第61話 憧れとの戦い
そして、イヴとの模擬戦の日がやってきた。
教室横の広場にはイヴと、対峙するようにルイ達四人の姿がある。
イヴはいつも通りの様子。
一方でルイ達は緊張しているのか、中には少し震えているメンバーもいた。
そんな彼らの様子を少し離れた位置から見ながら、俺はこれからの試合の説明を始める。
「それじゃあ始めるぞ。ルイ達四人は制限はない。一方でイヴは魔法の使用禁止だ。イヴに一撃加えられればルイ達の勝ち、ルイ達全員が戦闘不能になればイヴの勝ち。以上だが、質問はあるか?」
念のために尋ねるも、誰からも声は上がらないことを確認して頷いた。
「よし、じゃあ始めるぞ。……構えろ」
それぞれが得物を構え始める。
中でもルイの構えた弓と、イヴが手にしている槍がやけに印象的だった。
特に焦らす意味もないため、すぐに片手をあげ、振り下ろす。
「始め!」
開始宣言と同時に、イヴが進む。一直線に星の牙の後衛――ミルキーを狙って。
敵に支援役や回復役がいるなら真っ先に潰すのは鉄則。
同時に、アンナも地面を蹴って前に出た。
一直線にイヴに向かい、先手を取ることこそ勝利の近道とばかりに剣を振り上げ、戦技『強斬』を発動。
淡く光る刃をもって、一撃という勝利条件を満たそうとする。
「っ!?」
けれどその一撃は、正確無比に振るわれた槍の刃に弾かれる。
全く無駄のない完璧な動き。
昨日槍を始めたとは思えない動きで、アンナに息を呑ませた。
イヴは隙のあるアンナに対して追撃をかけようと槍を振り上げ。
「甘--」
ようとしたものの、途中で断念して後ろに跳躍。
さっきまで立っていた場所にユウリィの火魔法『ファイアランス』が突き刺さる。
追撃を封じられるも、イヴに焦った様子はない。
その証拠に、イヴはじっとアンナの動きを見続けている。
ミルキーから受け取った支援魔法による身体強化を生かして燃える地を回り込み、剣を振り上げるアンナから目を離さない。
アンナのこの一撃も通らないと思える場面。
それを、一迅の風が書き換える。
「!?」
飛来した矢を、イヴは槍を振って叩き落とす。
なんの苦も無く対応したイヴが次の瞬間に、目を少し見開いた。
「そうだ。そうだぜ? ルイの矢は、本当に嫌らしいところに飛んでくる」
俺が呟いた通り、先ほどは余裕で打ち返していたアンナの斬撃をイヴは先ほどとは違う様子で受ける。
忌々しそうに顔を歪め、弾くことは叶わない。
ただ戸惑ったのは最初の一撃だけで、続けざまのアンナの連撃はしっかりと対応。
加えて地面から岩の槍を突き出す地魔法『ロックニードル』も正確に避けた。
アンナ、ミルキー、ユウリィに関してはイヴ自身が教えているだけあって対応は容易。
なら、今のイヴにとって一番厄介なのは。
「!」
少しだけ目を見開き、槍を回転させて飛来する矢を撃ち落とす。
ユウリィの魔法にミルキーの支援魔法を受けたアンナの攻撃を相手にしても余裕のイヴが、ルイ一人が入るだけでやりにくさを感じている。
しかも遠目で見ている俺ですらわかるほどに、だ。
「はぁ」
呼吸は一瞬。呆れたような、小さなため息。それが何に対してかは分からないが。
「アンナっ! 何か来る!」
「!?」
ミルキーの鋭い声が、飛んだ。
(遅い)
俺はそう思ったし、イヴの目もそう語っていた。
彼女が繰り出したのはFランクの戦技『瞬槍』。
鋭く槍を突き出し、相手を穿つ簡素なもので、剣の戦技『強斬』の槍バージョンともいえる。
けれどそんな基本中の基本な戦技も、イヴが使うなら凶悪なモノへと早変わり。
ミルキーの声で警戒したアンナを逃がさないと、槍が迫る。
アンナの剣での防御は読まれている。だからそれを潜り抜けるように、彼女の胴を狙っている。
これで一人。
そう思ったであろうイヴの槍に、鋭い矢が激突。
衝撃で少しだけ軌道がズレ、イヴの槍はアンナの剣の腹へと轟音を立てて衝突。
アンナの身体ごと、後ろへと飛ばす。
「面倒な……」
さっきの一撃で、終わらせられたのを邪魔された恨み言を呟き、イヴが前に出た。
地面を足で削って衝撃を耐えきったアンナへの追撃。
槍を器用に動かし、Fランクの戦技『弧槍』を発動。
強烈な振り払いで、アンナを斬り裂こうとする。
けれどアンナ達もやられっぱなしではない。
ミルキーから更なる支援魔法を受け取ったユウリィから、イヴは魔法での妨害を受ける。
ただ、これすらもイヴは読んでいたようで、体を器用に動かして魔法を避ける。
状況は圧倒的にイヴが有利。魔法を避けたイヴの槍が、アンナに迫る。だが。
その中で、また嫌らしい矢が飛んだ。
「…………」
顔を歪め、イヴはその一矢を槍で弾く。
否、弾かねばならなかった。
今回の敗北条件、一撃をもらう、を満たしてしまうために。
あの一瞬で、ミルキーやユウリィはアンナを守る選択をした。
一方で、ルイは勝利をつかみ取るチャンスだと考えた。
アンナを軽んじたわけじゃなく、他の二人が何とかするという情報を得て、二人を信じた結果。
(本当にいやらしい矢で……逆に誇らしいな)
