NO.3
目を開けると、目の前でハルカが俺の体に突っ伏していた。
どうやら彼女も寝てるみたいだった。
幸せそうに寝息を立てているところを見るとこちらまで笑顔になる。
そんな姿を見てると自然と手が動き、優しく彼女の頭を撫でた。
ハルカはさすがに気がついたらしく、口の端からよだれをたらしながら言った。
「あふ?・・・ヘン?はなひいかおしてほうひたです?」
俺は思わず吹いた。こんなまぬけな声で聞かれたら、誰でも笑ってしまう。
「ど、どうしたです?何かありましたか?」
「い、いや、大丈夫だ。」
そんなことより、と置いてあった手鏡で可笑しい顔を見せた。
「いやぁ」と顔真っ赤にしてベッドの中に隠れてしまった。
「気が付いてたなら早く教えてほしかったです・・・」
「ごめんごめん。」
「あれ?レン、服装変わってるです。」
「え?本当だ。」
あいつの言ってた通りだった。丁寧に武器らしい長剣がベッドに掛けてある。
「似合ってるです。下におっきい鏡があったはずです。ご飯ついでに見てきたらどうですか?」
「うん。じゃぁ、一緒に行こうか。」
「はい!」
入ってくるときは気がつかなかったが、この宿はとても大きい。
本当に支払いは大丈夫なのだろうか?とハルカを眺めていたら、笑顔でうなずいてきた。
心配するなってことだろうか?
だが、この少女にとてもそんな大金持っているようには見えなかった。
とてつもなく・・・・心配だ。
飯の場所は、それほど遠くはなかった。一旦外にでて、目の前の場所だ。
ハルカが店の人に何かをささやくと、現世でも見たことないような御馳走がぞろぞろと運ばれてきた。
レンが思わず歓声を上げると、ハルカも嬉しそうに笑っていた。
「凄いなこれ!本当に大丈夫なのか?」
「うん・・・大丈夫。ここらの店は全部ボクに借りがあるです。少しくらい無理言っても大丈夫ですよ。」
「借り?」
「そうです。でも、今はそんなこと気にせず食べるです!」
何かは知らんが、ありがたい。ここはハルカに甘えてたくさん食べるとしよう。
宿に戻ると、なにやら他の冒険者らしい人がもめていた。
「ふざけるな!誰が貴様なんぞに負けるか。なんならここでやってもいいぞ!」
「あはは。所詮クズよね。私に勝てるわけないんだから。謝れば許すって言ってんだから謝っちゃいなさいよ。」
俺より年下の年下の男の子と女の子が言い争ってる。それも外見からは絶対想像もつかない口調で。
「黙れ・・・。そこまで言われて黙ってられるか。消すぞ。」
「いいわよ。表にでなさい。後で後悔しても知らないからね。」
周りの人がなにも言わないのを見たところ、冒険者同士の争いは本当によくあることらしい。
それで片方が死んだとしてもなにも言わないのか?
「レン、しょうがないのです・・・ここは子供が自分のために蘇るための世界ですから・・・。最初のうちは止めてたみたいですけど、どうも言うことを聞かないらしくて・・・。」
そんなバカな・・・子供がこんな醜い口論をしてるってのに。
二人は出口の方へ歩いて行った。だが、俺と同じくらいの真黒な鎧に身を包んだ青年が出口の前に通りふさがるように立っていた。
「ちょっと、どきなさいよ。」
「何があったかは知らないが、断る。」
「はぁ?見たところあなたも私たちと同じ冒険者見たいだけど、余計な首突っ込むと死ぬわよ?」
「嫌だね。なんなら、俺を倒してから行きな。」
「どうしても死にたいようね。早く決着をつけるため。あなたも手伝いなさい。」
「あ、あぁ。」
女の子の顔がみるみるうちに般若の形相へと変わっていく。
近くにいた一人の男が叫んだ。
「ケンカだ!」、その声とともに野次馬たちがみるみるうちに集まってきた。
冒険者同士のケンカも周りの人からは日常の楽しみの一つらしい。
「2対1だぞ?止めなくて大丈夫なのかよ?」
「レン、心配ないです。あの人、レンより先輩の冒険者です。これに口出すってことは相当の自身があるみたいですよ。ここは一つ、剣士の戦い方を学ばせてもらうですよ。」
「そんなもんなのか?」
「です。」
青年と二人がにらみ合う。
まず動いたのは青年だった。
