第6話 イヴの才能
教室の裏に備え付けてある木製のベンチにイヴと俺は座る。
先ほどの俺の居合抜きの一撃からはすっかり回復したようで、彼女はケロっとした顔をしていた。
「そもそも、戦技ってのは何か分かるよな?」
「……戦闘において戦局を有利にする技……です」
「そうそう、まあ言ってしまえばスキル……あー、なんて言えばいいんだ? 固定技? みたいなもんだ。例えば頭で『強斬』を使う、と意識すれば『強斬』の戦技が出る。ここまではいいな?」
「はい」
この世界特有の戦技の説明をすれば、ある程度は知っているのかイヴは頷く。
8か月も冒険者活動をしていて、しかも適性が剣士なら知らない筈がない。
「まあ、さっき言った声に出すってのも、最初は良い手段だ。意識しやすくなるしな。もちろん、慣れたら言わないのが良いのは間違いないが。……ただ、問題はそこじゃない」
「そこじゃない?」
「お前さ、例えば『強斬』を使うとき、体が勝手に動くよな? 他の戦技の時もだ」
「はい、もちろんです。戦技とは習得すれば誰でもそれが使えるものだと……」
イヴが語った内容は、ギルドで駆け出しに説明されるマニュアルにも書いてあることだ。
戦技は習得すれば使用が出来て、その威力は対応する武器の習熟度に影響を受ける。
ゲームにあるスキルのように勝手に発動し、体が勝手に動いて攻撃をする。
けれど、一つ疑問がある。
「じゃあ、誰でも再現できるその戦技の動きって、そもそもは誰の動きなんだよ?」
「……え?」
イヴが、目を丸くした。
「だってそうだろ? 戦技を使えば勝手に体が動いて、『強斬』や『居合抜き』の動きをしてくれる。ならその戦技の動きには元となる人物の動きがあるはずだ。
誰だ? 遥か昔に存在した強者か? それとも神様か? あるいはどこか遠くの人か?」
「…………」
「誰だっていいんだけどよ、でもそれは俺たちじゃない。俺が『居合抜き』の戦技を使ったとして、その動きは俺がやったわけじゃなくて、知らない誰かの動きをトレース……あー、なぞってるだけだ。それはお前も同じことだろ?」
「なる……ほど。考えたこともありませんでした」
目から鱗という顔をして呟くイヴ。
それはそうだろう、俺だって、限界を超えるっていう目的のためじゃなきゃ気づかなかったことだ。
俺以外に気づいている人はあまり居ないだろう。
ここまで説明し終えたところで、イヴは首を傾げた。
「戦技に関しては分かりましたが……それで、どうなる……のでしょうか?」
「戦技の問題点は今話した通りだ。で、ここからはもう一つ戦技の面白いところを教えてやる。さっきも言ったが、『強斬』を使うと念じれば、『強斬』の戦技が発生する。
でもこれは、逆でもいい」
「逆?」
イヴの声を聞き、俺はベンチから立ち上がって、側にあった直剣型の木刀を手に取る。
それを『俺に合った角度で』振り上げ、『俺に合った力の入れ具合で、速度で、鋭さで』。
「ああ。『強斬』と同じ動きを、体で再現する。そうすればそれが『強斬』になる。つまり意識して戦技を発動するんじゃない、動きを再現して戦技にするんだ。こうすることで、どこのだれか知らない『強斬』ではなく、俺たちの『強斬』になる」
振り下ろす。木刀が淡い光を輝きつつ振り下ろされ、風が俺とイヴをすり抜けた。
「これが、俺に最適化された『強斬』だ」
「…………」
言葉も出ない、というのはこういうことを言うのだろう。
イヴはただじっと、今までの光景から目を離せずにいる。
「もちろん、より上位の戦技になればなるほど、動きでの再現は難しい。だが戦技を使えるなら、自分の動きでも必ず再現できる。矢印の向きが違うだけだ。戦技から体へ伝達できるなら、必ず体から戦技へも伝達できる」
この世界の仕組みを説明すれば、イヴはじっと俺を見つめた。
