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夏祭り

作者: 中村雅
掲載日:2026/03/20

蝉の声が校舎の外で騒がしく響き渡る七月の終わり。

終業式が終わったばかりの教室には、まだ夏の熱気が残っている。

橘透は、机に頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。


「先輩、ぼーっとしてますね」


後ろから聞こえた声に、透は振り返るとそこには朝倉澪が立っていた。

白いシャツの袖を少しだけまくり、いつものように柔らかく笑っている。


「……別に」

「絶対、何も考えてない顔してましたよ」

「失礼なやつだな」


透はため息をついた。

 

澪は一学年下の後輩で、幼馴染だ。

家が隣同士で物心ついた頃からずっと一緒に育ってきた。


小学校も、中学校も同じ。

だから学校では「先輩後輩」でも、普段はただの幼馴染だった。


「夏休みですね」

「そうだな」

「先輩、予定あるんですか?」

「ない」

「即答ですね」


澪は横で笑っていた。

その笑顔を見ると、透はいつも少しだけ胸が落ち着かなくなる。


理由はわかっている。

でも、それを言葉にしたことはない。

たぶん、これからも。


「澪は?」

「私ですか?」


澪は少し考えてから返答した。


「バイトと…友達と遊んだりですかね」

「ふーん」


透はなんとなく頷いたが、本当は聞きたいことがある。


夏祭り、誰かと行くのか。

でも、聞けなかった。

聞いたら何かが変わってしまいそうで。


「そういえば……来週、駅前の夏祭りありますね」


透の心臓が少しだけ跳ねた。


「ああ」

「あそこ毎年すごいですよね」

「まあな」


二人は小さい頃から、その祭りに行っていた。

屋台、金魚すくい、りんご飴。

そして最後に上がる花火。


小学生の頃は、手を引かれて歩いていた。

中学生の頃は、友達も一緒だった。


でも今は。


「……」


透は高校生になってからずっと思っていた。

今年は、澪と二人で行きたい。

でもそれを言う勇気がなかった。


澪には友達も多い。

きっと誰かと行くはずだと。


自分が誘ったら迷惑かもしれない。

そんな考えが頭をよぎる。


「先輩。」

「ん?」

「もしですよ?」


澪は少しだけいたずらっぽく笑った。


「もし私が夏祭り誘われたら、どうします?」


透は一瞬言葉に詰まった。


「どうもしない」

「えー」


澪は頬を膨らませる。


「ちょっとくらい反応してくださいよ」

「幼馴染に今更反応とかないだろ」

 

澪は少しだけ黙った。

そして、小さく笑う。


「そうですよね。」


その声が、ほんの少し寂しそうに聞こえた。

でも透は気付かなかった。




夏祭りの前日。

透は家の前で立ち止まっていた。

隣の家の玄関を見つめる。


澪の家だ。

スマホを取り出し、メッセージアプリを開く。


『明日、祭り行く?』


そこまで打って、指が止まる。

削除。

また打つ。


『暇なら祭り行かない?』


……なんか違う。

また消す。


「何やってんだ俺…」


透は頭をかいた。

たったそれだけの言葉なのに、どうしてこんなに難しいんだろう。


その時。

ガチャ、と音がした。


隣の家のドアが開く。


「先輩?」


澪だった。

透は思わず固まる。


「何してるんですか、家の前で」

「いや、別に…」

「怪しいですね」


澪は笑う。


「もしかして、誰か待ってたんですか?」

「違う」


透は視線をそらした。


本当は。

澪を誘おうとしてた。

でも言えない。


「先輩」

「ん?」

「明日、暇ですか?」

 

澪の誘いに、透は一瞬息を止めた。


「……まあ」

「本当ですか?」


澪の目が少しだけ明るくなる。


「友達と祭り行く予定だったんですけど、急にバイト入っちゃったみたいで」

「へえ」


透は平静を装ってはいるが、心臓はうるさい。

澪は少しだけ言いにくそうに続けた。


「それで、その……」


一瞬沈黙が落ちる。

蝉の声が大きく響く。


「……」

「……」


二人とも、言いたいことは同じだった。

でも言えない。

先に口を開いたのは透だった。


「祭り」

「え?」

「行く?」


澪は目を丸くした。

そして、少しだけ笑う。


「……先輩から誘うなんて珍しいですね」

「悪いか」

「いえ」


澪は首を横に振る。

少しだけ頬が赤い。


「行きます」

「……そっか」

「はい」


沈黙。

でも、さっきまでの気まずさとは違った。

少しだけ、くすぐったい空気。

澪が小さく呟く。


「二人で、ですよね」


透はそっぽを向きながら答えた。


「他に誰呼ぶんだよ」

「ですよね」




夏祭り当日。

夜の神社は、人で溢れていた。

屋台の灯り。

焼きそばの匂い。

笑い声。


透は人混みの中で立っていた。


「先輩!」


振り向くとそこには澪がいた。


そして透は言葉を失った。

澪は淡い紺色の浴衣を着ていて、髪も少しだけまとめている。


「どうですか?」


澪が少し照れながら聞く。


「……」


透は一瞬迷ってから答えた。


「似合ってる」


澪の頬が赤くなる。


「ありがとうございます」


二人は並んで歩き始めた。


りんご飴を買って、

金魚すくいをして、

たこ焼きを食べる。


小さい頃と何も変わらない。

 

でも。

少しだけ違う。


肩が触れそうで触れない距離。

妙に静かな沈黙。

そして時々目が合う。


「先輩」

「ん?」

「高校、もうすぐ卒業ですね」


透は頷いた。


「そうだな」


澪は空を見上げる。


「なんか変な感じです」

「何が?」

「ずっと先輩が隣にいたから」


透は何も言えなかった。

澪は続ける。


「来年は、いないんですよね」

「まあな」


その言葉が、少しだけ重かった。


ドン――


花火が上がる。

夜空に大きな光が広がる。


二人は川沿いに立って花火を見た。



「先輩」

「ん?」

「今日、誘ってくれて嬉しかったです。」


透は少しだけ驚いた。


「別に」

「私、本当は誘おうとしてたんです」


透は振り向く。


「え?」

「でも先輩忙しいかもって思って」


透は苦笑した。


「俺も同じこと考えてた」


澪は目を丸くする。

そして小さく笑った。


「似てますね、私たち」


花火が夜空いっぱいに広がる。

赤、青、金色。

澪の横顔が光に照らされる。


透は心の中で思っていた。


好きだ。


ずっと前から。


でも言えない。


言ったら、

この時間が終わりそうだから。


「先輩」

「ん?」

「来年も夏祭り行きましょうね」


透は少しだけ笑った。


「俺もう卒業してるぞ」

「それでもです」


澪は花火を見ながら言う。


「幼馴染ですから」


透は頷いた。


「……そうだな」


夜空で最後の大きな花火が咲く。


二人の距離は、

近いのに、少し遠い。

けど、ほんのり前より近くなった。


けど、きっとまた来年も隣にいる。

二人は心の中で想っていた。


〜fin〜

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