はじまりの章
俺が眼を覚ましたのは海沿いの道路。
ふと、気がついたら目の前で見知らぬ少女が泣いていた。
「パパ!パパ!」と叫び続けている。
少女の目の前には父親らしき人が頭から血を出しながら倒れている。
「ボクのせいだ・・・。ボクのせいでパパが・・・」
少女が突然泣きやんだ。哀の表情から怒りの表情へと変わる。
不意に立ちあがったかと思ったら、目の前に広がる海へと飛び込もうとしている。
「お、おい!?待て。何があったのかは知らないが、死ぬもんじゃない!」
力いっぱい叫んだ。
いくら知らない人だと言っても、目の前で人が死ぬのを見たら止めるのが普通だ。
だが、少女には聞こえていなかった。
「ママ・・・さようなら。パパ、ボクもすぐそっちに行くからね・・・」
ドボン、と言う水に体が落ちる音と共に俺の意識は無くなっていった。
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こんな変な夢の中、煉は今度こそ眠りから覚めた。
今度こそ眠りから覚めた。と言うのも、起きた場所が見慣れた自分の部屋で、海沿いの道路でも、山の中でもなかったからだ。
「っち・・・。嫌な目覚めだ。」
最近は、この夢を何度となく見ている。場所、時、場合も関係なく訪れる睡魔。そのたびに見ることになる嫌な夢。
しかもあの夢に出てくるのは・・・俺の姉貴と親父だ。
あれは俺が小学1年の時だった。
当時、姉貴は10歳。凄くお父さんっ子だったと聞く。
二人で買い物に遠出に行った帰りだったらしい。
夜も遅く、体の弱い姉貴のこと思った親父が少し車を飛ばしていたらしい。
そんな父の優しさが仇となった事故だった。
親父の死体は綺麗に保たれて、病院までは息があったらしいが、姉貴の体は見る影もなく、即死だった。
これはあの夢との矛盾だった。
朝からこの夢を見た日には、良いことがあったためしがなかった。
むしろ悪いことが続く。
今日は、中学の卒業式だってのに・・・。朝っぱらから憂鬱だ。
ちゃんと俺は卒業できるのか不安になってくる。
「さてと飯食いに行きますか。って、うわ!?遅刻じゃん!」
昨日母さんにも注意されったけ?
ヤバイって。卒業式まで遅刻じゃ本気でシャレにならんって。
俺お得意の、秘技・30秒着替えで制服を着ながら鏡を見て身だしなみを確認する。
たまに不良と間違われるくらい鋭い眼。に比べてそれを抑えて多少子供っぽく見せる顔つきだ。
髪型は、長いが目にはかからない、受験に引っかからない程度だ。部活で鍛えられている体だが、どちらかというとやせて見える。
とりあえずの確認もすんで飯を食べずに家を出た。
<その時はすっかり夢のことを忘れていた。>
<これから起きる悪夢が嘘のような朝だった。>
<ふと思ったがあの夢はこれから起きることへの忠告だったのかもしれない。>
よし・・・。このままいけばギリギリ間に合うはずだ。
後は、そこの角を曲がって一直線だ。
「ここまで寝坊の達人になると学校までスイスイ余裕だぜ~~っと」
<明らかに俺は油断してた。>
「長谷川 煉 選手、このコーナーを曲がったら直線、ラストです!」
<いや、運が悪かったのかもしれない。>
俺は鼻歌交じりに交差点を曲がった。
学校は目の前だ。と思ったら・・・。
目の前に大型トラックが迫ってた。
「うわああああああああああああああああ!?」
一瞬時間が止まったかのように思えた。
ちゃんと確認して曲がらなかった自分を恨んだ。
<だって今までにはこんなことなかったから。>
キィィィィィィィィィィィィィと言う響くブレーキ音。そして、俺の自転車とトラックが衝突したことを表わすドンッと言う鈍い音。
それが俺が死ぬ瞬間に聞いた音だった。
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目を開けたら周りは真っ暗だった。
俺・・・死んだのか?
嫌だ・・・死にたくない。
まだやりたいことがたくさんある・・・。
「君はまだ死んでないぞぃ」
老人の声が頭に響く。
誰だ?
死んでないって言っても、ここはどう考えても「無」の世界じゃないか。
「うむ、確かに君は死んだ。だが、君はあそこで死なないはずじゃ。わかりやすく言うと、君はまだ寿命が来とらん。だから、これから君をユメノクニへと案内する。」
ユメノクニ?