これまでの、こっちの機嫌や様子を伺うような視線じゃない。
興味があるものに対しての、「釘付け」の視線だった。
「……すごい」
彼女の感嘆した声が俺の耳に届いた。
動きを止めていた彼女は、不意にベンチから下りる。
そして自らの腰から長剣を引き抜き、その刀身をじっと見つめた。
「……おい?」
何をするつもりかと思い、聞き返す。
俺の問いには答えずに、イヴは剣を振り上げ。
刀身を淡く光らせ、『強斬』を放った。
「……は?」
思わず声が漏れてしまう。
今イヴが使用したのは、間違いなく『強斬』だ。
だがそれは、ついさっきの戦いで見せたものとは明らかに違った。
まだまだ粗削りではある。不慣れでもあった。
けれどイヴが放った一撃として、違和感はほとんどなかった。
イヴの、『強斬』。
「……すごいです。本当に動きを再現するだけで、戦技が発動するなんて」
当の本人であるイヴは驚いているが、それ以上の衝撃を俺は感じていた。
(なんだよ……それ……)
戦技の再現の理論は説明したが、それを自分でできるようになるのはまた別問題だ。
俺だって、再現ができるまでにそれなりの月日を費やした。
それを、イヴはたった一度で再現してみせた。
俺なんかには到底届かない、圧倒的な才能。
(すげぇ……なんだこいつ、すげぇ……)
胸の奥底から、熱い何かが溢れ出てくる。
(イヴにこれから先教え続ければ、こいつはどこまでの高みに行く? 俺なんかあっさりと越えるに決まってる……イヴは、間違いなく天才だ)
ギルドで身体の使い方を見たときに、ただ優れているとだけ思った当時の自分を殴ってやりたい気持ちになる。
ギルドの中で一番マシだったのが、イヴだった? 馬鹿を言え。
こいつ以上の逸材なんて、あのギルドにいるわけがない。
「は……ははっ……」
思わず笑いが漏れる。
心には、歓喜しかなかった。
「やるじゃねえか。戦技の再現は難しいが、お前はたった一発で物にした。だが……まだ粗削りではあるな」
「……あ、ありがとうございますっ! た、確かに……まだ慣れていない……です」
湧き上がる喜びをおさえ、俺は努めて冷静にイヴの戦技について伝える。
「何度か使う必要があるな。お前は今、始まりの地点に立った。ここから何度も再現を通して、よりお前に合った戦技へと昇華させていく。『強斬』だけじゃなく、その他の戦技もだ。その総数はお前も知っている通り多い。時間だってかかるし、労力だって馬鹿にならないだろう。」
「ですが分かります。これは……やれば確実に強くなれる……私、やります」
これまで弱気で自信がなかったイヴの黄緑色の瞳に、決意の火が灯っているのを見た。
彼女のやる気をひしひしと感じながら、俺は懐から一つの玉を取り出し、それをイヴに見せた。
「お前だけにやらせるつもりはねえ。こいつは記録水晶って言ってな。短い時間だが録画する事ができる。あー……まあ要は、これでお前の戦技の再現を記録するってことだ」
「……?」
いまいち言っていることが理解できていないのか、イヴはただじっと記録水晶を見つめるばかり。
「俺はこれを使って、お前の動きを見る。その上で、どの角度から、どのくらいの強さで打ち込めばいいのかといったことを俺の方で考えて、研究する。その結果をお前にも共有するつもりだ」
「……先生が、そのようなことを?」
「迷惑か?」
「い、いえ、とてもありがたいです。ありがとうございますっ!」
「よしっ、じゃあできる限りでいい。今覚えている戦技を再現してみてくれ。記録水晶は起動しておく……少し時間がかかりそうだから、今日はそこまで、だな」
「はい、分かりました!」
イヴは頷き、直剣を握る拳に力を入れた。
俺に向ける視線は、この教室に連れてきた時よりも強くなっていた。




