第7話 先生と生徒の日々
夜、イッテツさんに作ってもらった生活住居の私室で、俺は記録水晶をじっと眺めていた。
水晶は映像を映し出し、そこにはイヴが『強斬』の戦技を使用している様子が流れている。
「……見れば見るほど、やりがいのある奴だ」
思わず呟いた。
この世界に来て初めて生徒を持ったが、イヴは最初の生徒としては、考えうる限りで最高ではないだろうか。
やる気もあり、なにより才能がある。
受け答えや、人を疑うことを知らない点、自分に自信がない点に関してはやや難があるものの、それを考慮してもおつりが来るくらいには教え甲斐がある。
結局あの後、イヴは知りうる限りのほとんどの戦技の再現が出来た。
殆どは粗削りで不完全な再現だったものの、それでも十分すぎる結果だった。
いや十分を通り越して、予想だにしなかった結果、と言ってもいい。
もしも今後、俺のときのような壁にぶち当たることなく成長を続けたら、どうなるか。
「間違いなく俺以上の冒険者になる。……いや、まだ決めるのは早いが」
そこまで考えて、俺はふとあることを思いだした。
そもそも、イヴには強くなってもらわなくては困るのだ。
彼女は冒険者として立派に大成してもらい、俺に金を入れてもらわなくてはならないのだから。
「……圧倒的な才能ってやつを見て、ちょっと夢中になっちまったか」
今の今まで教室を作った目的を忘れていたようだ。
「それに、不安な部分もいくつかあるしな」
真っ先に思いつくのは、イヴの実力と周りの評価の乖離具合。
今日一日打ち合うだけでも、イヴは六級冒険者としては十分なほど戦えていた。
それに戦技の再現も一瞬で出来るほどに才能がある。
けれどギルドでは使えない、という評価だった。
サトリアの態度を見るに、あれは態度だけデカ男だけの評価ではなく、ギルドとしても似たようなものらしい。
別人に対する評価、と思った方がしっくりくるくらいにはかけ離れている。
「……近いうちに、パーティとしての様子を見るか?」
それが一番手っ取り早いものの、流石に今の状態で俺と組むにはイヴが足手まといすぎる。
とりあえずは戦技に関する指導を続けて、もうしばらくしてからだな、と頭で計画を立てた。
「さて、再開するか」
イヴを強くするために、出来ることは、まだまだある。
自分自身に気合を入れ、俺はイヴの戦技の動きの確認へと戻る。
手元には、これまで時間を忘れて集中し、書き続けたイヴの癖や改善案などがびっしりと書かれた紙が、何枚も散らばっていた。
朝早く起床した俺は、家の中の魔物避けの水晶を確認した後に教室、そして周辺の警備に出かけた。
気配などを探りつつ、俺が購入した土地に配置されている魔物避けの装置を確認して回る。
時間をかけてじっくりと慎重に確認し、どれにも異常がないことにひとまず安堵。
けれどこれだけではまだ不十分だ。
魔物が増えれば、いつか必ず魔物避けすら無視して俺の土地を荒らしに来る。
だからこそ、間引かなくてはならない。
購入した土地を出て少し走れば、すぐに魔物に出会う。
そいつらを刀で斬り伏せ、倒す。落とした魔石を回収し、すぐに次へ。
午前中いっぱいを使って、ここら辺一帯の魔物を狩り尽くす。
明日になればまた数がほとんど元に戻るものの、それでも土地や建物を荒らされないために大事な事だ。
範囲は広くても、出てくる魔物の強さは大したことは無い。
それゆえ日が昇り切る昼くらいには、今日の魔物狩りはおおむね終わっていた。
最後に狼のような魔物『アッシュウルフ』を斬り伏せ、魔石を回収しながら午後の予定である真っ白な髪の少女との授業を思い出す。
「……そのうち、イヴに魔物狩りを経験させるのも悪くないかもな」
冒険者の仕事として一番比重を占めるのは魔物討伐だ。
むしろ増え続ける魔物を倒すことが冒険者の役割であり使命。
パーティでの討伐は経験があると思うが、ソロでの経験も積ませた方がいい。
俺はつい先ほど『アッシュウルフ』から回収した魔石を手で遊びながら、今後に期待を込めた。
夕方、イヴは予定通り教室に姿を現した。
教室の入り口前で彼女と合流し、裏手へ。ベンチに案内し、そこに座らせる。
「昨日はゆっくり眠れたか?」
「はい」
「そうか。今日はソロで依頼をこなしただろうな?」
「も、もちろんです。先生が言ったことは、しっかりと守っています!」
その目に嘘がないのを確認し、俺はイヴに頷き返した。
「よし、じゃあ今日は戦技の最適化だな。とりあえず『強斬』から行くか」
「あの、先生……」
「どうした?」
早速今日の授業を、と思ったところで、出鼻をくじかれた。
控えめに手を上げたイヴは、少しだけ悩むような視線を俺に向けている。
「昨日、私が戦技の再現をしたときに、不思議な感覚があったんです」
「不思議な感覚? どんなだ?」
「なんて言えばいいのか……切り替わるような……光がつくような……」
「……?」
正直、言っている意味がよく分からなかった。
イヴが上手く伝えられていないのは分かるが、理解しようと思っても思い当たる節がまるでない。
切り替わる……光……。
「……スイッチみたいなもんか?」
「すいっち?」
ふと切り替えたときに光る例のあれを思い出して小声で呟いたが、イヴの耳には届いたらしい。
「だとしても、俺はそういった感覚になったことはねえな」
「そう……ですか」
「まあ、何か都合が悪いことが起こってるわけじゃねえんだろ?」