あれは嫌だよなぁ、と苦笑いしつつも、そういった芸当ができるルイが誇らしく感じた。
これは流石のイヴにも同情する。一撃を入れられてしまうのも、もう時間の問題だろう。
「……まあ、教育者としてたまには生徒に花持たせるのも――」
「面倒ね」
俺の言葉は、そう呟いたイヴの言葉を聞いて止まったわけじゃない。
アンナへの追撃を辞めたイヴが急にやった行動に驚いたからだ。
手に持っていた槍をじっと見て、それを上に投げる。
そして槍の持つ部分の端を掴んだ。
俺が見た中では……いや、どんな槍使いであってもしない槍の持ち方。
そして。
「もう、これでいい」
槍を、ただ長い棒の先に小さな刃がついているだけの『剣』として捉えた。
槍の先端の刃が淡く輝き、地面に振り下ろされる。
剣の戦技『強斬』。それをもって、大地を揺らす。
衝撃が、風が、俺たちの身体に襲い掛かる。
「…………」
突然の光景に、俺はどうすればいいのか分からなくなっていた。
少なくともさっきまでのイヴへの同情は消え、呆れた目で見るしかできない。
なんでこう、天才っていうのは常識の枠内に収まってくれないんだろうか。
(誰が槍を剣として扱うとか考えるんだよ)
内心で悪態をつき、考える。
これはある意味、今回制定したルールに違反しているのではないか。
そもそもイヴが強すぎるから剣ではなく槍にしたのに、槍で剣の戦技を使われては意味がない。
流石に止めるか、そう考えたとき。
ルイがまっすぐな視線をイヴに向けているのを見た。
アンナも、ミルキーも、ユウリィもイヴから目を離していなかった。
彼らの中で、イヴはまだ戦うべき相手だった。
それを悟ったからこそ。
「…………」
沈黙を守って、戦いの成り行きを見守った。
手出しは無用だと、そう考えた。
「……中々に難しいわね。複雑なことはできなさそう」
手にした槍をじっと見て、使えそうな剣の戦技について考えているイヴ。
その隙に、アンナはルイとアイコンタクトを取った。
これ以上時間を与えてはいけないと考えたのか、彼女はすぐに前に出る。
ミルキーはありったけの支援魔法をアンナにかけ、ユウリィとルイは魔法と弓でイヴを狙う。
突進してくるアンナにイヴも気づき、槍を剣のように構え、大きく横へと踏み出し、力の限りに槍を振り払う。
剣の戦技『閃剣』。普段なら相手に痛手を与えるほどの強烈な斬撃。
しかし槍の長さにまだ慣れていないのか、距離感を見誤ったらしく、振り払われた槍はアンナの少し前を空振る。
流石のイヴでも、一度もしたことがないなら予想で戦技を繰り出すしかない。
そして一度も経験がなく予想なら、それが狂うことも当然あり得る。
「あ」
イヴの間抜けな声が響いたところで、アンナの隙を逃さない追撃。
防御面でも不便なところがあるようで、上手く弾けずにイヴは横に少し後退する形になる。
(……圧倒的な攻撃力を手にした代わりに、少し防御がおざなりになったか)
槍を剣にするという奇抜な発想には驚いたものの、流石のイヴをもってしても付け焼刃が過ぎた。
いや、それでも一日経験すれば慣れてしまいそうなので、迂闊な判断とは言えなかったりもするが。
「?」
視界の隅で、ルイが静かに矢を番うのが見えた。
位置的に今はイヴ、アンナ、そしてアンナの背が見える位置にルイがいる。
今までは斜め方向から正確にイヴを攻撃していたが、あの位置からは見えない筈だ。
一体何を。そう思った時、ルイが構えを取り、指を静かに離した。
「……おいおい」
まっすぐに矢はアンナの背中へと飛来する。
一体何をしているのか、そう思った時。
アンナが、身体を翻した。
まるで丁度そこに矢が来ていることが分かるかのように避けた。
彼女の横を通り抜けた矢は一直線にイヴに向かう。
突然現れた矢を回避することなど、普通は困難なこと。
「っ!?」
にもかかわらず、イヴは反応した。
身体を精一杯動かして、右へと移動しようとする。
イヴの中心を射抜こうとしていた矢はその的をずらされ。
イヴの腕を、掠った。
動きを止めるイヴやアンナ達。
そしてイヴの銀の籠手には、確かに小さな傷があった。
「そこまで! 勝ったのは、星の牙!」
すかさず勝利宣言をする。
思わず飛び上がりそうになったが、それを抑えてちゃんと仕事をした俺を褒めて欲しいくらいだ。
「……勝っ……た?」
「入った? 入ったよね? 入りましたよね!?」
「やった……やったわよルイ!」
ミルキー、ユウリィ、アンナが信じられないと思いつつも全身で喜びを表現する。
「うん、アンナが反応してくれてよかったよ」
「ルイが何かしたい顔していたから……ね」
ルイもルイで笑顔だ。
その向こうで、イヴは少し複雑な顔をしていた。
「悔しいです……この使い方を昨日のうちに思いついていれば、全員を倒せたのに」
どんな悔しがり方だよ、と俺は思わず笑みをこぼした。
どちらにせよ、勝ったのはルイ達「星の牙」だ。
四人は集まって体全体で喜びを表現していて。
そしてその中にいるルイは俺の方を見て、満面の笑みを浮かべた。
最初の頃のおどおどとした笑顔とは似ても似つかない、清々しい笑顔だった。




