ずっと好きでいたかった
「ごめん。起きたら待ち合わせの時間だった」
待ち合わせ場所で受け取ったメッセージを見た詩織は友人の新居への道のりを確認し歩きはじめた。
彼と共通の友人が結婚し新居に引っ越した。その引越祝いに二人で行くことになっていた。お土産に買った人気のアイスクリームは保冷剤があるとはいえ早く冷凍庫に入れてもらいたい。
友人は大学の時から付き合っていた人と結婚をした。一時期職場の先輩にひかれ別れるかどうかを悩んでいたが、職場の慰労会で酔った姿に幻滅し目が覚めたらしい。
「まじめで爽やかな人だと思ってたけど酔って隣にいた女の子をベタベタ触わって最悪だった。セクハラだとぴしりと言ったら止めたけど。ただのむっつりだったわ」
その先輩は仕事ができるだけでなく気配り上手で友人は憧れていただけにショックが大きく、それ以来すっかりその人の粗ばかりを見てしまうといっていた。
「私、まだ彼のこと好きなのかな?」
ふいにこみ上げた問いにはっとする。大学時代にアルバイト先で出会った彼といつの間にかカレカノになり付き合いはつづいていた。
アルバイト先は学生が多い職場だったこともあり仕事が終わった後にご飯を食べに行ったり遊びに行くことが多かった。彼と一緒に行動することが増え気付くとカレカノになっていたという感じだ。
一つ上の彼が先に就職し働くようになってから会う時間がへり、週末は疲れたと外出するよりもどちらかの部屋でごろごろすることが増えた。でも詩織自身が就活や卒論で忙しかったのでそのことに不満はなかった。
「同棲しようよ」
詩織の就職が決まり職場の近くに引っ越しをしようと物件を探し始めた時に言われた。会う時間が減ると寂しいから一緒に住みたいと。
もしお互いの職場が近ければ同棲しただろう。でもお互いの職場の中間点に住むとどちらも通勤時間が長くなるので見送った。
結果的に同棲はしなかったけれども彼が一緒に住みたいと思っていたことが嬉しかった。始まりが曖昧だったので彼は遊びのつもりで付き合ってるのではという不安がいつもあった。ある日突然本命ができたから別れようと言われるのではと思っていたので、一緒に住みたいと思うほど関係が深まっていたのだとはじめて安心した。
バッグから通話の着信音が聞こえる。彼からの起きたばかりだというメッセージに返事をしなかったのでかけてきたのだろう。
「好きだったのになあ」
自分の中ですでに答えは出ていた。彼への気持ちは過去のものになっていた。
少しづつ、少しづつ好きという気持ちは減っていった。彼が待ち合わせに遅れてくるたびに、デート中に友達から誘いがあるとすぐに受けてしまうたびに。
彼が遅刻しがちな人なのは知っていた。アルバイトに遅れますという連絡が入ることはしょっちゅうだった。だから待ち合わせは詩織が待たされることを前提に時間をつぶしやすい場所にしていた。それでも彼が遅れてくるといらついた。
何度も彼にすべてが自分が思う通りに進むと思わず余裕をもたせて予定を立ててほしいと言った。遅れるという連絡自体はまめにはいるので時間を守ろうとしているのは分かる。
でも待たされるたびに自分が彼にとってどうでもよい存在なのではと思ってしまう自分が嫌だった。遅れてくる彼に仕事の面接などの大切な約束や楽しみにしているイベントには遅れないくせにと思うようになったのはいつからだろう?
不満はそれだけではなかった。友達が多い彼は誘われると気軽に応じ詩織も一緒に連れて行った。
何の予定もなくずっと一緒にいられると思っていたのに友達から誘われると詩織に何も聞かずに受けてしまうのが嫌だった。付き合っているのだから自分とだけ過ごせとは思っていないけれども、ひんぱんに誘いを受け詩織との時間がけずられると「どうして?」という気持ちが強くなっていった。
日を改めて欲しいとお願いしても「一緒に行くんだからよくないか?」と言われるだけだった。彼が詩織を連れて行くのは詩織と一緒にいる時間を減らしていないので大丈夫と思ってのことだったようだ。
彼が詩織を連れて行き彼の友人に彼女だと紹介するたびに、彼が自分のことをちゃんと彼女と思っていると嬉しかったのがずいぶん昔のことのように思える。
彼の友達は良い人達ではあっても合わないと思うことはあり一緒にいて楽しいと思えなかったりする。それだけでなく彼が片思いをしていた女の子や元カノがいることもあり、過去のこととはいえ彼が彼女達と仲良くしている姿をみるのは苦しかった。
自分にはない可愛らしさや清楚で人当たりの良い笑顔、甘くてやわらかな声に嫉妬した。見た目をほめられることがなく、言い方がきついといわれがちな詩織にはないものを持っているのがうらやましかった。
彼女達は彼の友達とも仲が良くいつも皆で盛り上がり、当たり前のように彼のとなりで楽しそうにしているのを見たくなかった。もしかしたら彼は気持ちを残しているのかもと不安がつのり苦しかった。
詩織が自分の気持ちを話しても何も変わらなかった。「もう何とも思ってないよ」という言葉で片付けられてしまう。友人の一人という気持ちしかないと言われても、異性の友人として近すぎる距離、自分が知らない過去の彼とのつながりの強さにどうしても胸がざわついた。
彼のやさしいところが好きだったが、そのやさしさは人にNoといえないことと結びついていた。詩織との約束にNoと言わないように他の人達にもNoと言わなかった。NoというぐらいならYesといい無理にでも都合をつけた方がよいと思う人だった。
「好きだったのになあ……」
嫌いになったわけではない。でも何のわだかまりもなく好きだといえなくなってしまった。
ずっと好きでいたかった。一緒にいるのが幸せだとずっと思っていたかった。
詩織はスマホを取り出すと彼に友人宅に向かっているとだけメッセージを送った。
「好きだったよ」
メッセージアプリに表示されている彼の写真に向かってつぶやいた。