「はい……体調などは万全です」
「ならいいんじゃねえか? とりあえずは放置で」
「……先生がそう言うなら」
まだ少しだけ納得していないようだったが、イヴは表情を切り替え、背筋を伸ばす。
やる気のある生徒を相手に、俺は昨日の成果を懐から取り出した。
「昨日、お前に合った動きを考えてみた。一応紙にまとめるとそんな感じになる。……ちょっと時間が無くて綺麗に清書はしていないんだが、そこは許せ」
たった一日でイヴの戦技全てを解析し、改善策を考えるのは流石に時間的に無理があった。
それもあり、殴り書きのようなメモ書きに、結論部分を〇で囲むという、おざなりな形になってしまっている。
「……こん……なに……」
しかし紙を受け取ったイヴはじっとそれを見つめ、呟く。
目は見開いていて、瞳は少し揺れていた。
「実際に、動きを見たほうが分かりやすいだろ。参考程度に、俺がお前に合った形で戦技を使用する」
直剣型の木刀を手に、俺はベンチから立ち上がる。
そして少しだけ歩き、横を向いて木刀を振り上げた。
「しっ!」
昨日時間をかけて考えた、イヴにとってよりよい角度、より良いタイミング、そしてより良い力加減。
流石に俺自身に最適化した『強斬』ほどではないにせよ、振り下ろした木刀により、力強い風が一瞬吹いた。
「とまあ、こんなところだ。参考にして、やってみろ」
「はいっ」
大きな声で返事をしたイヴ。
ベンチから立ち上がり、腰から直剣を引き抜いて、そして切っ先を天に向けた。
目を瞑り、呼吸を整え、そして。
「……はっ!」
淡く光る剣を、振り下ろした。
刃は風を切り、地面に当たる直前で止まる。
「……うーん」
思わずそう言ってしまうくらい微妙だった。
戦技にはなっているし、昨日よりも威力は高そうに見える。
ただ、まだ未完成に思えた。
「どうだ?」
感触を聞けば、満足そうな声が返ってくる。
「昨日より、さらに良くなっていると思います」
「そうか……ただ少し角度が気になるな。剣を振り上げてくれ」
「こうですか?」
言われた通りに剣を振り上げるイヴ。
その背後に回り込んで、彼女の右手と右腕に軽く触れて角度を微修正する。
「ここ、拳のここにも力を入れろ……そう。よし、そのまま行け」
「……はぁっ!」
力の限りに剣を振り下ろすイヴ。
先ほどよりも風を切る音が大きくなり、刃が鋭い軌道を見せた。成功だ。
「さ、さっきよりも……強く……」
「その感覚を忘れるな。何度か試してみろ」
「はいっ!」
元気よく返事をしたイヴから少し離れれば、彼女はその場で何度も何度も『強斬』を繰り返す。
時折角度や力加減が甘くなる場合もあったものの、回数をこなすうちに段々と安定してくる。
(やっぱり、飲み込みが早え……後は抜け落ちなければってのはあるが……仮に抜け落ちたとしてもこの習熟の早さなら多少は何とかなる……)
昨日も感じたことだが、再度イヴという生徒の才能を確信し、俺は何度も頷く。
けれど見ているうちに、あることに気づいた。
イヴの動きは俺の目からは最適化されているようにしか見えないが、どこかイヴの表情が晴れていないように見えた。
「…………」
じっと彼女の表情を、目を観察する。
分かりにくいが、どこかしっくりきていないような、そんな感じがした。
あんな目をしている生徒を、俺はかつての世界で何人も見たことがある。
「イヴ、良く聞け。今俺が教えたのは、あくまでも俺が考えたお前に合った方法だ。俺はお前じゃないから、一番合っている方法じゃない可能性がある。もしもより良い剣の振り方を思いついたなら、それを遠慮なく試せ」
指導者は方法を教えることはできるけれど、その方法が合っているかどうかは人による。
かつての自分が一番だと思った方法が、生徒にとっては一番ではないなんてよくあることだ。
それを思い出してイヴに伝えたが、彼女は少しだけ困惑した顔をした。
「い、いえ……そのようなことは……」
「あのなイヴ、これはお前が強くなるための授業だ。俺の顔を立ててくれるのは嬉しいが、お前が強くなるなら、そんなもんはどうだっていい。それともお前は、全てを俺に委ねるつもりか?」
「……それ……は」
イヴは少しだけ目じりを下げた後、剣を振る手を止め、目を瞑った。
そしてもう一度目を開けたときには、先ほどまでの迷いのない、まっすぐな目へ戻っていた。
彼女は剣を振り上げる。それを見て、俺は咄嗟に記憶水晶を起動した。
「はぁっ!」
俺が予期したのとはまた違う角度、タイミング、力の入れ具合。
振り下ろされた直剣が空気を切り裂き、より強い風を引き起こす。
俺がイヴに合った『強斬』に迫るほどの風が、吹いた。
彼女は見つけたのだ。自分の力で、自分の力を最大限発揮できるやり方を。
自らがなしたことに驚き、動きを止めるイヴに、俺は手を叩いて拍手を送る。
その感覚はよく分かる。まるで扉が一気に開かれたような、そんな感覚だろう。
「よくやった。さっきも言ったが、その感覚を忘れるな。試行錯誤をして、自分に合う方法を常に模索し続けるんだ。そうすれば、扉は開く」
言った後で、少しクサイ台詞だったかと、小恥ずかしくなった。
それを誤魔化すように、小さく咳払い。
「……まずは、今の『強斬』を今以上に最適化させるところからだな」
「はいっ! ありがとうございますっ、先生!」
力強いイヴの返事を聞いて、俺は満足して頷いた。




