて立ち去ろうとしていた男子生徒に、真綿ちゃんはなおも食ってかかろうとする。
勇授くんは、そんな真綿ちゃんの口を手のひらで塞いで押さえつけた。
「はいはい、わかったから。でももうチャイムも鳴ったから。席に着こうね」
「む、むぅ……。仕方がないのぉ……」
不満を漏らしながらではあったけど、真綿ちゃんは勇授くんに引きずられながら、しぶしぶと席に戻っていく。
周りの生徒たちにとって、はた迷惑なだけのふたりではあるけど、何者をも割り込ませない独特の雰囲気を漂わせている。
ま、ボクとしては、そうでなくては困るのだけど。