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転生凡人の英雄作成教室【書籍化&コミカライズ化】  作者: 紗沙
第1生徒 足手まといの冒険者少女

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第8話 同居人イヴ

 イヴに授業を始めてから、数か月が過ぎた。

 彼女は午前中から夕方までは冒険者として依頼をこなし、以降は俺の教室で戦技の改善に取り組む。

 たった数か月だが、イヴは大きな成長を遂げていた。


「はぁっ!!」

「いいぞ。その調子でどんどん戦技を使え!」


 夕方の教室の裏庭で、俺とイヴの得物がぶつかり合う。

 イヴの直剣は抜き身で、俺の刀は鞘に収まったままという構図は最初に打ち合ったときと同じ。

 けれどその動きは、まるで別人かと見違えるほど良い。


「いい『強斬ごうざん』だ。『崩落ほうらく』もきちんとできている。いいぞ、これまで教えたことをしっかりと守れているな」

「はいっ! ありがとうございますっ!」


 イヴの剣の技能ランクは、まだまだ初心者のFだ。

 最低値はGなので、それからたった一つ上がるだけ。

 けれどGとFで使用できるほとんどの戦技の最適化を完了させていた。


 技能一つがFというのはイヴと同じ六級冒険者なら皆所持しているものだが、同じ階級の冒険者の戦技と比べても、イヴの戦技は頭一つ、いや二つ抜けていると言っていい。

 その証拠に、鞘に納めた刀から伝わる衝撃からは重みを感じていた。


「そこっ!」


 イヴがトドメとばかりに大技を繰り出す。

 剣を左の脇腹の方に回し、一気に振りぬく『閃剣せんけん』。

 それを、鞘に納めた刀で受け止めた。


「っ」


 腕に伝わる衝撃に、驚く。

 成長が目覚しいのは、ここ数か月、毎日見てきたからよく知っていた。

 けれど実際に味わうと、それをいともたやすく越えてくる。


 予想よりも凄いと感じるから期待値を高めるのに、それすら越えられる。

 それを何度も何度もだ。これが楽しくない筈がない。


「……悪くねえ。いやむしろかなり良い」

「はぁ……はぁ……ありがとうっ、ございます……」


 模擬戦を行い、かつその中で自らが使える戦技のほとんどを使用したので、イヴの息も絶え絶え。

 けれど喜んではくれているようで、口元は少しだけつり上がっていた。


 数か月の指導を経て、イヴは少しだけ表情が柔らかくなった気がする。

 出会ったときのびくびくしていてこちらを伺うような表情よりはずっといい。

 指導が上手くいっているかの判断材料にもなりやすい。


「ふー……あの、先生」


 息を整え、直剣を腰の鞘へと戻したイヴは、俺を呼んだ。


「なんだ?」

「一つ、お願いがあるのですが」

「お願い? なんだよ?」

「……先生の家に、泊めていただけないでしょうか?」

「あ?」


 言っている意味が分からなくて、聞き返す。

 イヴはまっすぐな視線を俺に向けたままだ。


「私は普段エステルの街で宿を取っているのですが、先生の家にお世話になるわけにはいかないでしょうか?」

「ああ、そういうことか」


 話を聞いて納得した。

 イヴは宿代を浮かしたいのだろう。


「まあ、ソロで活動している以上、依頼の質が落ちるのは仕方がねえ。質が落ちれば、報酬だって落ちる。そりゃ、金銭的にギリギリで危機感を覚えるか」

「それもあります。ですが宿屋に泊まらなければ、そもそも依頼を受ける必要もなくなります。先生は冒険者稼業を続けろと言いましたが、私はどちらかというと、もっとここで学び、自らを鍛えたいんです」

「……なるほどなぁ」


 言いたいことは理解した。


(まあ、そもそもソロで活動することに慣れるためだけに依頼を受けさせてたようなもんだ。こんだけ時間が経てばもう十分か。それに、やる気があるのは良いことだしなぁ)