とたん、黒い軌跡と白い軌跡が重なる。
――――カキィン――――
青年と少女の剣と剣がぶつかり合う音が鳴り響いた。
それを開始の合図と言わんばかりの歓声。
そしてそれに呼応するかの用に青年と少女は次々と剣を交わり合わせる。
青年が突くと少女が払う。少女が真上から切りこむと青年が受ける。
少女の体をすぐ流し、切りかかる少年に蹴りを入れる。
その動きは神速と呼べるくらい早かった。
「レンにもこのくらい強くなってもらわないとです。」
ふと、ハルカが呟いた。
俺があの人くらい?絶対無理だよ。
もちろん俺は首を振った。
「できるです。いまから、あの人に稽古付けてもらうです。」
ハルカはそう言ったと思ったら、あの激しい剣幕の中に躍り出て行った。
「ちょ、危ないって。」
思わず目をそらした。
----ガキィィン―――
とてつもない音とともにあらたな歓声が起きた。
何事かと恐る恐る目を開けてみたら3人の剣を二本の短剣で打ち落としたハルカがいた。
「ストップです。」
「なにあんた?関係ないのに手を出さないで頂戴!」
少女が再び剣を手に、ハルカに斬りかかった。
今度は音がしなかった。と言うのも、彼女の剣が空を切ったからだ。
ハルカは少女の首元にダガーを突き付けた。
「死にたくなければ・・・黙れ、です。」
必死の少女に比べ、素っ気ない笑顔での答え。
「手を引くんだ。その子本気だぞ。」
青年が落ち着いた顔で言う。
さすがの少女も危険だと悟り悔しそうに去って行った。残された少年も渋々自分の部屋に戻って行った。
「もう終わりかよ~。」
野次馬達からハルカにブーイングが降り注ぐ。
当のハルカはさしも気にかかっていないようで、青年と話していた。
「助かったよ。そこのボクは強いな。名前は?」
「女の子の名前を聞くときは自分から名乗るもんですよ?」
ハルカは不機嫌そうに答えた。男と間違われたことがよっぽど嫌だったらしい。
一瞬何を言われたかわからなかったらしく、青年は沈黙した。が、すぐに反応し自己紹介し始めた。
「これは失敬。僕の名前はリョウタ。その辺ギルドで仕事を探しているフリーの傭兵だよ。」
「ボクはハルカです。そこにいるレンが蘇るために一緒に冒険をしてるです。」
「初めまして、ハルカ君、レン君。」
「初めましてリョウタさん。」
自己紹介が一通り終わると、再び沈黙した。
ハルカがこちらにアイサインを送っている。さっきのことを聞けと言うことだろうか?
「あ、あの。リョウタさん。お願いがあるんですけど」
「ん・・・。なんだい?」
「僕に剣技を教えてください。」
「お願いしますです。」
ハルカも一緒に頭を下げた。
やはり、迷惑なのだろうか?
「・・・いいよ。自己流で良ければいくらでも。」
なぜかリョウタは複雑な表情で答えた。
「冒険、大変だろう?なんでそんなことしてるんだい?君にはこの世界で生きていくって言う道もあるんだよ?」
「・・・俺は、蘇るって決めました。冒険は始まったばかりで、あまり大変な目にあってないから言えるだけかもしれないけど、それでも俺は頑張りたいと思ってます。会ったばかりなのに、こんなに親しくハルカも手伝ってくれますし、俺は頑張ります。なので剣技教えてください。」
ただ、剣を学びたい。この先、辛いことを自力で乗り切っていくために剣を学びたい。ここまで親しく同行してくれたハルカを護るためにも強くなりたい。
それを素直に言った。
もちろん簡単じゃないことはわかっている。
それでも頑張りたいと思った。
「また明日、この都市の西口で待ってるよ。そこで教えるから。」
「はい!よろしくお願いします。」
リョウタは話しかけてきたときと同じ笑顔で帰っていった。
「レン、頑張るですよ!」
「おう。任せとけ。」
ハルカとは会って1日も立ってない。だけど、俺はこいつを護りたいと思った。
何故だか知らないが、俺が護ってやらなきゃと言う気がした。
初めて会った気がしない、と言うのもあるかも知れない。
だけどこの笑顔が絶えることないように護るのが俺の使命だと思った。
・・・そのうえで蘇ることが俺の目標だ!