どこだそこ?
聞いたことないよ。そんな国。
「15歳までの少年少女で、寿命に達していない子供には生きる権利があるのじゃ。その子供たちのために、神であるわしたち仙人が作った死後の世界がユメノクニじゃ。とにかく、詳しいことは後で説明するからの。わしが君のところに行くまでまっとってくれ。」
待てはこっちのセリフだ。
待てよー。待てったら~~!
くそ!また意識が・・・。
俺はこのまま無をさまようのか?
・・・じいさん!
「頼む、待ってくれーーー!」
「きゃぅ!?な、なに?」
目の前から嫌に甲高い声が聞こえた。
じいさん・・・じゃないよな。
気がつけばさっきまで真っ暗で黒しかなかったはずが、当たり一面にフルカラーの世界と変化している。
「っ・・・。ここは?俺は確かトラックにはねられて・・・。」
――――ガサガサッ――――
不意に何かが草をかき分けるような音が聞こえた。
煉は恐る恐る音の鳴る方へ向かった。
見るとなにか猫の尻尾のような物がピコピコ震えてる。
「ひぁ!?見つかったー!食べないでくださいー!ボクは食べてもおいしくないですよーーー」
なにか人間の女の子のようなものがいる、と言うのもその子には普通の人間にはついていないものがついていた。
まず、目立つのがRPGゲームでよく見るコスプレ的な服装だが、それ以上についていてはいけないものがあった。
「猫耳に尻尾!?ってか誰もお前を食べやしないよ。」
「ひえぇ!?焼いて煮て食うです?おいしくないですよ~!」
「いやいや、言ってないからね!?一言も。人の話しをよく聞け!」
変な女の子はすっかりおびえてしまってるようなので、落ち着くまで様子を見ることにした。
10分はたっただろうか?
俺はいまだに目の前の変な女の子と向かい合ってるわけだが・・・。
ふと女の子がこちらを見上げてきた。
「・・・・?ふぇ!?もしかしてボクと同じ人間なの?」
「えっと、お前と一緒かどうかは知らんが俺は人間だ。」
「ふえぇぇぇ・・・。びっくりしたよ~・・・。てっきりまた「喰犬」に襲われたかと思って・・・。」
女の子はうっすらと涙を浮かべながらこちらを見つめ、震えている。
いーたがなんなのかは知らないが、よほど恐ろしいものらしい。
「びっくりしたのはこっちだ。ちなみに俺の名はレン。2つ質問していいか?」
「あぅ?なんですか?」
「ここはどこだ?君は何者だ?」
そう、これが今一番聞きたい2つの疑問だった。
どこからどう見ても普通じゃないこの子に、見知らぬこの地。
知らないことばかりだと恐怖は加速する。
「ボクの名前はハルカです。そしてここは通称「ユメノクニ」と言う世界です。この質問をするってことはここの住民じゃなく、つい先ほど・・・」
ハルカは沈黙した。これもまた不安を募らせるには適度な沈黙だった。
レン自身、その先は言わなくてもわかっている。
「う・・・。やっぱり俺死んだのか?」
「いや、正確には死んだけど、希望はまだあると思いますです。たぶん今日の晩当たりに変なおじーちゃんに声掛けられると思うから、詳しくはそこで聞いてくださいです。」
あの無責任な爺さんか。
まぁ、夜になれば文句でも何でも言えるだろう。
「レン、さっきはごめんなさいです。ボクが早とちりしてびっくりしましたですよね?」
「びっくりもなにも。君が人間だってことさえもわからなかったよ。」
「え・・・。あぁ、これとこれですね?」
ハルカは自分の耳と尻尾を指さして言った。
ふとハルカを眺めてみる。
他にもいくらか不自然な点があるが、どこかで見たことあるような顔つきをしている。
翠のように蒼く透き通った瞳に、栗色の髪。その髪の間に見えるもふもふした猫耳。身長は低い方で、どう見ても10歳くらいにしかみえない、がどこか大人っぽさも持ち合わせている。
「ボクは色々ありまして、特殊なんですよ。あはは。」
「そ、そうなのか。」
「レン・・・しばらく私が同行しましょうか?大した戦力にはなりませんが・・・。」
「ん。行くあてもないしな。頼むぜ。」
喜んで!、とハルカは笑顔で答えた。