 目標は達成され、そしてイヴはやる気に満ちている。

 この機会を逃したくない。


「よし、いいぞ」

「ありがとうございます!」


 最近はすっかり聞きなれた良い返事をするイヴ。

 けれどその途中で、俺はあることに気づいた。


「あ、いや、ダメだわ。よくよく考えたら、俺の家にはお前の寝る場所がねえ」


 俺の家は俺が住むことしか想定していないから、部屋が余っていない。

 イヴを泊めてやりたい、という気持ちはあるが、物理的に不可能だ。

 しかしイヴはそれを聞いても、顔色一つ変えなかった。


「私は廊下でも、風呂場でも、どこでも構いません」

「いや、そういうわけにはいかねえだろ」

「……先生、よろしければ、お家を見せてもらえませんか?」

「あ?」


 何言ってんだ? と聞き返すものの、イヴは俺の目をじっと見つめてくる。

 少しだけ考えたものの、実際に見ればこいつも諦めるか、と結論を出した。


「……いいぞ、気が済むまで見ろ」

「はい」


 俺の言葉に、イヴは間髪を入れずに答えた。








 俺の住んでいる家は教室からは少し離れた場所にある。

 イッテツさんに作ってもらった石造りの平屋。戸を開けて、中へとイヴを招き入れた。


「ここがリビング……まあ居間だな。厨房と共同になってる。で、廊下の奥が洗面所や浴室、その手前が俺の私室だ」


 一部屋一部屋、簡単に説明をする。

 実際に見せることで部屋がないことを納得してもらうつもりだった。


「……こちらに布団を敷けばよいのではないでしょうか?」


 しかし、イヴは予想外のことを言ってきた。

 イヴが提案したのは、俺の私室の空きスペースに布団を敷く、ということだった。

 確かに一人なら寝れそうな空間はある。あるが。


「……お前、自分が何言ってるのか分かってるのか?」

「? な、何かおかしなことを言ったでしょうか?」


 どうやらイヴは男女が同じ部屋で寝るということに対して、まるで危機感がないようだった。


(……そもそも記憶喪失で、そういった知識もねえ、か)


 むしろ汚れているのは俺の方か、と自分自身に舌打ちをした。


「あの、先生……それで、こちらを使ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、お前がいいならいいぞ」


 なんだか色々考えるのも馬鹿らしくなって、了承した。


「ありがとうございますっ!」


 そう答えたイヴの口角は、少しだけ上がっていた。








 イヴが宿屋に荷物を取りに行った後、俺は私室の作業机に向かいながら、彼女に関する情報を確認していた。

 これまでの授業で最適化させた戦技や、毎日の模擬戦の感触などは細かく記録に残して冊子の形にしている。

 それをめくるたびに、イヴがどれだけ急速に成長してきたかがよく分かった。


 惚れ惚れするような伸び。

 見ているだけで笑いがこみあげてくるような、才能の塊。


「ただいま戻りました。先生」

「帰ったか」


 振り返ると、丁度イヴが帰ってきたところだったらしい。

 イヴは背に抱えた荷物を床に下ろすが、その量はどう見ても少ない。

 エステルの街で布団を買ってきたようだが、それを加味しても一人で持って来れるくらいの量。


「それだけか?」

「はい」


 どうやらあまり物を必要としないタイプのようだ。

 記憶喪失のこともあるし、物に対する思い入れも湧かないんだろう、と考えていると、イヴはこちらへと近づいてきて、作業机を覗き込んだ。


「先生、いったい何を……これは……」

「ああ、お前に関する記録だ」


 別に見られて困るものでもないから答えると、イヴは少しだけ口角を上げた。


「……私のために、ここまでしてくれているんですね」

「あ? そりゃそうだろ。お前を強くして一流の冒険者にして、金を入れてもらわないといけないんだから」


 何を当たり前のことを、と返す。


「そうですね。お金のためですね。そのために強くなって、必ず恩をお返しします」

「おう、殊勝な心掛けだ」


 どうやらイヴは生徒としてだけでなく、金脈としても天才だったらしい。

 分かってくれているようで何より、と満足して頷く。

 俺の計画は、かなり順調なようだ。








 一緒に住むということで、イヴにはこの家の案内をした。

 当然だが、タダで住まわしてやるつもりはない。

 働かざるもの食うべからず。家事だってやってもらう。


 掃除、洗濯のやり方を、時間をかけて教えた。

 記憶喪失ということで不安だったが、元々飲み込みは早い方だから、イヴはあっさりと覚えた。

 ただ料理に関してはまだ少し怖かったので、教えていない。もう少し様子を見て、大丈夫そうならやらせるつもりだ。


 そんなこんなで時間は過ぎ、深夜になる。

 俺の私室にはイヴ用の布団が敷かれていて、当の本人はもう鎧を脱ぎ終わって寝着に着替えていた。

 着替えにはこの私室を使い、もう一人は居間に出ていくことで合意している。


「先生、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 そのままイヴは布団の中に入り、穏やかな寝息を立て始める。

 余りにも鮮やかな、眠り込みっぷりだった。

 俺は寝つきがあまり良い方じゃないため、羨ましい。


「……自分で言うのもなんだが、多少は危機感とかあんだろ」


 もちろん、イヴに手を出すようなことは絶対にしない。

 こいつは将来金脈になる存在だ。つまり、商品価値が恐ろしく高い。

 それを自ら下げるなんて馬鹿なことをするつもりは毛頭ない。

 まあ、そもそも生徒に手を出すということ自体が倫理的にありえない話ではあるが。


 とはいえ、ここまで無警戒にされると逆に心配になる。

 男女の違いや、危機感を持つべきということについても指導するべきだろうか。


「……面倒だな」


 なぜそんなことまで教えないといけないのか。

 手のかかる子供よりはマシだが、それでも記憶喪失というのは厄介だなと、少し憂鬱だった。

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